外伝2 教会分裂
「来てもらったのは他でもない。本殿から大神官が視察に来ることになった」
私は王都の教会へ呼び出され、神官長にそう告げられました。
「本殿の大神官殿ですか」
そう返すとし神官長は頷きます。
「ついては、シツィナや辺境の村々を案内してもらいたい」
「ああ、分かっている。彼はガリシアの者で、ドワーフにも狩人にも理解は無い。パンノニアの件の一味だ」
と、余計に迷惑な人物であることを告げられてしまいました。
べルーシや聖教騎士団領が攻められた時の惨状も聞いている通り、まるで教会や騎士団は役に立ちませんでした。
有効な反撃を行ったのは教会の批判を聞き入れずにダータの使う爆裂結晶という魔力結晶を独自に扱ったパンノニアだけ。
結局、教会の意見を聞き入れなかったパンノニアは魔族認定を受け、西方世界から切り離されてしまいました。
しかし、教会の言う通りに爆裂結晶に手を出さなかったべルーシはダータの軍勢を防ぐ手立て無く破壊され、聖教騎士団も抵抗らしい抵抗も出来ずに潰えたのです。
「それならばなぜ、今頃大神官などという方がレンジェレフへ?」
ええ、分かっていますとも。我が国が爆裂結晶に手を出していないか調べに来るんでしょう。
「知っての通り、ダータは騎士団を撃滅したものの、寒く作物も育ちにくい土地という事で退いて行った。ただ、本殿ではそうは見ていない。レンジェレフがダータと取引した、あるは・・・・・・」
そうでしょうね。
「しかし、それならば北方へ向かうのではないでしょうか?なぜ、シツィナへ?」
理由は分かりますがシツィナで視察を行う理由が分かりません。
「シツィナでは新たな武具が作られ、狩人がヤスオから流れているとか。西方にはないドワーフの武具や防具がいかに優れたモノかを大神官に見せて欲しい」
なるほど。ガリシアまで行くとほとんどドワーフもおらず、シュヴィーツの山脈でもなければほぼ魔物も居なくなっているとの事なので、騎士団の武具、防具はレンジェレフの狩人に劣るとか。
私も直接は知りませんが、騎士団領の騎士たちの武具や防具自体、ガリシアの職人が作ったもので、装飾は豪奢だったそうですが、実際の能力はドワーフ製にかなり劣る物であり、べルーシの兵士たちよりも脆かったという噂は聞いたことがあります。
「まあ、見せたところで理解するとは思ってはおらんよ。たかが一人の本殿大神官が何かを見たというだけで事態が好転するなら、べルーシも負けなかっただろうからな」
神官長もどうやら今の本殿を見限っておられる様子。ならば、コウチン村の話をしても良いかもしれませんね。
私はべルーシから来たであろうドワーフがコウチン村において農具の大幅な改良を行い、農地を拡大している事を話しました。もちろん、その師がシツィナにおいて新しい弓を作っているという事も。
「新しい農具か。ならば、それも見せると良いかもしれないな」
その様な話から一月ほど、本殿より大神官がシツィナへとお越しになりました。
「フン、東方の街とはこんな小汚いものですか。ドワーフが多いですね。それに魔物の武具まで」
そう言って通りを見ています。なるほど、こんな方々では我らの危機感などまるで理解は出来ないでしょう。
「あれは何ですか?」
ちょうど通りがかった狩人が手にしていたのはコウチン村に居るドワーフが作った弓でした。その新しい弓について知っている事を説明しました。
「ほう。左右どちらからでも撃てる弓ですか。しかも、威力はあんな小さいのに長弓並みと。ドワーフとは恐ろしいものですね」
などと場違いな事を言っておられます。
ドワーフは恐ろしい?
何を言っておられるんでしょうか。あのような弓でもなければ馬に乗って押し寄せるダータには立ち向かえないではないですか。アレをもってしても空を飛ぶ飛竜には太刀打ちできません。
「ここでは魔物を狩り、その素材を用いる事で生活しております。木を用いるよりも強靭で、ドワーフがもたら良質な鉄によって、魔物を狩るに足る武具が作られておりますれば」
「それがオカシイと言っているんですよ。なぜドワーフに頼る?ガリシアにも優秀な鍛冶師は居り、革細工師も居る。ドワーフに頼らず自らやればよいのだ!」
大神官殿には現実が見えておられないらしい。
「では、更に、魔物狩りの拠点であるコウチン村をご案内いたします」
「まだここより田舎へ向かわせるのか」
態度も顔も不機嫌そのものですね。シュヴィーツの山脈すら禁足地にするという話もあると言いますから、然も在りなんでしょう。
そして実際に村へと向かいました。
道中から不機嫌です。人の数より広大な畑を見てさらに不満げです。
「ドワーフの力でこの様な事を。コレが聖教徒のやる事ですか!」
そんな事を言い放っておりました。
そして村へ入ると、前方から有名なドワーフが馬の引かない馬車で向かって来るではありませんか。
なるほど、とうとう馬に頼らない道具を作りましたか。
「ま、魔族!」
大神官殿はそう叫び、ドワーフを魔族認定してしまいました。
さすがに取り消しは出来ないので事を穏便に済ませることが精一杯でした。
「おい、何をやってくれたのだ。魔族だぞ、魔族。それを魔境パンノニアに追放だ?そんなものが罰になるか!!」
そう叫びますが取り合う気はありません。
「魔族を魔境へ返す。特に問題はないと思いますが?」
余計に怒りだす大神官殿はそのまま王都へと帰って行かれました。
それから数日、コウチン村のドワーフ、エッペが訪ねてきました。あのドワーフの事です。
ただ、あれはもうどうすることも出来ません。彼にはわびにもならない手紙を渡す事しか出来ませんでしたが、そのくらいしか私にはできません。
しかし、馬なく動く馬車。アレをどうにか作り続けることはできないモノか。考えてはいました。
「では、テイムした魔物、あるいは調教した家畜であれば良い訳です。そう、何かわからないモノで荷車が動いたからいけないんです。荷車を曳く魔導機?の付いた魔物であれば良いのですよ」
私は思い付いたことを伝えました。
ええ、その後の考えもあります。
エッペは本当にソレを作って持ってきました。
幸か不幸か大神官殿も居られたので見せてみました。
「また傀儡術か!!」
叫んでいますが、ここは教会。外に聞こえなければどうという事はありません。
「いえ。『テイム』ですよ大神官。魔物を捕らえ、扱えるようにしたまでの事。これのどこが聖典に反する事でしょうか?」
「世迷言をほざくな!聖典だ?そんなものは関係あるか!私が言っているんだ!!」
「おや。聖典よりも大神官殿のお言葉が優先される。聞き捨てなりませんな。神官にあるまじき傲慢ではありませんか?」
「お前!!」
しかし、それ以上は言えません。他の者も聞いていましたからね。
レンジェレフの教会はこの件で分裂しましたが、コレがあれば牛や馬が居なくともダータとの戦いで物資が運べる。馬を戦いに駆り出してなお、人々を避難させられる。
教会の恥になるようなことを語ろうとは思いません。しかし、レンジェレフの危機を考えれば、ダータに対抗出来得る希望のある魔導とやらを認めることが、西方本殿の教えよりも優ったのです。
結果として私も神官長も神の道を歩み続ける事は出来なくなりましたが、これで良かったと思います。
さて、今日も私の名付けたランベルを操って畑へ向かうとしましょうか。