4・やはり鍛冶師なので定番の農具を作る
狩りによって一定の収入が入るようになった。が、ここに狩人の拠点を構えるとなればそれだけでは足らない。
狩人が拠点とするには宿と食事が必要になる。宿は建てれば済むが食事時は遠くから運ぶと費用がかさむので自給が望ましい。
できれば麦と肉以外にもあればなお良いだろう。が、その為には年貢を納めてなお多くの麦が必要で、そこからクワスの様なアルコール類の醸造などもしていく必要がある。
つまりは開墾が必要なのだが、その為には何が必要か?
幸いにも周辺は草原が広がっており畑を拡げることに問題はない。
だからと言って鍬や鋤でもって人力でやろうとすれば既存の畑すらまともに麦播きが出来なくなるのは火を見るよりも明らかなので、ここは畜力を使う必要がある。
何だあたり前じゃないかという話ではあるし、犂、ここではプラウというそれの歴史は前世地球においては紀元前までさかのぼるもので何ら目新しくはない。
のだが、出現当時のソレは単に牛馬に曳かせて麦を播く溝を掘るだけのシロモノであったそうだ。
それを改良して金属製の爪を付けてより掘りやすくし、何ならと掘った土を斜め板を付けて横へ返すようにした。こうして紀元前後にはプラウは出来上がっていたという事だが、そこからいくつかの工夫が行われ、以後千年近くそのままだったという。
大きな改良は16世紀ごろの中国で作られていた犂をヨーロッパに持ち帰って来てからで、今の様な効率的で効果的なプラウの完成は18世紀の話らしい。
プラウは鍬より深く爪を掘り込ませ、そして、抉った土を横へと返す。
この事で栽培によって養分を吸い取られた表面の土を深くへ埋没させ養分のある深部の土を地表へと持ち上げる事で、作物の栽培を持続させるというのが目的の農具である。
当然、深く掘ればそれだけ厚みのある作土層が出来るので、作物の根張りも良くなってくれる。
そして何より大きなことは、人が鍬で耕す面積よりも畜力によってプラウで耕す面積が格段に広いという事だ。
鍬で耕せる面積というのは、日本で田畑の面積に使われる反という単位、今では10アールという約千平米程度なのに対し、プラウであれば4町、約4万平米は可能となるらしい。土質や使う農具にもよるだろうが、実に40倍。
それだけ多くの面積を開墾し、栽培可能とする事が出来る訳だ。
ただ、問題がゼロじゃあない。
プラウを使うには牛や馬が必要になる。さらに言えばそのプラウの性能によって1~6頭まで変化してしまうのだから問題は複雑だ。
まず、村で農耕に使える家畜の数を知る事から始めないといけない。
その結果、この村には10頭近い牛が居るそうなのだが、モノを曳かせる様な若い牛となると4頭しかいないらしい。
さて、大型プラウを一つ作るか小型を二つ作るか。土質は幸いにも粘土質ではないようなので牽引には問題ない。
4頭立ての大型乗用プラウならば作業自体は楽に出来そうだが、替えの牛が居ないので何かあると作業は止まってしまう。そう考えると2頭立ての小型のプラウを作る方が良いだろう。
そうなれば、もう一つの問題にも対処が可能だ。
プラウというのは古来より一定方向へ土を返すものだった。多くの部材が木製である場合はその様にしか作れない。可動式としたのでは強度が出せないからだ。もし可動させても分解組み立てが一畝ごとに必要なのでは意味が無い。
そのような片方返しのプラウの場合、往復行進で耕して行く事が出来ず、周りながらどんどん外へ耕すかまるで別の畝を作りながら耕すことになる。
それでは時間と手間がかかって仕方がない。
かといって、トラクターで使うリバーシブルプラウを作る訳にも行かない。リバーシブルプラウとは左と右へ返す二つのプラウを一対としてプラウの上下を変換することで往復行進を可能にするモノなのだが、当然に大型で重くなる。2頭立てでは無理というモノだ。
そこでもう一つ、日本でならばテーラーに取り付ける小型の双用すきというモノが有名なターンレスト・プラウというモノがある。
反転板が可動式で板を動かす事で左右どちらへも返す事が出来る構造のものだ。
なので、前世の記憶にある双用すきをベースにプラウを作成しようと思う。
「プラウを作るのにこんなに鉄が必要か?」
町で師匠にそんな疑問を投げかけられたが、造ろうとしている物を説明すると感心していた。
「そいつは良いアイデアだ。他でも売れるんじゃねぇか?」
確かにそうだろう。これが成功すれば他の村へも勧めていっても良いかもしれないな。
と言っても、容易に出来るほど甘くはなかった。テーラーに付けるんじゃないのだからバランスをとる事も考えなきゃならん。
乗用ではないが、車輪付きにして安定させるという手法に落ち着くことになった。
機械耕になって機械側でどうにかなるからプラウに車輪が付かなくなっただけで、畜耕で重量があるのであれば、ヘビープラウがそうであるように車輪が必要なのは自明であったらしい。
結果的に木製部品で強度十分な部材は木製に置き換える事が出来たので良しとしよう。