表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも魔法が使えたら  作者: 競 かなえ
3/6

エピソード2 花まつり

 花まつり当日。

「今日はいっぱいお客さん来てくれるといいね」

「子供たち用に桜食パンのラスクを袋に分けてあるから、渡してあげてね」

 お祭りの日はいつもよりお客さんが多いから、今日はお母さんのお手伝い。

 午後の休憩時間にレチュードと花まつりに参加する予定だ。

 髪をひとつにまとめてお団子にし、エプロンも付ければやる気がみなぎってくる。

 釜に薪を入れ、あとは火をつけるだけの状態にしておこうと最後の薪を入れた時、持っていた薪が突然燃えた。

「あっ、つ」

 思わず手を離すと釜に入れていたほかの薪にも火が燃え移り、あっという間に火の準備が整った。

 でも今熱いとは言ったけれど、全然熱くなかった気がする。火傷もしていない。

「あら、もうつけてくれたの? 火をつけるの早くなったわね。助かるわ」

 お母さんは温まった釜にパンを入れ始めた。

「お母さん……私今マッチとか、使ってないんだけど」

 その時お母さんはひどく険しい顔をしていた。その横顔は目を見張るほど美しく、儚い表情だった。

 そして、髪の隙間から見えた瞳はとても悲しげだった。


 ◇


 日がてっぺんまで登った頃、お客さんの足も落ち着いてきたから休憩をもらった。

 朝焼いたパンを一つとラスクを昼食用にもらい、リビングで食べていた。

 あの釜は今は火を消し、静かに佇んでいる。

 いきなり火がついたけど、自然発火するほど乾燥してないし、着火剤もまだだった。

 まさかとは思うけど、魔法だった、とか。

 でも魔法陣は出てなかったし、魔法なんて使えないから違うだろう。

 もしも魔法が使えたとしたら大罪だ。違うと信じたい。

 一人だと悪い方に考えてしまって不安になってくる。レチュードとの待ち合わせにはまだ時間がある。

「リズム今から花まつりに行かないか……と、ごめん。昼飯中だったか」

 声の主は幼馴染のアルトだった。彼の落ち着いた声を聞くと安心する。

「アルト! 今日仕事じゃなかったの?」

「昼から非番になってな。一人で行くのもなんだし、一緒に行かないか?」

「せっかくだけどレチュードと約束してて……」

 せっかくアルトと二人でお祭りに行けるのに……でもレチュードと行くのも楽しいし、できればレチュードとも行きたい。

「昨日の金髪の子? あの子なら菓子屋が繁盛してるから行けないかもって言ってたぞ」

 スュクレ・デリはリピーターが多いから、お店を抜けられないくらい忙しいらしい。

 だから今回はアルトと行くことができる。

 男女が一緒にお祭りに行く。これはいわゆるデートなのでは!

 そう思うとさっきまでの暗い気持ちはどこかへ行ってしまった。

 気持ちのままに大きく頷き返す。

 アルトは向かいの椅子に腰を下ろし、じっと私を見た。

「そのパン、新作の?」

 一口ちょうだい、といった目で見ていたみたい。

 パンとラスクをお皿に乗せた。

 アルトは甘いものが苦手だから一口ずつ渡す。特にラスクはお砂糖がかかっているから、見た目からして甘い。

 ラスクを口に入れ、数回噛んだところでアルトの口の動きが止まった。

「うん、タクトが好きそうな味だから後で買って帰ろう」

 つまり甘いってことだね。

 あまり会ったことがないからよく知らないけど、タクトはアルトの弟で甘いものが好きらしい。

 私が昼食を食べ終わるまで待ってもらい、その後アルトはパンを取り置きしていた。


 ◇


「お待たせ」

「ありがとう」

 アルトは近くの露店でフルーツジュースとコーヒーを買ってきてくれた。

 ジュースを受け取り、広場のベンチでひと休み。アクセサリーを見てまわって、小腹が空いたら露店で買って食べたり。

 気がつけば陽は傾き、街を赤く染めていた。

 好きな人と一緒に育った哀愁溢れる街並みを眺める。

 このシチュエーションはこの間妄想していた。妄想通りの展開だ。

「花まつり来れてよかったな」

「そう、だね」

 何度か妄想で練習していたのに、緊張で上手く言葉が出てこない。

 いつもならしっかり話せるのに。

 アルトがいろいろ話してくれていたけど、あまり内容は覚えていない。

「そろそろ帰るか」

 先に立ち上がったアルトは手を出してくれている。その手に自分の手を重ね、立ち上がる。

 こういう自然とエスコートできる彼が格好よくて好きなんだ。

 そんなことを考えていると、あっという間に家に着いてしまった。

 せっかくだしもう少し一緒にいたいなあ。

 気づくとアルトの手を握ってしまっていた。

 アルトは不思議そうにこちらを見る。

「あ、えっと、今日晩御飯食べて帰らない?」

「いいのか?」

「うん! お母さんも喜ぶと思うし!」

 半ば強引にアルトを中に案内し、ご飯が出来るまで待っていてもらう。

 お母さんが話し相手になってくれているから大丈夫だろう。

 食材を切り、炒めようとコンロに火を付けようとしたとき事件は起こった。

「わっ!」

 フライパンをコンロに置いた時、急に火がついた。

 今朝と同じように火が起こることはまだ何もしていないのに。

「リズム……お前まさか」

 アルトは眉間に皺を寄せ、考えるような素振りをした。

 そしてしばらく黙り込んだ後、アルトは真っ直ぐに私を見て言った。


「今魔法を使ったな」

 その言葉に頭がついていかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しました。 好きな人と行くお祭り、緊張して時間があっという間に過ぎるの解ります。 さり気なくエスコートしてくれるのはポイント高いですね♪ リズムは魔法を使えてしまったのですね! こ…
[良い点] 今さらですけど、登場人物の名前って音楽関連なんですね! アルト青年のおかげで気づきましたw 話足りなくておうちデートを敢行するあたり「わかるわ~」ってなりました♪ [気になる点] やはり”…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ