「普通の垣根を越えて」その1
ユイと名乗る女性は思い出したかのように過去を語ってくれた。それはあまりにも切なくて胸が張り裂けそうになる物語だった。
「それはお兄さんには・・・」
「お兄ちゃんにそんなこと話す必要は無いよ、私が勝手に落ちぶれたんだから」
氷のような冷たい口調に私は何を言えばいいのか分からなくなった。
確かユイさんの情報では魔法能力も近接も百戦錬磨の猛者だと聞くまさに最強の殺し屋だと思っていたのに実態はこんな質素で貧相な暮らしをしているなんておかしいよ。
だってユイさんは“普通”じゃないのになんの取り柄も無い私より苦しい生き方をしているなんて想像つかないよ。
完全に役職は最強クラスで戦士だと団長なのに実は三一侍だなんてそんなこと現実にあって良いはずがない。
「ユイさん、戦士は?」
「嫌よ、私は自由なんだから」
その自由のせいでこんな暮らしになっているというのに彼女は不動だ。
「なら冒険者は!?」
「あれって二人以上じゃないと加入出来ないのよ加入後なら死んでもいいらしいけど、私には無理よ」
違う、多分この人単純に閉鎖的なだけなのかも。
「それなら平民はどう?」
「あんな平和ボケした輩と一緒にされるなんて嫌よ」
「あぁ〜んもう!そんなんだから一人ぼっちになるんじゃないんですか!?」
何かにつけて嫌だと言う我儘に多少の苛つきを隠せないがユイさんは無表情のままだ。
「なら希望は!?」
私の問にユイさんはとても困った表情をする。
「よく分からないわ、私は生きてればいいから」
何というか淡白というか自分が死んでいるというかユイさんは経験が無いからそういった視野も入れたことがないのだろう。
「そうだ、なら貴方と一緒に冒険者やるのは?」
我儘な対応に困っていると思わぬ提案を受けた。
「わ、私?」
「うん、それなら私も足を洗うきっかけにもなるし貴方を斬ったことを詫びることだって出来るわ」
初めて語る主張に私は更に悩んでしまった。確かにユイさんの言う通りにすれば私の“普通”は変わるかもしれない。謝る気は全然無さそうなのがネックか。
「でも私・・・シスターズに」
「そんなもの辞めたら?第一に貴方には向かないわよ」
うぅ、そんなはっきり言わなくても。
「それにそれは貴方の考えなの?」
否定された次のユイさんのトゲのある発言に突っ込み続けた私は息が詰まった。
私は皆の憧れのシスターズになって皆より凄い人になって皆よりも・・・
「貴方、自分の事を蔑ろにしてて自分を見失ってない?」
グサグサと刺さる発言に分からない私は何も言い返せない、自分一人では何もできないことを見透かされている。
「だったらそんなの何もかも忘れて自分探しの為に私と一緒に“なりたい自分”を見つけない?」
ユイさんは至ってシンプルの解釈をする。でもそれはアスカちゃんとの約束を破ることになる。
私の幼馴染であり親友を穢すことは出来ない。でもそれって本当に親友と呼べるのか?
「―――― 幸い時間はあるわ、貴方を探して嗅ぎ回る人間がいないのは悲しいけどまだここにいてもらうからね」
ユイさんはそう言って部屋を後にした、私は中身のない人間か………ユイさんも同じなのに私より堂々としている。
私の人生は一度しかない、でも私は出来るなら中立でいたい、でもそれってただの我儘なんじゃないのだろうか?
私は、何のために生きて何になりたいのか分からない。
私は一体何がしたいのだろう?
その事の答えには深く悩んだが私はその答えが導き出せる事は無かった。