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もしも魔法が使えたら  作者: 競 かなえ
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エピソード4 ネグレスト領

 翌朝、お日様が昇り始めるのと同時に荷物の積み下ろしを手伝い、場外市場へ向かう。

 さほど遠くない場所にあるらしいので、積んだ木箱の上に乗り、一緒に運んでもらった。

 オリヒ村がだんだんと小さくなっていくのを眺め、朝ごはん代わりのリンゴをかじる。

 今回は村でゆっくりできなかったけれど、騎士団に見つかったら大変だから仕方ない。

 いつか堂々と旅行できるようになるといいな。


 五分程揺られているとカラフルなテントと旗が見えてきた。人の声も聞こえる。

 荷馬車は近くの待機所に停められ、持ち場に荷物を運ぶみたい。

 ここまで乗せてもらったので、荷降ろしを手伝う。

 ふと、おじさんの昨日の言葉を思い出した。

 『もうすぐ騎士様の監視下から外れるから』

 気遣ってくれて良い人だな、と思っていたけれど、もしかして脱国しているのがバレているのではないか。

 パン屋の修行で出かけるなら、荷物の間に隠れるように言ったり、わざわざ騎士の監視なんて気にしなくていいはず……。

 「あの……どうして乗せてくださったんですか? 私が騎士団に見つからないように気遣いまでしてくださっていたんですよね」

 「ああ、なんとなく察しはついていたさ。詳しくは聞かないが。なんせわたしたちも流れ者だからね。ネグレストまではまだ遠い。市場を出たら気をつけるんだよ」

 本当に優しいおじさんたちに出会えてよかった。またどこかで会えるといいな。

 私はお礼を言って市場を後にした。



 場外市場を出て小一時間ほど歩くと、さっきまで広がっていた草原はだんだんなくなり、その隙間から硬い土と石が見え始めた。

 ここから先は色のない世界が広がっている。

 ネグレストに近づくにつれ、身体が重くなっているような気がする。上から重い布で覆われているようだ。

 ネグレストはこの先の山を越えた先にある。暗くなるまで歩き続けないとたどり着かないだろう。

 「頑張らないと……明るいうちに山を越えないと危ないよね」

 息を整え、気合を入れなおして足を進めた。



 太陽が空の頂上まで昇った頃、私は山の中腹にいた。

 さっきよりも身体が重いのは疲れのせいなんだろうか。息も浅くなっていて、歩くスピードが落ちている。

 お腹も空いてきたし、どこか休めるところがあるといいんだけど。

 顔を上げて目を凝らすと、少し上った先に平らな石が見えた。

 あそこで休んでいこう。


 石に座り、歩いてきた道のりを眺める。

 オリヒ村があって、その向こうにアレクトリア領の関所が見える。さらにその向こうにレーズン程の大きさまで小さく見える母国がある。

 もうこんなに遠くまで来たのか。馬車に乗せてもらえたのは凄く助かった。

 山を越えられたらすぐネグレストがあるのか分からないけれど、そこに向かうしかない。

 カバンからドライフルーツを出して一粒口に入れる。

 何度か噛むと自然の甘みが口に広がる。

 こんなふうに外に出るのは初めてだけど、帰れない寂しさが心を冷やしていく。

 お母さんや友だち、レチュード、アルトのことを想いながらもう一粒ドライフルーツを噛みしめる。


 「おい嬢ちゃん、俺らにもその食いもん恵んでくれよ。もう何日も食ってねえんだ」

 「えっと……あの」

 突然後ろから声をかけられた。

 振り向くと数人の男性に見下ろされていた。

 眼帯をしている人、バンダナをしている人、その後ろにはナイフを持った人が見えた。皆不敵な笑みを浮かべている。

 もしかしてこの人たち、山賊……?

「す、すみません。私もこれしか持っていなくて……まだ残しておきたいので、ごめんなさい」

 声が震えないようにお腹に力を入れて、何とか声を絞り出す。

 そして相手の言葉を待たずに走った。

 捕まったら殺される。

 途中で護身用ナイフを持っているのを思い出したけれど、使ったことがないし、人に刃物を向ける勇気はない。

 後ろから怒号が追いかけてきている。それはだんだん近づいて、そして私に追いついた。

 「お嬢ちゃん、逃げたって無駄だぜ。俺らのほうがこの山道に慣れてるんだからよ。大人しく持ってるもん全部出しな!」

 山賊は手にしていたナイフを振り下ろした。

 「きゃあ!」

 ナイフは私の肩をかすった。

 カバンの紐が切れ、血が滲んでいる。

 不安定な砂利道に足を取られ、勢いよく倒れた。

 山賊はそれを見逃さなかった。すかさず胸元を狙ってナイフを突き立てた。


ガチィン!


 すぐそばで金属がぶつかるような音が響いた。

 痛みはなく、恐る恐る目を開ける。私と山賊の間には大きな壁が現れていた。

 壁の向こうには目を丸くした山賊たちが棒立ちになっていた。

 「ちっ、こいつ魔法使いだったのか。おいお前ら! 引き上げるぞ!」

 何が起きたのか分からないけれど、助かったみたい。

 胸を撫でおろすと手元から光が溢れていた。お父さんからもらったブローチが光っていたのだ。

 このブローチは持ち主を護ってくれるらしいから、きっと助けてくれたんだろう。

 お父さんとお母さんが護ってくれたんだと思うと、胸が温かくなった。



 山賊と出くわしてからさらに山を登った。

 山頂に着くと周りの景色を一望できた。

 山を下りたところに厚い壁がある。あれがネグレストの関所だろう。

 その先に濃紺のお城が霧の間から確認できた。

 もう少し、もう少しでお父さんに会える。

 日も傾いてきているし、泊まるところを探さないと。

 できるだけ急ぎ足で山を下る。

 体力的には関所で休ませてもらえると助かるんだけど……優しい人たちだといいな。



 関所に着く頃には辺りはすっかり暗くなり、お月様が顔をのぞかせていた。

 松明の暖かさと、そこに人がいる安堵感で視界が滲む。

 「アレクトリアから参りました、リズム・アーウィンと申します」

 門番さんに失礼のないように、丁寧に挨拶をする。

 門番さんは私を見るとギョッとしたように一瞬目を見開いた。その後顔をまじまじと観察され、目視によるボディチェックが入る。

 黙ってチェックを受け、敵意がないことを表す。

 一通りチェックが終わると門番さんは頷いた。

 「ようこそネグレスト魔導国へ。遠方からお越しいただき大変ありがたいのですが、貴女を入国させる訳にはいきません。どうかお引き取りを」

 「わ、私は父に会いに来たんです。もう祖国に戻ることも出来ません……お願いです、通してください!」

 今アレクトリアに戻っても捕まるのを待つだけになってしまうだろう。

 せっかくここまで来たのにお父さんに会えないなんて……。

 何度も許しを請うけれど、門番さんは首を振るばかり。

 「お嬢さんは一般人でしょう? ここまで来られたのも奇跡と言っていいほどなんです。ですが、これより先は死しか待っていないのです。私たちでは貴女を救うことはできない」

 申し訳ない、と頭を下げられてしまった。 

「顔色がよろしくありません。魔瘴にあてられてかなり体力を消耗しているようにお見受けします。よろしければ魔瘴の影響が及ばない地域までご案内致しましょうか?」

 どのみちここにもいられないみたいだ。

 でもアレクトリアの騎士に見つかって捕まるほうが嫌だ。何かいい方法が見つかるかもしれないし、もしかしたらこの門番さんたちが折れてくれるかもしれない。

 そう考え、ここに残ると伝えた。

 門番さんは悲しそうに目を伏せ、黙って頷いた。



 関所から少し離れ、できるだけ風が当たらない場所を探していた。

 山賊に襲われた時にカバンを取られて、お金はないし非常食も無くなってしまった。

 一日くらいなら食べなくても大丈夫だろうけど、防寒着もないし、この寒空で野宿は凍えてしまいそうだ。

 「うぅ……寒い」

 ヒューヒューと冷たい風が吹きつける。

 すぐ近くの山は薄らと雪が残っている。まさかそんなところで野宿することになるなんて思ってもみなかった。

 入国できないのは分かっていたけれど、関所にも入れてもらえないなんて。

 近くの町もどこにあるのか分からないし、火の気も見当たらない。

 暖を取れるものは自分の体温しかない。指先だけでなく全身が冷えてきている。息をすると肺が痛い。吐く息で手を温めるけれど、すぐに冷たくなってしまう。

 道端に積まれた藁に身を寄せ、体温が逃げないようにする。

 正直、身体の疲れはピークにきている。

 本当に一晩乗りきれるのか不安になってきた。

 寝てはいけないと分かっていても勝手に瞼が落ちてくる。

 意識が朦朧とする中、せめてもの抵抗として身体をゆすってみる。なんとか意識を保っていると、雪がちらつき始めた。

 道行く人もおらず、身体を丸めてブローチの動く粒を眺めていた。


 「こんなところで寝たら動けなくなるわよ」

 顔を上げると、見知らぬ女性が立っていた。月明かりに照らされた濃紺の艶やかな髪が風になびいている。

 手に持ったランタンには青白く光る虫が数匹入っている。

 女性は私の胸元のブローチを興味深そうに見ていた。

 「あなた……ああなるほど。訳アリなのね」

 女性は服の内ポケットから小瓶を取り出した。

 「ちょっとした薬みたいなものよ。ネグレストに入りたいなら飲みなさい」

 中には赤い液体が入っていた。あまり美味しそうには見えないし、効能が都合よすぎる。明らかに怪しい。

 「身体に害はないから安心してちょうだい。べつに飲まなくてもいいけど、その場合貴女、ここで凍え死ぬわよ」

 飲んだら助けてあげる、とにこやかに言う彼女に望みを託すことにした。

 私はお父さんのところしか行くあてがないのだから。

 一気に小瓶の中身を飲み干す。

 とろりとした舌触りで、少し鉄のような臭いがする。飲み込んですぐに身体に染み渡っていく感覚がした。

 じんわり身体が温かくなり、呼吸がらくになった。

 小瓶をくれた女性は満足そうに頷き、ついてくるように言った。

 先程まで鉛のように重かった身体はすっかり軽くなっている。

 この女性、いったい何者なんだろう。

 様子を窺いながら後についていく。

 ネグレストの関所近くまで戻ってくると、女性は物陰に隠れた。手招きしているから、私も一緒に隠れるみたいだ。

 女性の横に隠れ、私たちにしか聞こえないくらいの声量で話す。

 「このフードを被って。できるだけ深くね。一度追い返されているなら顔を上げちゃダメよ」

 言われたとおりにフードを被り、再び門番さんに入国許可をもらいに行く。

 「ごきげんよう。今週分のお薬を持ってきたわ」

 門番さんたちは先程とは打って変わって笑顔で迎えてくれた。エルフの美人には甘いのか。

 最近の情勢や世間話の後、あっさり通してもらえた。

 「フード、もう取ってもいいわよ」

周りに人がいないことを確認してフードを脱いだ。

 「助けてくださってありがとうございました。ネグレストにはよく来られるのですか?」

 「私が来ることはあまりないわ。今日はたまたまね。ところでこのブローチ、とても綺麗ね」

 女性はブローチを手に取り、目を細めた。女性がブローチに触れると、中の粒子がそれに応えるように動いた。

 「こんな高価なものアレクトリアのどこで手に入れたのかしら。ネグレストでもなかなか見かけない貴重なものよ」

 「これは父から貰ったんです。私はその父に会いにここまで来ました」

 ネグレストに詳しそうだし、道案内をお願いしたほうがいいかもしれない。その前に名乗らないと、だよね。

 「私、リズム・アーウィンと申します。あの、もし父をご存じでしたら連れて行っていただけないでしょうか?」

 「おやすい御用よ。時間制限があるからゆっくりおしゃべりできるかは分からないけれど、それでもいいなら案内するわ。ついていらっしゃい」

 道中、名前を教えてもらった。彼女はルーチェさんと言うらしい。

 ルーチェさんの後に続いてネグレストへ向かった。


リズムはエルフの美女に助けてもらい、ネグレストへの入国に成功しました。

父と再会する目標に一歩前進しましたね。


次回、リズムの体調不良の原因が解明されます!


次話更新までお待ちください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。 山賊に襲われてどうなることかとハラハラしましたが、危機一髪、ブローチが助けてくれてホッとしました。 謎の女性ルーチェとの出会いが今後のカギを握るのでしょうか。 次話も楽…
[良い点] いやほんとリズムちゃんの周りの人がいい人で本当によかったなぁと [気になる点] お父さんはどんな人なんだろう…… [一言] クッキーが食べたくなりました(・¬・)
[良い点] 優しそうな方に出逢えてひと安心ですね♪ にしても、ブローチが結構なキーアイテムになりそうですなぁ~ [一言] リズムの視点で終始描かれている分、彼女の気持ちになりながらこの物語を読んでいけ…
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