3.5−1 変な子認定
章間の恒例になりつつある、イグノ君の近日譚をつらつらと。
今回も「華麗なる勘違い」がアグレッシブに大爆発します。
あぁ……朝か。ふむ、昨日は少し夜更かししすぎたかも知れんな。そんなことを考えながら、身を起こすと……そこは代わり映えしない、質素な部屋。
(……しょぼい部屋に、しょぼい生活。小遣いもなければ、チケットも足りない……!)
最低限の生活は保証される。ホーランドにもそんな事を言われて、魔法学園の本校とやらに来たまでは、よかったが。俺に与えられた生活は、冗談抜きで最低限だった。食事だけはそれなりに美味いし、充実しているが……2食で俺を満足させようだなんて、ナメているにも程がある。
(くそ……! 俺を囚人扱いしやがって!)
ハーヴェンによれば、食事も本来はチケットを消費しないと貰えないものらしいのだが。「特別に2食はつける」とか、奴は超絶にムカつく事を上から目線で言いやがった。どうやら、俺に施しをしているつもりらしい。本当に……つくづく、気に入らない奴だ。
(しかも、周りが低レベルなもんだから、話し相手もいないし……。あぁ、俺にも美少女の幼馴染がいればよかったのになぁ……)
そうすれば、「会いに来ちゃった★」とか言いつつ、俺を連れ出してくれそうなもんだが。あいにくと、俺には幼馴染らしきものは用意されていない。
その上、世間は夏休みに入ったとかで、学生寮にいる奴らもこれ見よがしにウキウキしながら、実家に帰っていく。……なお、俺は実家には帰れないし、実家なんてものはないも同然。それ以前に、行動範囲が制限されていて、学園から出ることさえできない。
(いや……すぐに自由になれるはずだ。そろそろ、戻ってきてコールがあるはず……!)
未だに、養父共は手紙の1つも寄越さないようだが。どうせ、そのうち来るに違いない。そうなったら、「今更遅い」とビシッと言ってやらねば。神の御子を手放したこと、後悔させまくってやる……! そんでもって、帰還を果たして贅沢三昧をさせてもらうんだからな!
(しかし、どうしたもんか……。こうも暇なのは、なかなかにキツいものがあるな)
生前はソシャゲやネットがあったおかげで、いくらでも時間を潰せたんだが。魔術師帳にはそういう色気のあるコンテンツはないらしい。ゲームは無論のこと、動画はあっても、見事に学習コンテンツしかないし。……どうなってるんだよ、これ。こんなんじゃ、退屈死しちゃうじゃないか。
(しかも、目ぼしい美少女もいないんだよなぁ……。あっ。そもそも、ここ……男子寮だったっけ)
とにかく、外に出るか。いい加減、ゴロゴロし飽きた。
そうして、中庭に出たものの……うん、見事にガラガラだな。まるで、俺だけ取り残されたみたい……って、おぉ⁉︎ ちょっと待て。……なんだか、噴水の前にメチャクチャな美人がいるんだが……?
(誰だ、あれは……⁉︎ 制服を着ていないとなると、生徒じゃなさそうだが……)
遠目から見ても、光り輝いているかのようなインパクト。真紅のワンピースに身を包んだ彼女は、桃色の髪を優雅に掻き上げて、手元の何かを見つめている。これは……是非に近くで確認せねば! そんでもって、名前を聞いておかねば!
「あら? この時期に生徒さんがいるなんて、珍しいわね? どうしたの? もしかして……迷われたのかしら?」
「いえ、そうではありません! 俺はただ、運命の相手を迎えに来ただけです!」
近くにやってきてみれば、それはそれは神がかったレベルの美女。俺を見つめると……大きなエメラルドグリーンの瞳をパチパチさせながら、彼女がコテンと首を傾げる。
(グハァッ⁉︎ な、ななななな、なんだ、この破壊力は⁉︎)
間違いない! 彼女こそ、俺のメインヒロインに違いない! だったら……さぁさ、愛しい君の名前、是非に聞かせちゃってくれたまえ!
「もちろん、お名前を聞かせていただけますね?」
「名前って、私の?」
「あなた以外に、誰がいると言うのです! 運命の相手なのですから、名前を知るのは当然の権利です!」
「運命の相手に、当然の権利……?」
まぁ、無理もないよな。俺みたいな美少年に言い寄られたら、驚いて声も出ないよな。
(ヤベェ……! 悩むお顔も、超絶に尊い……! しかもなんだよ、この完璧なプロポーションは……!)
アレイル先生程じゃないが、しっかりと大きさのあるお胸は、形もエレガント。これは美乳……いや、神乳! しかも、ウェストはキュッと引き締まっていて、お尻も弛むことなくプリッと上を向いている。
(フハハハハ! これぞ、物語の強制力ってヤツよ! 主人公たる俺には、美女とのイチャラブイベントが用意されてるってことだな!)
チートライフはまだ、始まってもいないが。ハーレムイベントは始まりかけている気がする! ここはガッツリと楽しまないとな!
「いえ、困るわ……。私はここで、主人と待ち合わせしているだけですし……」
「えっ? しゅ、主人……?」
しかし、明らかに迷惑そうな顔で、美女が俺を睨んでくる。もちろん、気が強いのは嫌いじゃないが。問題はそこじゃなくてな。……彼女の言う主人って、ご主人様って意味だろうか? だとすると、この美女はメイドさん……じゃない気がする。
(メイドさんなら、もっと萌え萌えキュンキュンなメイド服を着ているはずだし……)
だとすると、あれか? まさか……ご結婚されている感じか、この美女。
「あっ! あなた!」
俺が深すぎる疑問に首を捻っていると、今度はパッと笑顔になった彼女が誰かに手を振って……急に駆け出した。えっと……? 俺の方はまだ話、終わっていないんですけど……?
「悪い、悪い。思ったより、手間取っちまった。もしかして……結構、待たせたか?」
「うふふ、そうでもないわ。私もさっき来たところですし」
「そうか。そんじゃ、行きますかね……っと、その前に。……リッテル、そっちの子は知り合いか?」
どうやら、美女はリッテルと言うらしい……じゃなくて、だな! 誰だ、こいつは! 俺と彼女の間に割り込むなんて、許せん! リッテルさんも話をすっ飛ばして、俺以外の男に抱きつくなんて……けしからん!
「いいえ、知り合いじゃないわ。よく分からないけど、私を運命の相手だとか言ってて……変な子なのは、間違いないみたいだけど……」
ちょっと待て! 変な子……って、俺の事か⁉︎ それは聞き捨てならないぞ⁉︎
「やい、貴様! お前、彼女とどういう関係なんだ⁉︎」
「えっ? え、えっと……俺達、夫婦でな……」
「はぁッ⁉︎ そんな馬鹿な!」
「……そんな馬鹿なって言われても、なぁ。事実は事実だし……」
男はポリポリと顎を掻きながらも、彼女の腰にしっかりと手を回していやがる。しかも、リッテルさんも男を拒絶するどころか、スリスリと奴に頬擦りしているじゃないか。クソッ……! 羨ましすぎるだろ……!
「それはそうと、君、お名前は? 制服を着ているとなると、ウチの生徒なんだろ? だったら、長い付き合いになるかもだし、サクッと自己紹介もしておいた方がいいかもなー」
「あなた。こんな変な子に構う必要、ないわ」
「……そう言うなって。どんなに変な子でも、ここにいる以上は面倒見ないといけないだろ?」
さっきから変な子、変な子って……失礼にも、程があるだろ。しかも、リッテルさんに誤解されている気がするし……ここはビシッと格好良くアピールしなければ。
「んで……俺はマモンと言いまして。一応、特殊祓魔師ってヤツでな。こっちにいるって事は、きっと優秀な候補生なんだろうし、今後ともよろしく頼むよ」
「ふ、ふん! 俺の優秀さが分かっているなら、許してやろう! 俺はイグノ・ガルシェッド! 神の御子であり、噂の美少年だ!」
「あぁ〜……なるほど。君がハーヴェンの言ってた、例の変な子かぁ……」
おい、コラ。例の変な子って、どう言う意味だ⁉︎ まずは、変な子認定を改めろよ。