4−3 ロマンティックな生き物
自己紹介をするだけで、圧倒的な緊迫感を撒き散らし。鋭い視線をミアレットにくれている天使長様は、今度は何も言わずにあるものをミアレットに差し出してくる。
「あのぅ……これは一体、なんでしょうか……?」
ミアレットが手渡されたのは、純白の羽が付いたペン。軽やかな握り心地もさることながら……どこまでも透き通った白はキラキラと輝いており、明らかに普通の鳥の羽ではないことが窺える。
(めっちゃ綺麗なのは、いいんだけど……。これ、やっぱり魔法道具……だよねぇ……?)
それにしても、さっきは「お願いがある」と言っていた気がするが。そのお願いと、何か関係のある道具だろうか。
「あぁ、なに。これは僅かばかりの、合格祝いの品だ。遠慮せずに受け取れ」
「合格祝いって……もしかして、登学試験のことをおっしゃってます?」
「その通りだ。それは私の羽を加工したペンでな。通常利用でも、インク切れもしない便利な道具だが……虚空に文字を書くことができてな」
虚空に文字を書く? 天使長様が何やら、やや不思議な事を言い出したが……?
「へぅ? えっとぉ、それはどういう事です……?」
「虚空に書かれたメッセージは即座に、私宛の報告として送信されるようにしてある。何か困り事や気づいた事があらば、逐一報告してこい。このルシフェルが全て、しかと受け止めてやろうぞ」
「い、いや……そこまでして頂かなくても、大丈夫です……。天使長様の手を煩わせるワケには……」
「気負わずとも、良い。この際だ。人の子と気軽に文を交わすのも、悪くない」
(相手が天使長様とか……ちっとも、気軽じゃないんですけどぉ……?)
天使長様は「どうだ」と言わんばかりに、胸を張っている。しかし……ミアレットにとっては、畏れ多すぎてそれどころではない。ルシフェルは自信満々に「全てしかと受け止めてやる」とおっしゃるが……どう頑張っても「人の子」が気軽に相談できる相手ではなかろう。
「ほぉ〜。ルシファーにしては、随分と小洒落た物を寄越してくるじゃん。報告は抜きにしても、学生さんにペンはいいチョイスだな」
「ふん。私とて、この程度の気遣いはできるぞ。分かっているのなら、お前からも何か出さんか」
「……俺は俺で、既に魔法道具を献上したばっかりなんですけど……?」
しかし一方で、ルシフェルの贈り物を素直に褒めたと言うのに……何故か、とばっちりを受けるマモン。それでも「仕方ねーなー」と言いつつ、こちらはこちらで小洒落た装飾が施された、薄紅色の箱を差し出してくる。
「えっと、マモン先生……これは?」
「折角ですから、俺からは悪魔ご用達のレターセットをお贈りしますよ、っと。悪魔は意外と契約書とか、恋文とか、手紙を書く機会が多くてな。こいつはそんなお手紙出しまくりな悪魔の事情を支える、魔法のレターセットだ。いくら使ってもなくならないから、クダンの王子様達との文通に役立てるといい」
「あ、ありがとうございます……」
クダンの王子様。マモンの口ぶりからするに、彼もミアレットの恋愛イベントについて知っている様子。おそらく、魔法道具作成のお願いと一緒に、ティデルから話を聞いていたのだろう。それでも、面白半分に絡んでこないのを見るに……お姉様達とは異なり、こちらのお兄様は無駄な口出しをするつもりはなさそうだ。ただ……。
(リッテルさんがフワフワしてる……アハハ。やっぱり、天使様は恋バナが好きなのねぇ。それはそうと……)
悪魔って……恋文、書くんだ。「悪魔と契約」だなんて、フレーズはよく聞くし……悪魔に契約書はなんとなく、しっくりくるものの。恋文とは、意外である。
「あなたは筆まめさんですものね。直接愛を囁かれるのもいいけど、お手紙で愛を綴られるのも素敵だわ」
「……リッテル。頼むから、恥ずかしい事は暴露しないでくれ。……それは内緒にしておいてほしいんだなぁ」
リッテルが頬を染めつつ、そんな事をおっしゃるが。顔を真っ赤にしながら、マモンが呟くのを聞くに……彼は日常的に恋文を書いている模様。どうやら、悪魔は相当にロマンティックな生き物らしい。
「ところで……さっきのお願い、って何でしょうか? 私にできることです?」
妙な贈り物の応酬で、忘れかけていたが。天使長が孤児院に降臨したのは、ミアレットに「お願いがある」からである。そして、彼女に連絡を取れる道具を寄越してくる時点で……危険度が高そうなミッションであることも、想像できてしまうが……。
「今朝方、ネデルとザフィール……そして、ティデルとも話し合ったのだが。我らとしても、グランティアズの様子が気がかりでな。……聞けば、ミアレットはグランティアズに居を移すかもしれんのだろ?」
「う〜ん……そうなります? 私、新学期からは学生寮を使うつもりでいたんですけど……」
「ほぉ、そうであったか。無論、それでも構わんのだが……できることなら、グランティアズに派遣されて欲しいのだ」
天使長様がおっしゃる事には。グランティアズの王子様達が「魔法を使えない」のには、何か裏がありそうなので、彼らを取り巻く環境について調査をしたい……という事だそうな。
「本当は我らが直接、調査を行えればいいのだが。……非常に情けない事に、適任者がおらんのだ……」
「適任者がいない? でも、皆さんは私よりも遥かに強いでしょうし、魔法も使えるでしょうし……少なくとも、私よりもマシな気がするんですけど……?」
「だといいのだがな。……確かに、魔法面に関してはミアレットの言う通りであろう。だが、何かにつけ面白い事を優先しがちな者が多くてな。……王子の周囲を調査する前に、お前達の恋愛事情に首を突っ込みそうなのが、心配なのだよ」
「あぁ〜。そういう事ですかぁ……?」
眉間に皺を寄せつつ、ルシフェルがティデルに目配せをするが。ティデルも「その通りだわねー」と呆れがちに呟き、お手上げのポーズを取っている。その隣で、ネッドも苦笑いをしており……弁明も飛んでこないのを見るに、彼女の見解もほぼ一致しているのだろう。……同じ天使の身からしても、呆れるより他にないらしい。
「もちろん、可能な範囲で構わん。彼らの周囲を探り、できる限りで情報収集をしてほしいのだ。……頼んだぞ」
「……はぃ……」
有無を言わさぬ命令に、ミアレットは頷く事しかできない。普段であれば、ミアレットの都合を慮ってくれるティデルもダンマリしているのを見るに……天使長の決定を覆すのは、難しそうだ。
(旅行前に、変な課題を増やされた気がする……!)
やっぱり、妙な事に巻き込まれた。しかも、色んな意味で雲の上の相手に。
少女の弱々しい了承に、ルシフェルは満足げであるが……ミアレットは不承もいい所である。
(なんで、こうなるのよぅ……! 前途多難すぎるんですけど……!)
【道具紹介】
・アークエンジェルクイル
大天使階級以上の天使の羽を用いた羽ペン。
ルシフェルがミアレットと交信するために作った魔法道具であり、通常使用時はインク残量を気にすることなく文字を綴ることができる。
虚空に文字を書いた場合はルシフェルへの交信希望と認識され、即座に彼女本人にメッセージが飛ぶ。
なお、インク色は天使らしく白……ではなく、標準的な黒である。
・悪魔の紙文箱
悪魔ご用達のレターセットを納めた、魔法道具の一種。
古来より、魔界の文通文化を支えてきた道具であり、中身をいくら使ってもなくならない。装飾や色味のバリエーションも豊かで、様々な種類が出回っている。
特に真祖クラスの悪魔は書状を発行する機会が多く、相手に応じて使い分ける意味もあり、数種類の紙文箱を持っていることがスタンダードとなっている。
因みに、ミアレットが贈られたのはさりげなく恋文用の紙文箱だったりする。