49・どうやら南部戦線は安定したらしい
翌日、ぺスタへ帰るとマーヤが心配していた。
「良かった。兄貴帰って来たんだ」
ぞろぞろとドワーフ達も俺たちを出迎えてくれた。
ヒニュー騎士は一人勇んで報告へと向かった後、帰って来るなりシビンへ行くと言い出した。
まあ、行くのは勝手だが、シェレシュが必要だというのでシビンへ整備機材を運ぶ間待ってもらう。
その間にも南部の戦況について色々聞きに行っていた様だ。
「マッツ!我々の攻撃は劇的な効果を出しているぞ!!」
3日後、シビンへ運ぶ部品や整備用機器の選定や製作で忙しい俺の許へヒニュー騎士がそう言ってやって来る。
何でも、例の攻撃以後、飛竜が飛んでこないだけでなく、地上でも攻撃が無くなっているという。
そして、ドロベタや周辺のダータの陣を空から偵察したところでは、一部後退しているところも出ているらしい。
あの拠点は確かに大きかったが、それだけの効果を発揮したという事だろう。
「だが、そもそものパナト公が討たれているだろうし、モエシアも無い。パンノニアの軍勢が渓谷を越えて進んだ先に居るのはダータだという事実だな」
と、俺にはよく分からない話をしだした。
何のことかと聞いてみたら、そもそも、渓谷の先には海へと連なる平原があり、そこにはモエシアという国があったそうだ。そう、べルーシ同様、ダータに滅ぼされた国だ。
しかし、だからといってパンノニアが飛竜部隊の拠点を破壊したからと渓谷を越えて侵攻したとして、そこでは平原での正面切っての衝突しか待っていない。モエシアの生き残りが居るならともかく、騎馬で固めたダータと正面からやり合うほどパンノニアの軍勢は数が居ないそうだ。
どっかの神官共のせいで助けが来ないことに由来するらしい。まあ、いまさら言っても仕方が無いだろうが。
そんな訳で、ドロベタまで進んで、そこに砦を築いて南方の防備を固めることが今の計画なんだそうだ。
「そうなるとだ、シビンから山脈を越えて偵察する事の意味は大きくなるぞ」
そう勝手に盛り上がっている。そして、準備をせかしてくる。
とりあえず、4機ほどシビンへ進出させられるだけの準備を整えたのが5日後。するとさっさとヒニュー騎士は飛び立っていった。
「マッツにもこの機体を製作した事で成果が認められることだろう。喜んで待つが良い」
などと言い残してだ。
それから数日で本当にその様な話になった。
だが、俺は貴族だとか造兵廠の職だとかに執着はしていないので、両親を推薦しておくことでお茶を濁した。
実際、すでに造兵廠の飛行機部門は両親が切り盛りしており、ただ新型機の開発のみを行った俺よりもその職にふさわしいからだ。しかも、シェレシュが完成したの母親の功績だしな。
そんな訳で、俺はフェヂケに軽銀魔導機を搭載するための改修を行っていた。
すでにシェレシュがあるからフェヂケは要らないだろうって?
実際はそうもいかない。シェレシュは機体が大きく汎用性も高いが、その分魔力結晶も必要になる。運用コストが高いんだ。
それに引き換え軽量であるフェヂケは魔導機さえどうにかなれば運用コストは安くなる。そのため、ハイローミックスの形で2機種併用となるそうだ。
まあ、シェレシュの量産性が悪いのもあるがな。
二重反転式のファンにしても、33mm結晶銃を2丁積むことにしても、大型化した機体を安全に運用するために滑走路整備が新たに必要な事も。全てがコスト増につながっている。
対してフェヂケを改修して軽銀魔導機を搭載して33mm結晶銃の弾倉を100発に増やした機体は僅かな重量増で済むのでこれまでの機体とそん色なく扱える。
そうした事から、前線配備はフェヂケ、後方にシェレシュを置いて必要な時に支援に出張るという体制で今後の計画が進んでいる。
フェヂケの改修は一月ほどで終える事が出来た。
ちょうどその頃、シビンへ飛んだヒニュー騎士も山脈の向こうに飛竜の拠点を発見したらしいが、使われている気配が無いということらしい。
南方においてはダータも守勢に回ったらしく、目立った衝突は起きていないという。
そんな平穏が訪れたところに飛び込んできたのが、レンジェレフからの支援要請だった。
「魔族認定受けたパンノニアに支援要請するのか?」
そう不信に思ったが、どうやらあちらの国内でもひと騒動あったらしい。
「飛竜が山脈から北の大森林地帯に移動したみたいだね。北方の聖教騎士団領が攻められたのはもう数年前だけど、兄貴たちが南方の拠点を破壊したから、北方に軸足を移したみたいだよ?」
何とも因果な話だが、聖教が魔族認定したパンノニアの爆裂結晶や魔導機こそがダータに対する切り札になると判断したらしい。
「それに、レンジェレフで神官たちの争いがあって、パンノニアの魔族認定を巡って分裂したみたい。レンジェレフはパンノニアを認める東方聖教として独立したとかなんとか」
また何ともややこしい事を引き起こしてくれている様だ。
「まずは飛行隊を中部シツィナへの派遣を望んでるみたいだね。兄貴の居た町じゃない」
そう言えばそうだ。
それから数日後、バスト氏から正式にシツィナへの派遣の話が来た。
「レンジェレフに飛来している飛竜は多くないそうだ。ただ、中部のシツィナから騎士団領までは距離があるからフェヂケではなく、シェレシュを派遣することになった。そうなると、マッツに行ってもらうのが当然だろう」
まあ、たしかにそうだな。