4−2 素敵なヤツを頼むぜ
「ふぅ〜、お腹いっぱいですぅ〜」
「うふふ、お食事済んだ? これ、下げてくるわね」
「あっ、すみません……」
お腹を抑えるミアレットにクスクスと笑いかけながら、リッテルがトレーを下げてくれる。そうして、彼女が席を立ったところで、マモンが説明の続きを切り出し始めた。
「そんじゃ、飼い主の登録方法を説明するな?」
「はい!」
彼がチョンチョンと頭を撫でると、小鳥ちゃんの方は「ピピッ!」と凛々しいお返事をした後、ミアレットに向き直る。その様子がどことなく誇らしげで、とてもユーモラスだ。
「まずはこうして……尻尾を下げる。すると、瞳が青点灯から点滅に変わるから、この間に飼い主認定をしたい奴に“私は〇〇です”と名乗らせるんだ。こいつには音声認識の構築も組み込んであるから、絶対に本人の声で登録してくれな? 手紙を預ける時にも、飼い主の声掛けが必要だから」
「ほえぇ……! やっぱり凄い……!」
きっと自分が褒められていると、気づいたのだろう。マモンが尻尾から手を離すと、またも「ピチッ!」とお返事をしたと同時に、胸を張る小鳥ちゃん。……見るからに機械仕掛けなのに、仕草や反応はどこをどう見ても、一端の生き物である。
「気に入ってくれたか?」
「はい、もちろんです!」
「よっし、いい返事だ。そんじゃ……最終仕上げと参りましょうかね。こいつの管理者をミアちゃんに変更しておこうな」
「えっと……それって、どういう事です?」
「うん。さっきの“尻尾を下げる”動作……つまり利用者登録は、管理者にしかできないんだよ。誰にでもホイホイ利用者を登録できるようになってたら、秘密にならないだろ?」
「あっ、それもそうですね……」
こっそり文通をするための魔法道具が、フリーダムで飛び放題では意味がない。そうして、今度はマモンが鳥ちゃんの頭をグッと押し込むと、瞳がキュピーンと赤く光った。
「うわっ……?」
「ほれほれ、ミアちゃん。こいつに名前をつけてやってくれよ」
「へぇっ? なっ、名前……?」
「これから飼い主代表になるんだから、素敵なヤツを頼むぜ」
「えぇぇッ⁉︎」
この小鳥ちゃんは、諸事情により「名無し」。お名前を絶賛募集中である。今は暫定的にマモンが管理者になっているそうだが、当然ながら利用者への譲渡も見越して、「とりあえずは名前をつけていない」そうだ。
(え、えぇと……名前、名前……? 鳥ちゃんの名前……?)
前置きもなく、そんなことを言われても、いい名前なんて思いつくはずもなし。しかも、鳥ちゃんの方は赤い瞳を輝かせたまま。今か今かと待ち焦がれるように、ミアレットをジっと見つめている。
「だ、だったら……エックス! エックス君で!」
そうして、勢い任せに命名してみるものの。その名前では手紙じゃなくて呟きを運びそうだと、ミアレットは人知れずちょっと後悔してしまうが。まぁ……少なくとも、ボヤイターよりはマシだと思う。
「おぉ! なんか、格好いいな! うん、俺よりもマトモな名前をつけてくれたようで、何よりだなー」
「そ、そうなんです……?」
マモン曰く。彼自身のネーミングセンスは、非常に残念な事になっているらしい。この鳥ちゃんに「チキンさん」と付けようとして、リッテルに止められたそうな。
「……確かに、チキンさんはないと思います……」
「……うん、俺も自覚してる。でも、思い浮かばねーんだから、仕方ないだろ」
仕方なくても、チキンさんはない。断じて、ない。
「さて……と。俺達の用事は済んだし、そろそろバトンタッチかな?」
「バトンタッチ? えっと……?」
マモンが意味ありげな言葉と一緒に、何かを示すようにクイと顎を上げる。そうされて、背後を見やれば。ティデルとネッドを引き連れた、銀髪の女性が姿を現した。しかし、心なしか……天使のお姉様達が何故か、怯えた表情をしているように見える。
「えぇと、どちら様でしょうか……?」
「ふむ。そなたがミアレットか?」
「えっ、は、はい! そうですけど……」
「……ほぅ。聞いていた通り、かなりの魔力適性がありそうだな。……あのアケーディアが褒めていただけはある」
「へっ? え、えっとぉ……?」
アケーディアと知り合いという事は、おそらく魔法学園関係者だと思われる。しかも、周囲の様子からしても彼女も天使……おそらく、相当の上位階級のようだ。
「……ったく。お前の強引さは、相変わらずだな。初対面の相手には、自己紹介が先だろーが。ミアちゃんが困ってるだろ」
ミアレットが戸惑っているのに、いち早く気づいたのだろう。淑女が醸し出す威圧感に臆する事もなく、マモンが自己紹介を促す。そうされて淑女の方も怒るでもなく、マモンの忠告に従った。
「あぁ、それもそうか。ふむ、紹介が遅れてすまぬ。私はルシフェルと言う。一応は魔法学園の学園長をしていると同時に、天使長でもあってな。そなたに頼みたいことがあり、ちょっと降臨してみたのだ」
「は、はぁ……って、エェッ⁉︎」
天使長とは要するに、1番偉い天使ということである。間違いなく、人間の一個人が普通にお会いできる相手ではない。それなのに……。
(ちょっと降臨してみたって。天使長様が気軽にやってきて、大丈夫なもんなの?)
天使のお姉様達が怯えている理由を、まざまざと思い知りつつも……そもそも、この孤児院は女神も出入りしている特殊な場所である。天使長が気軽にやってくるのも、ある意味で当然なのかも知れない……?
(いや、ないわー。シルヴィア様はこの孤児院の出身だから、って理由でちょこちょこ来ているだけっぽいし……)
普通に考えれば、女神がやってきているのも、おかしな話なのだが。それを差し引いても、天使長が放つプレッシャーは、女神どころの騒ぎではない。ルシフェルはミアレットが知りうる天使様達とは異なり、周囲を押し潰しそうな威厳に満ちていて……あのルシエルでさえ、ここまで周囲を萎縮させていなかったと思う。
(うあぁぁぁ……なんだか、嫌な予感がする……! この人、間違いなくガチで偉い人だ……! もう、雰囲気からして偉そうオーラ、放出されまくってるし……!)
そんな天使長のお願いとは、何ぞや。本格的に面倒事に巻き込まれたくないと思いつつ、やっぱり巻き込まれるのだろうなと……ミアレットは度重なる悪運に、目眩を禁じ得ない。