3.5−3 仮想空間システム、最高
「あぁ、イグノ君。最後に1つ、忠告だけ聞いてくれな?」
「……この俺に、忠告が必要だと?」
「うん、とっても重要な事だから。ちゃんと伝えておくぞ」
目指すは、新学期のスーパースター。いざ、仮想空間へ出陣!
そうして、俺がシートに乗り込もうとすると……マモンが待ったをかけてくる。全く……天才の俺に、説明は必要ないと言うのに。これ以上、何が必要だと?
「一応、聞いてやろうか」
「ちょっと! あなた、さっきから何を偉そうに……!」
「リッテル、いいから、いいから。……とにかく、ここはイグノ君に説明する方が先だ」
俺の答えが気に入らなかったのか、リッテルさんがプンプンしながら割り込んでくるが。くぅ〜! 美人は怒ってても可愛いな! そんでもって、仲直りするのもオツってもんで。
(リッテル、このくらいは目を瞑ってやれ。きっと……夢と希望がいっぱい過ぎて、勘違いしたままなんだよ、この子は)
(でも……!)
(それに……この子にはおもちゃを与えた方が、大人しくしていてくれると思うぞ? サクッと説明して、退場した方がいいと思わないか?)
(あっ、確かに。それもそうね)
何をコソコソとやり取りしているのか、非常に気になるが。話を終える頃には、リッテルさんが何故かニッコニコになっている。しかし……こうもコロコロと表情が変わるとなると、見てて飽きないな。誰だ、美人は3日で飽きるなんて言ったド阿呆は。
「仮想空間ではあくまで、イメージ上の擬似体験ができるだけだが、稼働中はみんなの魔力因子にコネクトされている状態になるから、魔力消費はしっかりされるし、ダメージを受けた感覚や苦痛も経験として蓄積する。実際に死なないにしても、それに準ずるダメージの感覚は残るから……慣れるまでは、あまり高レベルの相手に挑まない方がいい」
「ふん、そんな事か。要するに、経験値をきっちり積んで、レベルが高い相手に挑めばいいという事だろう?」
「まぁ……端的に言えば、そうなるか」
きっと、俺が的確に答えた事に満足したんだろう。そうして「どうぞごゆっくり」とか言いながら、ようやくナンチャッテ悪魔がリッテルさんと連れ立って去っていくが。……リッテルさんは置いていってくれても、よかったんだけどな。まぁ、いい。そのうち俺の実力を見せつけてやれば、きっと彼女の方から俺の腕に絡み付いてくるに違いない。
(さて……と。邪魔者もいなくなったし、早速試してみるか……)
体をすっぽりと包み込むようなシートは、俺が身を預けた瞬間に快適な角度にリクライニングし始める。ほぅ……なかなかに、いい感じじゃないか。仮想空間を使わなくとも、ここで昼寝をするのも悪くなさそうだ。
(確か、シート横に魔術師帳を突っ込めばいいんだったな)
……うん、あったあった。奴の説明通り、ジャストな幅の挿入口がポッカリと口を開けている。手元の魔術師帳を穴に近づけてみれば……これまた、軽やかに穴に吸い込まれていくが。……何と言うか。いちいち、ハイテクさを感じさせるな、ここは。
(で……一番弱いのは、この漆黒ラットってモンスターみたいだな。んで、強いのは……は?)
ズラズラと並ぶ、リストの面々を見つめると……ランキング3位のところに、あのハーヴェンの名前があるじゃないか。……嘘だろ? あの情けない悪徳魔術師が……こんなにランクが上なワケ、ないよな? しかも……。
(……1位と2位に、同じ奴の名前が並んでいるんだが……? 何だよ、本気モードと手加減モードって……)
ランキング1位と2位は、さっきのマモンって奴が独占している。ん? となると、この場合はハーヴェンは実質2位ってことか……?
(み、認めない……! 俺を陥れたあいつがこんなに上位にいるなんて、不正にも程がある……!)
これだから、チート野郎は。こんな所でも不正をやらかしているなんて、ハナシにならんな。
(ふっ……まぁ、いい。俺は寛大で聡明だからな。……一応は、忠告に従ってやるか……)
べ、別に、痛いのが怖いわけじゃないぞ? こういうのは操作性とか、規則性とか、とっても大事だし。
そうして、一番弱いらしい「漆黒ラット」を相手に選び、訓練スタートを選択すれば。キュイーンと言いながら、まるで卵の殻に閉じこもるように、シートが密閉されていく。でも、真っ暗というワケじゃなくて……。
(おぉ! 空中パネルとか、超未来って感じだな!)
退屈だと思っていた魔法学園に、こんな面白い場所があるだなんて。真っ先に教えてもらっていたら、通っていたのに……って、あぁそうか。奴は俺に追い越されるのを心配しているんだな? だから、教えなかった……と。ともなれば、ハーヴェンより強くなって、絶対に奴のチートを奪ってやらないとな!
***
(クソ……! 一番弱いモンスターも倒せなかった、だと……?)
だが、しかし。勇んでチャレンジしてみたはいいものの……俺は初陣でまさかの敗北を喫していた。
自慢のファイアボールを連弾でかましたというのに、チョコマカと逃げ回るネズミ型のモンスターを仕留めることができず。その上……相手が毒持ちだったようで、奴に噛まれた俺は結局、激しい痺れに動けなくなったところでゲームオーバーを迎えていたが……。
(ヴっ……冗談抜きで、後遺症がキツいぞ……?)
噛まれた感覚が残っている腕を見れば、傷なんてものはない。だが、実際に動けないんだよ。自分の体が自分のものじゃないみたいに、言うことを聞かない。えぇと、こういう場合は……。
(うん? 回復機能を使いますか……?)
空中パネルには、なんだかお優しげな文字列が浮かんでいる。あっ、そういう事か。マモンが実際には死ぬことはないって言ってたけど……このシステム、アフターフォローもしっかりあるんだな。
「つ、使う! 俺を回復してくれ!」
体を動かせないなりに、声を出してみれば……ちゃんと音声認識もしてくれるらしい。空中パネルに「処置中」と表示されたかと思うと、ホワァァって感じの暖かい空気が俺の体を包み込んだ。そして……!
(なんだ、なんだ⁉︎ この超絶な癒しは⁉︎ これを体験できるだけでも、使う価値があるんじゃないか⁉︎)
ヤバい。この回復機能、クセになりそう。しかも、殻に閉じ籠もっている感じも、最高かも……!
それからと言うもの……俺は連日、癒しの回復機能を体験するために、魔力が尽きるまで卵に引き籠るようになっていた。肝心の勝負は、なかなか勝てないが……なんだか、ダメージを受けるのも慣れてきたし。そっちはそっちで、刺激が堪らなくなってきた気がする。うん、仮想空間システム、最高。これだけは、間違いない。