4−4 粋な計らい
(魔法駆動車って、初めて乗ったけど……こんなに快適なものなのね〜)
エルシャの試験結果も合格。新学期からは一緒にオフィーリア魔法学園の本校へ通えるとあっては、旅行への足取りも軽い、軽い。……昨日は、天使長から変な課題を増やされはしたが。面倒事は頭の片隅に置いておこうと、ミアレットは努めて懸念事項を忘れようとしていた。
そうしてミアレットは今、ラゴラス家が用意してくれた馬車……ではなく、最新鋭の魔法駆動車に同乗させてもらっている。しかし、かなりのスピードで走っているのにも関わらず……揺れもなければ、騒音もない。これはアンジェが憧れる訳だと、ミアレットは独りでに納得していた。
「それにしても……そっか、ラゴラス家って魔法駆動車の商人さんでもあったのね」
「そうなの。……と言っても、私も知らなかったんだけど。家の事に関わらせてもらえるようになったの、つい最近だったし」
「そうなんだ?」
「うん……お父様が何も心配する必要もないからって、言ってて。ウチが何をやっているかなんて、教えてもらえなかったの」
彼女の話を聞く限り、ラゴラス伯のエルシャへの溺愛はまだまだ緩んでいない様子。なんでも、一生養うつもりだから、働かなくていいとまで言い切ったらしい。しかし、セドリックの一件があってからと言うもの、ラゴラス伯夫人の方は意識にも変化があったようで。仕事のことや、ラゴラス家に関連性のある事業について、エルシャに教えてくれるようになったのだとか。
「……こうなると、私の将来を真剣に考えてくれているのは、お母様の方な気がする……。私も自分でできることを増やさないと、1人で生きていけなくなっちゃうわ」
「あはは……そうかもね。でも、父親っていうのは、そういうものらしいわよ? いいじゃない、ご両親に愛されているのは間違いないんだから。それぞれの愛の形なんだと思うわ」
「うん。それもそっか」
他愛のないお喋りではあるが、そうしている間もグングンと景色が塗り変わっていく。さっきまではカーヴェラの表通りを走っていた気がしたが、ふと見れば、もう街の外に出ているらしい。魔法駆動車専用の街道に入ったようで、並行して走っている列車を横目に、ミアレット達を乗せた魔法道具は更に一段と、スピードを上げ始めた。
「この調子だと、あっという間に着いちゃいそうね」
「そうね。えぇと、去年は2時間もかからなかった気がするけど……ねぇ、到着までどのくらいかしら?」
今日の魔法駆動車は自由移動タイプ……つまりは、運転手が必要なタイプだ。そうしてエルシャが何気なく、運転手に質問すれば、丁寧な調子で的確な答えが返ってくる。
「あと30分程で到着予定ですよ、お嬢様」
「そう、ありがとう。……あと、30分だって」
「本当に、早いのね……。冗談抜きで、あっという間じゃない……。この魔法駆動車も凄いんでしょうけど、それを運転できる運転手さんも凄いわぁ」
「ふふ……お褒めいただき、光栄ですよミアレット様」
「あっ、ども……」
運転手……「顔合わせ」の時にドルフと名乗った青年が、ミアレットの何気ない褒め言葉に、嬉しそうに応じる。今回の旅行では彼が専属の運転手として同行してくれる事になったが、普段のラゴラス家では使用人をしているそうだ。因みに、いわゆる助手席に座っている、エルシャの専属メイド・アリラとは新婚さんで……。この人選はお嬢様のお世話ついでに、一緒に観光してこいという、ラゴラス伯夫人の粋な計らいでもあるらしい。
「あっ、そうそう……ドルフ。悪いのだけど、グランティアズに着いたら、ちょっと寄って欲しい場所があるのだけど……」
「えぇ、心得ておりますよ、お嬢様。目的地はグランティアズ城ですよね?」
「そうなの。ミアレットからナルシェラ様達に渡すものがあるんだって」
ミアレットの【アイテムボックス】には、王子様達と秘密のやりとりができる魔法道具・メッセージバード一式がしっかりと入っている。あの大悪魔様は実用性に加えて、遊び心も忍ばせてくる傾向がある様子。伊達にお洒落な奥様がいる訳でもないらしく、本人のセンスも安定している。これであれば、王子様達に渡すのにも気後れせずに済みそうだ。
「王子様達のお願いとは言え、巻き込んですみません……」
「いえいえ、ご遠慮なさらず。むしろ、王様のお城まで行けるなんて、これ以上ない程の思い出になります。な、アリラ」
「うふふふ〜、そうですねぇ。私もお城、一度見てみたかったんです〜」
魔法道具のディテール(ついでに、転移魔法)に思いを馳せるのも、そこそこに。標準的な遠慮を示せば、ドルフ達が快く応じてくれるものだから、ミアレットとしても有難いものがある。
(あと、懸念事項があるとすれば、エルシャの伯母様に粗相をしない事と……)
お姉様(天使様達)の横槍が入らないかどうか、くらいだと思うが……如何せん、伯母様よりも天使様達の方が難物に思えるのだから、妙に切ない。
エルシャの話では、父方の伯母様はちょっぴり厳格な方らしい。弟でもあるエルシャの父も、普段から優柔不断だとやり込められていたそうな。反面、義妹にあたるエルシャの母とは仲がいいそうで、セドリックとエルシャのことも相当に可愛がってくれているとの事。
「あぁぁ〜、緊張してきた……。考えたら、貴族様のお屋敷に泊まるだなんて、初めてなんだよね……」
「ミアレットが緊張する必要、ないわ。今年は友達と一緒に行くって言ったら、伯母様も喜んでくれていたから、大丈夫よ」
「とにかく、失礼のないように頑張るわ……。でも、ちょっとはマナーの勉強もしてきた方がよかったかもぉ……」
そんな、大袈裟な……と、エルシャは屈託なく微笑むものの。ミアレットにしてみれば、グランティアズも初めてならば、貴族様の生活なぞは未知の領域である。緊張するなと言う方が、無理な相談だ。
【登場人物紹介】
・ドルフ(地属性)
ラゴラス家の使用人、24歳。
魔法駆動車事業の一環で、ラゴラス家では魔力適性のある使用人にも運転技術の習得を推奨しており、ドルフはその中でも腕利きの運転手でもある。
普段はラゴラス伯の専属運転手・兼ボディガードをしているが、娘可愛いさあまりに、彼女の護衛も兼ねて旅行の専属運転手に抜擢された模様。
・アリラ(炎属性)
ラゴラス家の使用人、23歳。
エルシャの専属メイドの1人であり、攻撃魔法を得意とする護衛もできるメイドさん。
本人は非常におっとりしており、ホワホワした雰囲気からはとても攻撃魔法が得意には見えない。
しかしながら、なかなかに煮え切らないドルフを押し切り、結婚まで漕ぎ着けた豪胆さもあるらしく、「やる時はやる子」と専らの噂である。