3−21 ご乱心ってヤツだわね
「えっと……明日から、夏休みになるんです。それで……」
「例の旅行に行くのよね? いつから?」
プリンス兄弟を引き連れて。ネッドが出してくれたお茶を啜りつつ……ミアレットはまずは報告をとばかりに、ティデルに当面のスケジュールを説明する。
登学試験の結果が出るのは、明後日。もちろんそれはエルシャも同じなので、出発は4日後にしようと考えているそうだ。なお、ミアレットの方は予定もないので、その日程で大丈夫だと伝えてある。
「そ。それは構わないわよ。ちょっとお小遣いもあげるから、たっぷり楽しんできなさいな」
「はい、ありがとうございます」
「えー! お小遣い、いいなー!」
「僕もほしー!」
ティデルの「お小遣い」発言に、周囲の子供達が羨ましそうな声を上げたが。ミアレットが「お土産を買ってくるから」と宥めると、すぐさま「お菓子がいい」と反応が返ってくるのだから、なかなかに素直でよろしい。
「もちろん、ミアばっかり贔屓するつもりはないわサ。みんなには、夏祭りの時にお小遣いをあげるから。変な心配しないの」
「やった!」
「お祭り、楽しみ……!」
「さて……と。お小遣いの心配もないと分かったところで……みんなはおやつを食べ終わったら、遊んでおいで。お勉強の時間までは自由にしてていいわよ」
ティデルも心得ていると見えて、慣れた調子で子供達を納得させると、遊んでこいと外へ出るように促す。その合間に……お茶のお代わりを持ってきてくれるついでに、空いた椅子に腰掛けるネッド。どうやら……孤児院側は2人体制で王子様達の話をしっかり聞くつもりのようだ。
「そんじゃ……本題に入ろっか。ディアメロ君、だっけ? 見た感じ……かなりの貴族様っぽいけど、どうしてミアを婚約者にしたいと、思ったのかしら?」
「……ミアレットと一緒なら、腐った王宮を立て直せると思ったからです」
「王宮? まさか、あなた……貴族じゃなくて王子様なのかしら?」
「……そう、です……。僕のフルネームはディアメロ・ヴァンクレスト・グランティアズ。……女神に見捨てられた、愚王の類縁です」
少し俯きながら、ディアメロが悔しそうに言葉を絞り出す。そんなディアメロの答えに、ティデルはかすかに眉を顰めるだけだったが、彼の答えにあらかたの事情を察したらしい。隣にいるネッドに目配せすると、フンと鼻を鳴らす。
「そう。だったら……お断りだわね」
端的でいて、明らかな拒絶。口調は静かだが、眉間に皺が寄ったのを見るに……ティデルはディアメロの答えが気に入らなかったようだ。
「要するに、あなたはミアを利用しようとしているんでしょ? ミアは本当に優秀な魔力適性を持つ、血筋に恵まれているからね。だから……自分達が魔法を使えない分、何がなんでもミアの魔法能力を手に入れたい、と。だけど……それ、相手がミアじゃなくてもいいんじゃない?」
詰まる話、相手は誰でもいいのでしょう? ティデルのその指摘はご尤もであるし、ミアレットの保護者としては看過できない実情でもあるだろう。
いきなりの拒絶は、ティデルが喧嘩っ早いせいもあるかも知れないが。それを差し引いても、ミアレットを利用しようという魂胆を見透かしたとあらば。……きっと、アーニャも同じ答えを出しているに違いない。
「違う! そうじゃない……! 僕はミアレットじゃないと、嫌なんだ!」
「……へっ?」
しかしながら、ディアメロはこの程度で負けるつもりはないらしい。予想以上に情熱的な事を言い出すものだから、ミアレットはまたも間抜けな声を上げてしまう。
「そう? それじゃ、本当の理由……聞かせてくれる?」
「……確かに、最初は利用するつもりでいました。それに……本当はミアレットを伴侶にしたいって言い出したのは、兄上の方だったんです……」
「えっ? えっ……?」
ちょっと待て。それはつまり……このご兄弟はお2人揃って、ミアレットを気に入ってしまったのだろうか?
(えぇぇぇ……それはないわぁ。確かに、ちょっと優しくしたかも知れないけど。この人達、チョロ過ぎでしょうよ……。そもそも、他にいないのかしらぁ。私に惚れなきゃいけない程、周りにマトモな令嬢がいないって事?)
グルグルと頭の中で、呆れた状況を把握しつつ。ミアレットは右側で萎れた声を出しているディアメロを見つめた後、そっと左側のナルシェラに視線を移す。
(……2人とも見事に真っ赤な時点で、どうなのよ、これ……)
両サイド、既に色々とギリギリの様子。それでも、言い出した責任を取るつもりなのだろう。尚も、ディアメロがポツポツと「本当の理由」を喋り出す。
「失礼を承知で、言いますけど……僕の方はあなたの言う通り、最初は誰でもいいと思っていました。魔法さえ使えれば、大臣の言いなりにならなくて済む。魔法さえ使えれば……無能な王族だって、蔑まれないで済む。特に兄上は大臣が決めた婚約者までいて、自由に生きることさえできない。だから、僕達は……魔法が使える従者が欲しくて、カーヴェラに来たんです。まぁ……兄上は最初に出会った時から、ミアレットを気に入ったみたいでしたけど」
少しだけ皮肉っぽい態度を取り戻し、ディアメロが肩を竦める。しかしながら……結局は自分も同じだったと、自嘲混じりの話を止めることもない。
「でも、この街に来て……僕達は初めて、自分らしく生活することを知りました。……誰にも監視されずに、食事をすることもそう。誰にも口出しされずに、出かけるのも……そう。そして、そんな街の暮らしを教えてくれたのが、ミアレットでした」
「私、そこまでの自由は教えていない気がしますけど……?」
いくらなんでも、それは買い被り過ぎだろう。ミアレットはすぐさま、ディアメロが示す「功績」を否定するが。
「少なくとも、僕に毒見もなく食事をさせたのは、お前が初めてだぞ」
「あぁ……そうなります?」
それは自由ではなく、タダの無礼では? それはそれで、大丈夫なんだろうか?
「とにかく、だ! このまま黙ってたら、お前は僕達の手が届かない所に行ってしまう! そうなる前に、縁を結んでおこうって言うのが、そんなに悪いことなのか⁉︎」
「いっ、いえ……そういうワケじゃないんですけど……」
「僕は嫌だからな! これでお別れなんて、絶対に嫌だッ!」
「ちょ、ちょっと! ディアメロ様、落ち着いて!」
いつの間にか、ティデルではなくミアレットに対して、熱〜い思いをぶちまけているディアメロ。彼のあまりの勢いに、ナルシェラはもちろんのこと、ティデルとネッドも呆気に取られた顔をしている。
「えーと……ディアメロ君? ちょっと、落ち着こうか。……君の熱意は、十分に伝わったから」
「……すみません。つい、取り乱しました」
「うん。そうだわね。今のは……ご乱心ってヤツだわね」
ティデルに諌められ、ようやく冷静さを取り戻したディアメロ。しかし……ミアレットは完全に手遅れだと、嘆かざるを得ない。なぜなら……。
(うあぁぁぁ……やっぱり、集まってきちゃったじゃないですかぁ。……お姉様方、そんな顔してこっち見ないでください……)
常にご乱心気味なお姉様方の視線が、殊の外、痛い。どうやら……ディアメロの熱い思いは、ミアレットの恋心に届くよりも先に、しっかりと天使様達の好奇心に届いてしまったらしい。