1−7 早速、前言撤回
なんだか、面倒な事になった。とっても、面倒な事になった。
午前中の選考試験の説明会と、授業を乗り越え。ようやく休み時間……と思ったのも、束の間。ミアレットは大勢の「級友もどき」に囲まれている。きっと、子供なりにもミアレットと仲良くしておいた方がお得だと、理解したのだろう。特に、女の子達はミアレットとの縁の向こうに、セドリックとの交流も見えるのか……気色悪いほどにミアレットと仲良しさんを演じ始めるのだから、ミアレットは呆れて物も言えない。
「ねーねー、ミアレット。一緒にお昼食べない?」
「あっ、私が先よ! ミアレットと仲がいいのは、私なんだから!」
(……いや、仲良くされた記憶なんてないし……)
むしろ、初めて声をかけられた相手の方が多い気がする。しかも、話をしたことのある相手に至っては、エルシャの取り巻き達なものだから……それこそ、どのツラ下げているんだと言いたい。
「えっと……そもそも、みんな名前すら知らないんですけど。それに、そこの3人は昨日まで私の悪口も散々言っていたじゃない。お昼はいつも通り、エルシャと行ったら?」
「あっ、あれは……エルシャに言われて、仕方なくって言うか……」
「そうそう! エルシャはもう関係ないの!」
「貴族だからって、威張っちゃってさ。いつもいつも、偉そうに!」
「ふ〜ん……」
年頃の女の子というのは、時として、どうしようもなく残酷な時がある。昨日まであんなにも「仲良しこよし」だったはずなのに、誰1人、エルシャに声をかけるものはいない。……いや、今となってはエルシャの方が悪口を言われる側に転落してしまった、が正しいか。
(これが俗に言う、スクールカーストってやつかぁ……)
もちろん、かつての「マイ」も一通り、それなりの団体行動は経験してきてはいるが。本人も自覚していた通り、彼女は自分を「モブ」……つまり、脇役だと思っていたし、学校ではあまり目立つタイプの生徒でもなかった。
一方で、今までの「ミアレット」は言うなれば、いじめられっ子……要するに、スクールカーストの最底辺の存在だったようだが。……中身が大人だったおかげで変に拗らせることもなく、受け流す余裕があった。それが、今はどうだろう。……セドリックの登場で、見事にエルシャが頂点だった縦社会は崩れ落ち、優等生ならではの旨みを持つミアレットが最上位に浮上している。
(あぁ……こういうの、本当に迷惑だわ〜。どっちにしても、誰も放っておいてくれないのね……)
本当に嫌気がするし、反吐が出る。
そうして、ミアレットは色々と状況を打破するために……群がる自称・お友達を半ば無視しては。1人寂しく、ポツンと座っているエルシャの元に向かう。
「エルシャ、ちょっといい?」
「何よ。……どうせ、いい気味とか思っているんでしょ」
「どうかしら? 正直なところ、私は静かに勉強できればいいだけなのだけど」
「……あっそ。で? 私に何か用?」
「よければ、一緒にお昼食べない?」
「えっ……?」
ミアレットの意外な申し出に、目を丸くするエルシャ。そんな彼女を安心させるように、ミアレットはニコリと微笑む。
「私、群れるの嫌いなの。でも、誰かと一緒に食べないとうるさいみたいだから……よければ、付き合ってくれない?」
「……あんた、変わってるのね。今だったら、たくさん威張れるのに」
エルシャのいかにもな答えに、ミアレットは苦笑いしてしまうが。……きっと、エルシャの方は嬉しかったのだろう。ちょっと俯きつつも、コクコクと素直に頷いては、少しだけはにかむような笑顔を見せる。
「それに、なんとなくだけど……私、あなたのお兄さん、苦手かも知れない。折角だし、これから一緒に頑張らない?」
「それ、どういう意味?」
「さっきはもう関わりたくないって、言っちゃったけど。早速、前言撤回。あのイケ好かないお兄さんを、一緒に見返してやりましょ。私、あんな風に一方的に相手を見下す奴、マジで嫌いだわー」
「……あんた、本当に変わってるわ。あのお兄様をそんな風に言えるなんて」
「そう?」
それこそ、ミアレットの忌憚のない意見である。
「……なんだか、それを聞いて安心しちゃった。そっか。……お兄様が苦手なの、私だけじゃないんだ」
しかし、セドリックが苦手だったのはエルシャも同じらしく……ポツリとそんな事を呟くと、フフフと嬉しそうに笑って見せる。
「ほらほら、早くしないとお昼休みが終わっちゃうわ。今日はいい天気だし……折角だから、中庭に出ない?」
「そうね。それもいいわね。……それに、今更だけど……」
「うん?」
「……今まで、ゴメンなさい。なんだか、これからはミアレットとちゃんと仲良くできる気がする」
***
「ねぇ、どうしてこうなるの?」
「さ、さぁ……」
「でも、このままだとミアレットと組んでもらえなくなっちゃう!」
あっという間に互いに「友達」に昇格したらしい、ミアレットとエルシャが出かけて行った後の教室。残されたクラスメイト達は呆気に取られたまま、状況を飲み込むのに必死だった。
本校の選考試験でミアレットと組みたいのは、何もエルシャだけではない。いくら、エルシャ程の貴族ではないとは言え、彼らとて「魔力適性」はそれなりに持ち得ている上流階級の一員であるはずだった。そんな彼らの肩には、多少なりとも「お家の威信」が乗っかっている。
しかし、本来は平民以下で魔力適性はないはずのミアレットより、魔力量が上回っている生徒は分校にはいない。更に言うと、現在のカーヴェラ分校では魔力に関して、ミアレット一強の構図さえある。それはつまり……ミアレットと組めない場合、選考試験のパスは難しいかも知れない、と言うことだ。
「えっと、選考試験って……パスできるのって、何人までだったっけ?」
「さっきの説明だと、人数は決まっていないんじゃない?」
「だとすると……ミアレットと組まなくても、パスできるんだよね?」
「でも、誰も通らなかったこともあるって、先生言っていたよ?」
簡潔に言えば、優秀であれば選考突破の可能性は十分にあるが、実力がなければ遠慮なくはたき落とされると言うことでもある。その中で、ミアレットはセドリックの「前振り」にもあった通り、本校でも注目されているらしい最有力候補。彼女の選考突破が確実と目されている現状で、突き抜けてしまっている彼女と同じ土俵で試験に臨むのは非常に不利だ。他の生徒は目立つことさえ許されず、まともに選考対象にすらしてもらえないかも知れない。
こんなことなら、彼女とこそ仲良くしておくんだった。取り残された生徒全員が心の中で、そう思うものの。これこそ「後の祭り」であるし、ミアレットがその場にいたのなら、きっとこう言うに違いない。
「今更、後悔しても遅いです」……と。