0−1 ファンタジーが始まっちゃう感じ
あぁ、生きていて本当によかった。何てったって、このために働いているんだもの。
私……小野塚麻衣はスマホのチケット当選画像を見つめては、ニヤニヤしながら帰り道を急いでいた。
嘘じゃないよね、夢じゃないよね。幸せすぎて、何度も疑っちゃってはその度に画面を見つめたけど。そこには紛れもない、現実がちゃんと映し出されている。
それは、私が持てる財力を注いでゲットした、人生において最高最上の権利……大ファンのKingMou様のライブチケットの当選通知だ。ま、まぁ……今、私がやっているのはいわゆる「歩きスマホ」というヤツだけど。ほんのちょっとの幸せを噛み締めるくらいは、許してちょうだい。
そうして慣れた足捌きで、人混みを器用にヒョイヒョイと避けながら、歩みを早めていると。妙に、周りが騒がしいのに気づく。
(……うん? 何だろう? 何か……あったのかな?)
だけど、周りを見渡しても事故やら、事件やらの香りはしない。うん、きっと気のせいだ。多分、幸せ成分が脳に充満していて、そんな風に見えただけ。きっと、そう。
と……その時はのほほんと、自分には無関係だと軽く思っていたのだけど。道行く人が一様に、こちらを見つめているもんだから、流石に幸せ成分に侵されているお気楽な私でも嫌な予感がしてきた。
(……あれ? もしかして、注目の的……私?)
いやいやいや、そんなはず……ないでしょ? 私はごくごくフツーのOLよ? 取り立てて特技もないような、どこにでもいるありふれた「モブ」ですけど?
とかって、心の中で妙な言い逃れをしていると……スポットライトを浴びているのは、やっぱり私じゃない事にも気づく。みんなが一心不乱に上を見上げては怯えた顔をしていて、次の瞬間に「あっ!」とか「キャァ!」とか悲鳴をあげ始めた。ま、まさか……。
(嘘っ⁉︎ 飛び降り……って言うか……近っ! このままじゃ……ぶつかるッ⁉︎)
何でしょうね。いや、人生いつかは終わるって、そりゃ私も知ってはいたよ? だけど……幸せ絶頂の中で、人生を奪わなくてもよくない?
最後に残った記憶のビジョンには、妙にニヤついた見ず知らずの冴えない男の顔がこびり付いていて。心中相手さえも選べない非情な人生の幕引きに、薄れ行く意識の中で……私はこんな顛末しか用意してくれなかった神様を、全身全霊で呪っていた。
***
「小野塚麻衣、享年28歳。投身自殺に巻き込まれて死亡……か。う〜ん……何とも、不憫な。なぁ、どうする? シルヴィアよ。此奴も相当の魔力適性はあるようだが……」
「そうですね……。しかし、彼女の記憶ですが……強固に魂に結びついており、強制消去ができないようです。ですけど、マナ様がおっしゃる通り、彼女も相当の能力をお持ちのご様子。記憶を残したままでも、こちらの世界で十二分に活躍してくれると思いますが……」
うん? 何だ、ここ? 私……もしかして、生きてる?
だけど、目覚めてむくりと起き上がると、そこは別世界。よく「トンネルを抜けると雪国であった」とかって、物語が始まったりするけど。いや……いくら何でも、別世界すぎるにも程がない? だって……。
(……この人達、絶対に日本人じゃないよね……?)
生きているイコール、KingMou様のライブに行けるとかって思ったのも、束の間。どう見ても目の前の女性2名が、自分と同じ東洋人の顔をしていないことに、焦る私。と言うか、片方は間違いなく人間じゃないっぽいし。
「そなた、こちらの世界で魔術師になる気はないか?」
「へっ? 魔術師……ですか?」
はい、いきなり来ましたよ。訳の分からないファンタジーが始まっちゃう感じ。これは、あれですか? そちら様の世界で魔術師になって、危ない目に遭わされるパティーンですよね?
「イヤです」
「……イヤにハッキリと断るではないか……。さっきの奴とは大違いだな……」
「さっきの奴?」
「あぁ、すまぬ。こちらの話だ。しかし……の。マイとやら。妾の申し出を断った場合、お主の魂は消滅する以外の選択肢はないぞ? それで良いのか?」
「ゔっ……。それって、要するに……」
「死ぬと言う事ですよ、マイさん。如何でしょう? 生存を諦める前にいっその事、私達に力を貸して下さいませんか。決して、悪いようにはしませんよ。力をお貸しくだされば……ある程度の願いも、叶えて差し上げましょう」
「ほ、本当⁉︎」
「おや? その様子からするに……何か? お前には野望があるようだな。良い良い、言うてみい。良しなに取り計らってやろうぞ」
「だったら、私を元の世界に帰してください! その為だったら……魔術師だろうが、魔女だろうが、立派な魔法使いになってやるわ!」
妙に偉そうな方の薄緑っぽい肌の女に人に言われて、それが叶うのならちょっと頑張ってみようと思ったけど。でも、私がお願いを言った瞬間、緑の方だけじゃなくて、標準的な金髪の女の人の顔もセットで引き攣る。……あれ? もしかして……。
「……そなた、まさか……元の世界に未練があるのか?」
「未練、ありまくりなんですけど! だって、KingMou様のチケットが当たって、幸せ絶頂だったんですよ! それなのに、巻き込まれてハイ終了……だなんて、納得できる方がおかしいでしょ! 私はライブに行くの! 何が何でも、行くんだからッ!」
大体、仕事中も当たるか当たらないかで、めっちゃくちゃソワソワしてたんだよ? 「当選」の通知が来た時は仕事中なのに、ガッツポーズしちゃったんだから! おかげで、周りから妙に白い目で見られたじゃない。あっ、そうそう。白い目じゃなくて「白い日」は超名曲だぞ、コンチクショーが!
「ふむ。……そう、か。何というか……その」
「すみません……原因は分からないのですが。あなたの魂は、空間軸が異なるこちらの世界に迷い込んでしまったみたいでして……私達の力できちんと帰して差し上げられるかどうかは、保証できないのです……」
「はっ? ちょ、ちょっと! どうしてよ! 大体、さっきから言葉も通じているし、そんなに丸ごと別世界ってわけじゃないと思うんだけど!」
「……妙なところを突っ込む娘だな、お前は。まぁ、いい。言葉に関してはこちら側に迷い込んだ段階で、ある程度のチューニングが済んでいるのであろう。だから……ふむ。言葉や文化に関しては、心配ないか?」
いや、そんな事を言われても安心材料にもならないし、納得もできないんですけど! ファンタジーなんて、望んでいないし、真っ平ゴメンだし! とにかく、私を元の現実に帰してよ!
「あぁ、でしたら……1つ、方法があるかもしれませんよ」
そうして今度は優しそうな女の人の方が手をポンと打ちながら、ニッコリと微笑む。そんな彼女の笑顔に胡散臭さも感じたけれど。ここはその提案、乗るしかなさそう……だよね。あぁぁぁ……どうして、私って肝心なところで運が悪いんだろう。と言うか、これは運が悪いで済ませられない気がするし。助けて、KingMou様……。