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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第3章】選考試験と王子様
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3−27 検討の余地は大いにあり

 天使にマトモな人員が少ない以上、頼れるのは悪魔か堕天使か。

 そんな情けない内部事情からも、敢えて目を背けては……今度はティデルが寄越した「嘆願書」に目を通すルシフェル。そうして、一通り読み終えては顎に手をやり、フゥムと唸る。


「ミアレットが旅行に出るのか。それで、行き先はグランティアズ……。なるほど」


 ティデルの提案はやや独善的でありながら、天使長が熟考を要するに十分な内容だった。彼女はもしかしたら、ミアレットがグランティアズに住むことになるかも知れないから、彼女の生活基盤をフォローして欲しいと願い出てきたのだ。


「それにしても、ミアレットを婚約者として引き取りたいだなんて、なかなかに大胆な事を言いよる。しかし……確かに、我らとしても便乗するのに好都合かも知れん。検討の余地は大いにあり、だな」


 ネデルの報告書にもあった「グランティアズの王子様」は、兄弟揃ってミアレットに懸想しているらしい。是非に彼女を婚約者にと、交渉までしてきたそうな。そして、ティデルは彼らの話を聞いた上で、その恋路を邪魔する必要はないと判断したようだ。

 だからこそ、ミアレットが旅行に行く時までに彼らとの交流手段を整えてやりたいと同時に、もしミアレットがグランティアズに住むことになったのなら……彼女は魔法学園の本校へ通学する可能性が非常に高いため、グランティアズにも転送装置などを設置し、彼女の負担を減らしてほしい。それが、ティデルからの大まかな要望である。


(相変わらず、ティデルは相手の弱みを突くのが上手いな。……ほぅ、ここで神界の無責任を詰ってくるか)


 やや攻撃的な筆致はティデルの性格以上に、鋭さ故の言い回しだろうと、ルシフェルは肯定する。

 彼女は、彼らの現状は神界側の観測不足に伴う不手際だと示した上で、そもそもグランティアズにはそれらしい拠点がなかったことも指摘しては、きちんと観測する気はあるのかと訴えてくる。


 言われればその通りで、神界側は今の今までグランティアズ含む、ローヴェルズの王都周辺には直接的な拠点を構築してこなかった。オフィーリア魔法学園の分校の役割は、優秀な候補生を集め、育てることを大前提としているが。裏事情としては、神界側の拠点としての意義も非常に大きい。

 かつて大悪魔に滅ぼされた旧・ヴァンダート地区にでさえ、霊樹戦役後の復興支援に抱き合わせる形で、分校を設置しているのを考えても……グランティアズだけ避けていると思われるのは、自然な成り行きでもあろう。


「別に、避けてきたわけではないのだが……ティデルの指摘は尤もだな」

「グランティアズも塔の観測対象には入っていますが、定期的な現地の監視は実施されていません。しかしながら、他の拠点も特段、厳しく監視しているという程ではないのですけれど……」

「……天使が人間界に降臨するのは、仕事ではなく、観光が目的だからな。……あぁ。本当に情けない」


 だが、しかし。神界は決して、グランティアズを蔑ろにしてきたのではない。……天使達の興味を惹く場所ではなかったため、グランティアズが彼女達の「旅行先」に選ばれなかっただけである。端的に言えば、魔法学園分校の設置基準は天使達にとって都合が良いかどうかで決められていたりする。そこには、人間達の物差しや価値観は反映されていないのだ。……それこそ、非常に情けない程に。


「いずれにしても、いい機会だ。拠点作りに関しては、早々に着手することにしよう。ラミュエル。早速で悪いが、ローヴェルズ地区から瘴気レベルの観測値が低い場所を割り出してくれ」

「承知しました。その上で、良さそうな土地があれば、買取の交渉・拠点構築の人員確保まで進めれば良いでしょうか?」

「あぁ、それで良い。できれば分校を設置したいが、広さによっては難しい場合もあろう。……最低限、寄宿舎建設を目標としてくれ」

「かしこまりました」


 いくら天使とて、急にやってきて「土地を寄越せ」だなんて横暴は通用しない。霊樹戦役の被害もあり、建造物が壊滅し、人口もやや減っていた時期は候補地の確保も容易かったが。復興が進むと同時に、魔力も復活した手前、人間界の人口は爆発的に増えている。今となっては、空いている土地の方が少ないだろう。


「しかし……ローヴェルズの土地確保は難航するかも知れんな。空き地があるかもそうだが……かの地区はまだまだ、リンドヘイムの息がかかっている輩も多い。……我らにいい感情を持っていないものも、少なくなかろう」


 リンドヘイム聖教の息吹が吹き溜まるアーチェッタ周辺は、天使にとっては居心地が悪いこと、この上ない。実際、彼女達がローヴェルズ地区を「観光地候補」にすらしなかったのには、アーチェッタがまだまだ宗教都市としての側面を色濃く残しているせいもある。

 天使達の戦闘能力を持ってすれば、アーチェッタの制圧は非常に容易い。しかしながら当然の如く、女神達も天使長もそれを良しとしないし、いくら不真面目な者が多いとて……その程度の分別くらいは、天使達も持ち合わせている。

 人間界は見守るべきフィールドであって、支配するべきフィールドではないのだ。確かに、天使が介入したことでリンドヘイム聖教は根本的な瓦解の憂き目に遭ったが。それはあくまで、非人道的な虐殺・実験に対する制裁であって、彼らの信仰そのものを否定するものではないつもりだ。

 だが……当事者達は決して、そうは思わないだろう。自らにあると信じていた正義が、信仰対象であった天使に否定されたのだから、教義そのものを否定されたと取るのは、無理ならざること。かつての「天使信仰」を捨て去ったリンドヘイム聖教が、何を信仰対象としているのかは、定かではないが。彼らが天使に対して、浅からぬ恨みを抱いているのは事実である。


「……これを機に、リンドヘイム聖教の動向も具に調査するとしようか。ラミュエル、立て続けで悪いのだが……」

「担当者のピックアップ、ですね。……心得ております」

「ふむ。話が早くて、助かる。そして……どれ、私の方は悪魔側に話を着けておくか。翼をしまっていれば、人間には天使だと気付かれないとは言え……不測の事態も考えられる。魔界側からも協力者を募っておこう」


 そこまで話を進めたところで、ラミュエルが一礼の後、退室していく。そんな彼女の背中を見送った後……1人きりになったルシフェルはフゥと、息を吐いた。


(それにしても……ミアレット、か。女神の肝煎りもそうだが、ここまで皆に愛されるとなると……末恐ろしいものがあるな)


 あのアケーディアをして、前向きな評価を引き出させた相手である。彼女は非常に優秀かつ、真面目な人間なのだろう。そこまで思案したところで、ルシフェルは自らの中に珍しい感情が沸いているのにも気づく。


(これは確かに、興味深い相手だ。それこそ、いい機会であろうし……私もそろそろ会ってみるか。女神の愛し子とやらに)


 もし、彼女が天使長の寵愛に値する相手ならば。グランティアズに出立する前に、特別に加護を与えておいても損はないかと、ルシフェルはひっそりと思いを巡らせていた。ついでにティデルにも色良い返事を出しておけば、いくら気難しい彼女とて、イヤとは言わないだろう。

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