5・もちろん定番農具が一つだけのはずはない
プラウでまずは既存の畑を耕していく。もう一台は条件のよさそうな草原を。
「こいつは凄いや!」
プラウを扱う農家が驚きながら牛を操っている。
なぜこの村ではプラウ耕が行われていなかったかって?そりゃあ、鉄が高価だからだよ。
どこでも鉄が入手できるほど安いものではない。そのため、手持ちのクワは野鍛冶に修繕してもらいながら長く使っていく。プラウは木製の物を使える畑では使っている。そんな状態だった。
木製プラウがどこででも使えるという事も無く、長年使って壊れた場合、修繕や新調しようにも元手が足りない。
そんな状態であったらしい。
そこに魔物素材という収入が手に入った事で鉄のプラウを使う事が出来るようになった。これは非常に画期的だと言って良い。
しかも、その使い勝手がまた全く異次元と来ているのだからなおうれしい事だろう。
車輪を付けた理由は操作性だ。木製と違って重いプラウ本体をコントロールするには腕力だけでは足りない。そのため、車輪によって重量を受け持たせ、ハンドルを上げ下げする小さな力で操作できるようにしたわけだ。
順調に耕せている様で一安心だ。
さて、これで俺の仕事は終わりかというとそうではない。
多くの開拓モノファンタジーではこれですぐに種蒔きの様な描写になるが、プラウというのは大きな土塊を裏返しただけであり、作物が育つ柔らかくキメの細かな土(作土)が出来上がっている訳ではない。
日本で誤解されるのも仕方が無いのは分かる。
戦後の日本では1970年頃までは多くの地域で畜力が利用されていたが、耕運機の普及や小型トラクターの登場によって瞬く間に機械化が進んでいった。
そうした耕運機やトラクターでは畜耕時代の犂に代わってロータリーが装備されている場合がほとんどであった。
ロータリーというのは軸に爪を付け回転させることでプラウの行う耕起、そして、プラウによって犂起こされた土塊をこまかく砕く砕土を行うハロー、日本で言う馬鍬の作業を一度に行う事が出来る。
このため、一台の機械で耕起や砕土、果ては代掻きまで可能になったのだから農家としては喜ばしい事だっただろう。
現在でも北海道を中心に畑作の場合はプラウによる耕起、そしてハローによる砕土という工程を踏む。
なぜか?
その理由は耕せる深さにある。
ロータリーというのは爪の長さの関係で特殊な深耕ロータリーでない限り10~15センチ程度なのに対し、プラウの場合は20~30センチが可能である。実に倍。
この差が水はけや根張りという畑作に影響する効果をもたらすので、ロータリー単一ですべてをやってしまおうという話にはならない。
水田作においても二毛作や輪作、水田自体の乾燥などのために昨今では反転を伴わない、或いは僅かな反転に抑えたチゼルプラウによる深耕を行うことがよいとされている。
と言っても、プラウやハローなどはロータリーと値段が変わるモノではなく、中小農家がおいそれと買いそろえられるようなシロモノでないのは確かだ。
その点、教育で称賛されている小作の解放、いわゆる農地解放と言われるものには疑問符がある。機械化というのは扱う機械が高額であるためにその償却には規模拡大による効率というモノが求められる。
過去において小作が必要であったのは、人力作業であったが為の人手確保であって、機械化された場合には小作のような小規模農地では規模の効率化が出来なくなってしまう。
結果として農地解放は農業の零細化を招き、都市化による宅地商業地化以外に多くの耕作放棄地が出来る原因を作ったと言えなくもない。
理由は言うまでもない、小規模農家では機械を導入すれば経営が立ち行かないからだ。かと言って、機械による効率化、省力化無くして農業の成立も難しくなった。
確かに後知恵ではあるが、機械化を進めるのであれば、農地解放ではなく、集団経営化や企業化へと初めから舵を切るべきだっただろう。
閑話休題
そんなわけで、ハローを作らなければならない。
ヨーロッパにおいてハローが使われるようになったのは中世らしい。代表的なのは台形の木の枠に爪が突きだしたタイプである様だ。日本では千歯扱きをひっくり返したような形が主体だ。
千歯扱きより先に馬鍬があったのだから、本来は馬鍬をひっくり返したものが千歯扱きと説明すべきなのかもしれないが。
そして、ヨーロッパでは円盤をハの字型に並べたディスクハローが登場する。日本においても軸に爪を指した、鬼の金棒や釘バット上のモノを転がす鬼車や風車状に歯を組んだ歯車状のモノを並べた車馬鍬なるモノが江戸時代後期に登場している。
いずれのモノもプラウによって出来た土塊を崩して細かくするのが目的としている。ディスクハローならば浅耕ならそれだけでも使えるのがだ、金属円盤を多数ハノの並べる関係で非常に重く抵抗になる。
今の村の現状から見れば車馬鍬を作るのが最適かも知れない。
なにより木材なら多く採れるし修理は大工道具があれば可能だ。