4−1 ズンズン進むのみ
「い……ぃよっしゃぁぁぁ!」
試験結果の発表日。魔術師帳の「お知らせ」に合格通知が届いていたのを、しばらく見つめた後……ミアレットは思わず、ベッドの上でガッツポーズを取っていた。
「こんなに嬉しいの、KingMou様のチケットが当たった時以来かもぉ……! って、はっ!」
しかしながら、そのチケットが「どこぞのアイツ」のせいで使えなくなったことも思い出し、やる気も恨みも再燃させる。兎にも角にも、ライブに向けて第一歩を踏み出せそうなのだから、ひたすらズンズン進むのみだと……朝から色んな意味で、ミアレットの鼻息は荒ぶっていた。
「ヤッバ。それはそうと、もうこんな時間じゃない。……朝ご飯、もらいに行こ」
合格は手堅いと言われていても、心配なものは心配である。昨晩は結果が気になり過ぎて、なかなか寝付くことができず……結局、大幅に寝坊してしまった。
そうして急いで顔を洗い、身支度を整えて食堂へ向かえば……朝食の時間が終わり、閑散としているテーブルにはティデルではなく、かの大悪魔様が座っているではないか。
「おはようございま〜す……って、あれ? マモン先生、どうしたんです……?」
「ヨォ、おはようさん。今日はちっとお届けものがあって、来てみたんだけど……なーんか、格好悪い事になっちまったなぁ」
次に会うのは、入学式のはずだったんだけど。そんなことをボヤきつつ、愛用のマグカップでコーヒーを飲み干す大悪魔様は、今朝も非常に麗しい衣装をお召しである。前身頃が真紅のジレと漆黒スーツのツートーンは、シックでありながらも、どことなく華やかだ。
(……マモン先生は、やっぱりいちいちお洒落だわぁ……)
対する自分は、慌てて来たせいで若干だらしない格好をしている気がすると……ミアレットは途端に恥ずかしくなる。しかも……。
「それはそうと……ミアちゃんは、意外とお寝坊さんなんだな? ……もう昼、近いぞ?」
当然の指摘を飛ばされれば、もうもうグウの音も出ない。
「ヴっ……今日はたまたまなんですぅ……。試験結果が気になって、昨日は眠れなかったんですよ……」
「ハハ、そーか、そーか。それなら、仕方ないか」
絞り出した情けない言い訳を、今度はカラカラと笑い飛ばし。お向かいに座るようマモンに促され、ミアレットも素直に席に着いた。
「リッテル、悪い。お代わり、お願いできる?」
「えぇ、もちろん」
マモンの隣にはリッテルも座っており、甲斐甲斐しく旦那様にコーヒーのお代わりを差し出すと同時に、ミアレットにもどうぞとマグカップ(何故か、黒い海老が描かれている)を渡してくる。受け取った瞬間に漂う、眠気が吹き飛ぶような深い香りに……さっきまで荒ぶっていたミアレットの鼻も、随分と落ち着くものがあった。
「ありがとうございます……うわぁ、いい香り〜」
「うふふ、どういたしまして。ちょっと待っててね。今、お食事もお願いしてくるから」
相当にご機嫌らしい奥様がキッチンへ向かうのを、視線で見送りつつ。マモンが何かを呼び出すと同時に、そのままミアレットに差し出してくる。テーブルの上に並べられたそれは……2つの鳥籠と、小鳥を模したカラクリ人形だった。
「かっ、可愛い……! マモン先生、これ何ですか⁉︎」
「こいつは、メッセージバード。ティデルから依頼されて、ちょっくら作ってみたんだが。結構、いい出来だろ?」
大悪魔様の自信作らしいそれは、鳥籠を持っている者同士で手紙のやりとりができる、魔法道具なのだそうだ。手紙を小鳥のくちばしに預けると、もう片方の鳥籠へと「転移魔法で飛んでいく」仕組みになっている……という事だったが。
「……となると、これ……作る時に、転移魔法を仕込んでます?」
「そうだな。実は転移魔法を仕込んであるのは、小鳥の方じゃなくて、鳥籠の底部分でさ。だから、鳥籠の方も丁重に扱ってくれよ?」
憧れの転移魔法が仕込まれている。そう聞かされて、ミアレットは思わず、鳥籠の底を凝視してしまうが。言われれば確かに……円形の底部分には繊細な魔法陣が描かれており、どことなく厳かな雰囲気を漂わせていた。しかしながら、随所に趣向を凝らしているらしい鳥籠自体も美しく、これをぞんざいに扱うなんて、とんでもないとミアレットは思ってしまう。
(それにしたって、洒落てるわー。……これもマモン先生のセンスなのかしら?)
乙女心にガンガンと響くアンティーク風の鳥籠は、魔法道具というディテールを抜きにしても、ただあるだけで絵になる逸品。普段は絵を描いていることもあると聞くし、意外とマモンは芸術家肌なのかも知れない。
「因みに、こいつにはちゃんと”飼い主”を判別するように、魔法回路を組んである。飼い主の登録方法はミアちゃんに教えるから、ちゃんと覚えてくれよな」
「はっ、はい!」
マモンがチョイチョイと頭を指で突くと、小鳥ちゃんの青い瞳が輝き、「ピチッ」と小さく囀る。そうして、自然な仕草で羽を伸ばし、毛繕いをし始めたが……細かい金属の羽を纏っているそれは、まるで本当に生きているかのようだ。
「す、すごい……!」
「動きも問題なさそうだな。それじゃ、早速……と言う前に。腹拵えが先か。ほれほれ、腹も減ってるんだろうから、冷めないうちにいただいたらどうだ?」
「あっ、そうですね……」
どうぞ召し上がれ……と、リッテルに優しく微笑まれれば。空腹も手伝って、ミアレットは遠慮なく朝食に手を伸ばす。魔界の大物悪魔を前にして、やや失礼な気もするが……本人もいいと言っているのだし、今更緊張する相手でもないかと、ミアレットはじんわりと朝食を噛み締めた。
(あぁ……美味し。ネッド先生もお料理上手よね……)
因みに、ティデルは料理に関して壊滅的な腕前のため、滅多なことでは厨房に立ち入らないし……彼女が台所に立った日には、ちょっとした覚悟が必要なのは、この孤児院では周知の事実であった。この安定した味わいは、的確な代替要員派遣のおかげである。
【道具紹介】
・メッセージバード
こっそり文通を楽しむための魔法道具。
小鳥型のメッセンジャー部分と、メッセンジャーを受け入れる鳥籠型のドッグとでセットになっており、鳥籠を持つ「飼い主」同士で手紙のやりとりができる。
また、小鳥型の本体には利用者限定構築を記憶する機能が搭載されており、所定の方法で利用者を追加できる仕組みになっている。
普通であれば手紙を出せば済むだけの話ではあるのだが、鳥籠に仕込まれた転移魔法の術式により、どんな状況であろうとも確実にかつ、瞬時に相手に手紙が届くので、リアルタイムのやりとりも可能だったりする。
余談ではあるが、何かと凝り性のマモンが作成したせいか、メッセンジャーの外観や動きがリアル寄りになっており、無類の鳥好き・ルシエルにも追加で献上される事になったらしい。