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もしも魔法が使えたら  作者: 競 かなえ
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エピソード3 別れ

 『今魔法を使ったな』

 アルトのその一言がずっと頭から離れない。

 晩御飯を食べている間アルトは何も言わなかったけれど、彼もアレクトリアの騎士だ。さっき見たことは報告しないといけないだろう。

 そうなればきっと私は”魔女狩り”と称して殺されてしまう。

 最悪の場合、私だけでじゃなくお母さんまで殺されてしまうかもしれない。

 とりあえずアレクトリアから出ないと。

 行くあてもないし、どうすればいいんだろう。

 ベッドに横になったり、部屋をグルグル歩き回ったり、店内に並んだパンを綺麗に並べ替えたりしてみたけれど何も変わらない。心はずっとザワついたままだ。

 ひとまずお母さんに一緒に逃げようと伝えないと。

 

 リビングに入った時、お母さんと目が合った。

 「あのね、私、魔法を……早くここから逃げないと私もお母さんも殺されちゃうかもしれなくて……だから……」

 お母さんは二つマグカップを持ち、私をソファに座るように促した。

 渡されたマグカップにはホットミルクが注がれていた。

 一口飲むと優しい味が広がる。まろやかな口当たりに甘すぎない懐かしい味。

 私が小さかった頃、夜眠れない時にお母さんが作ってくれたのもホットミルクだった。

 飲んでいるとだんだん気持ちも落ち着てきた。

 「今日ね、私魔法使っちゃったの。どうして使えたのかわからないんだけど、それをアルトに見られちゃったの。安心して過ごせるところなんてないかもしれないけど、旅に出ようと思うの」

 お母さんはホットミルクを飲み一息ついたところで、私にだけ聞こえる小さい声で話し始めた。


 「ねえリズム。今から内緒の話をするんだけど……あなたのお父さんの話よ」

 私のお父さんは仕事が忙しいからと、一年に一度帰ってくるかどうか、くらいの人だ。

 私たち家族を愛してくれているのか分からない人の話をするのだと言う。

 「お父さん全然帰ってこないでしょ。それには理由があって、お父さんがネグレストにいるからなの」

 ネグレスト魔導国。アレクトリア王国の敵国で魔導師が住む国のこと。

 アレクトリア国民は皆、魔導師は魔法で容易く人を殺めることのできる殺人鬼だと教えられる。

 また、ネグレスト魔導国は他国民の入国を一切禁止している。

 単身赴任で外国にいると聞かされていたけれど、まさかネグレストだとは思ってもみなかった。お父さんは無事だろうか。

 「お父さんはいつもあなたの事を気にかけていたの。父親がいないから虐められていないかって。手紙を送りたいけど郵便屋さんも入国禁止だから届けられないって、残念がっていたわ」

 お母さんは黒い木箱を取り出した。

 「あなたがまだ幼い時にお父さんが作ってくれたものよ」

 木箱の中にはエメラルドグリーンに輝く宝石が納められていた。宝石は自ら淡い光を放っていて、粒子のようなものが中で動いている。

 「木と風の魔力を込めて作ったんだって。木は持ち主を護り、風は穢れを払ってくれるらしいわ」

 持っていきなさい、と宝石をブローチにして付けてくれた。

 少しだけ身体が温かくなった気がした。

 「さて、準備するわよ。少し長い旅行だと思って、ね? 」


 善は急げ。お昼までに支度を済ませた。

 小旅行とは言っても荷物は最低限のものだけだ。

 護身用の果物ナイフと片道分のお金、あとはドライフルーツ。

 おばあちゃんが果樹園をやっていて助かった。日持ちするから飢えを凌ぐときに食べよう。

 この家とももうお別れか。

 最後に住み慣れた部屋を見渡す。小綺麗にしたつもりだけれど、きっと帰ってくる頃にホコリを被ったりしているんだろうな。

 いつ帰ってこられるか分からない。もしかしたらもう帰ってこられないかもしれない。

 そう考えるとまた暗い気持ちが湧き上がってくる。

 昨日の夕方まではあんなに幸せだったのに。

 今まで魔法なんて使えなかったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。

 お父さんに聞くことができたら分かるんだろうか。

 とにかく今は安全な場所で情報収集しかないよね。

 お母さんに挨拶をしにキッチンに降りた。


 「お母さん、そろそろ行くね。今までありがとう」

 おばあちゃんがいるから、とお母さんはここに残ることにしたらしい。

 まだお母さんと一緒にいたかったなあ。

 口にすると泣きたくなってくるから、できるだけ気丈に振る舞う。

 「今までありがとうなんて、寂しいじゃない。もっと一緒にいたかったわよね。お母さんはずっとここで待っているから、いつでも帰っていらっしゃい」

 いくら強がってもお母さんにはお見通しみたい。

 お母さんは私を抱きしめて言った。

 「リズム、あなたは私の自慢の娘よ。どんな事があってもリズムなら大丈夫。生きてさえいればまた必ず会えるから。リズムの好きなクリームシチューを作って待っているからね。リズム、大好きよ」

 お母さんの震えた腕に力が入る。

 寂しい気持ちは一緒だったみたい。不安にさせないように、明るく話してくれていたんだね。

 お母さんの温かさに触れて、堪えていた涙が零れた。

 頭を撫で、包み込んでくれる優しさが余計に寂しさを増幅させる。

 出発の時間まで少しだけ、お母さんの胸で甘えることにした。



 正午過ぎ

 西門の外に数台の荷馬車が待機している。

 アルトの伝言によると、ここから脱国できるらしいのだけれど、どこにいればいいんだろう。

 周りをキョロキョロしていると、御者らしいおじさんに声をかけられた。

 「お嬢ちゃんが乗っていくのかな? パン屋の修行に行くとか」

 「あ、はい。そうです。お世話になります」

 理由まで通っているらしく、おじさんは快く荷馬車に乗せてくれた。




 「狭くてすまないねえ」

 「いえ……おかまいなく」

 私は今荷馬車に乗せてもらっている。

 ただ乗っているのは荷物と荷物の間。というか隙間。

 揺れるたびに身体に荷物が当たって痛い。

 「もうすぐ騎士様の監視下から外れるから」

 それまで我慢してくれ、と言って馬車を走らせる。

 

 布を被っているからよく分からないけれど、視界が少しだけ明るくなったから関所はもう過ぎているはず。

 それでもまだ隠れたままなのは、監視台から外の状況を見張られているから。

 監視の目が届かないところまでの辛抱だ。

 たしか関所を抜けると自然公園があって、そこには動物と獣人が一緒に暮らしているのだとか。

 アルトは時々アレクトリア領外へ偵察に行っている。その時の土産話を思い出しながら目を閉じた。




 どれくらい眠っていたんだろう。

 目を覚ますと知らない村に着いていた。

 不揃いの石を積み重ねて出来た家が並んでいる。

 御者のおじさんに尋ねると、ここは石工で栄えたオリヒ村だと教えてくれた。

 アレクトリアの石畳はここで造られているらしい。

 「ここで一泊して、明日の朝市場に向かうよ」

 それぞれ食事をとり、宿屋に泊まった。

 御者のおじさんに宿代を支払ってもらえた。

 後から聞いたのだけれど、乗車代と宿代は事前にアルトから受け取っていたのだとか。

 アルトも騎士だから魔法を使った私のことを捕まえに来るのかと思っていたけれど、思い違いだったのかもしれない。出国理由もお金のことも、スムーズに事が進むように事前に根回ししてくれていたんだ。

 本当は会って言いたいけれど当分会えないだろうから、宿屋から祈っておいた。

 また会えるまで頑張るから、絶対に帰るから。それまで待っていてね。

 ありがとうを伝えるのはきちんと会ってから。

 そう思えば頑張れる気がした。


 明日は市場に行ったらネグレストまで歩いて向かう。そしてお父さんに会うんだ。

 私はふかふかのベッドに身をゆだね、ゆっくり身体を休めた。


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