20・忘れた事も誰かがやってくれれば事態は好転する
コウチンで作ったのと同じく減速機を設けて、当然の様にブレーキも付けた試作車が完成した。コウチンでは農具の整備があったので時間がかかったが、ここにはそればかりやっているドワーフが沢山居るので簡単なものだ。
「こいつはすげぇな。これならいけそうじゃないか!」
親父が大喜びではしゃいでいる。
さて、まずは完成したのでキョニュー氏にお披露目となった。なにせ、パンノニアで作られた自動車第一号である。
「完成したか。やはり、あの小型魔導機ならば作るのは容易だったんだな」
名前とは違い、男性だったキョニュー氏もそう感慨を述べたが、まあ、あくまで試作車の完成でしかなかった。
翌日から造兵廠内を試験走行したのだが、曲がる、止まるは現状で問題なかったが、減速比の関係で速度は人が歩くよりも早い程度。
ただ、まずは耐久性の試験という事で、そのまま10日ほど走ってみて魔導機や減速機、ブレーキなどを調べる事から始めた。
空荷では何の問題も無く走った。
次に所定の荷物を載せて走る試験を行ったのだが、軽い荷ならば何の問題も無かったが、規定量の重量となると魔導機の出力が弱い様で魔力消費が多い割にまるで速度も出ず、あっという間に魔結晶を消耗してしまった。
「まあ、分かってたことだけど、出力を得るには広い断面積が必要になる。これはわたしらのやっていたことと同じ。そして、そこに大きな回転力を得るには、長さが必要なのさ。家よりデカイ魔導機になったのはそれが原因さ」
母親がそう説明する。
俺としてはこのまま4連にすれば出力は得られると考えていた。だが、回転力。つまりトルクを得るには長さが必要らしい。
ただ出力を引き上げたとしても回転を立ち上げる力が弱いので魔力消費が激しいだけで重い荷物を載せて走らせるには向いていないという。小さな魔物糸束を増やすよりも一本の糸の長さを伸ばした方が良いというのだ。
だが、長さを伸ばせば直径が巨大になって荷車に載せる事が出来なくなる。それでは意味が無いのだが。
そうやって行き詰まりを感じているところにブスタのヴィゴから手紙が来た。
「ヴィゴの奴もお前に会ったのか?向こうでも小型の魔導機を成功させたらしいぞ。しかも、魔物糸よりも熊の毛が出力を得やすいらしいな。ん?さらに出力を得るには魔物糸の束を骨に巻いて長さを出せば良いって事だそうだ。アイツもなかなかやるな!」
親父がそう感心している。
そういや、一本で巻いたことはあったが、束を巻いたことは無かったなと今更ながらに思い出し、更にヴィゴとの語らいで糸を骨に巻くって話もしたんだったか。ついつい忘れていたよ。
そんなヴィゴからの手紙によって長い魔物糸を巻き付けた新たなコアを用いた魔導機を完成させる。
荷車の魔導機をそれに変更してみれば規定量を載せても動かす事が出来て所定の時間、走り続けることも可能となった。
これで第一段階は終了である。
走行自体は可能になったが、登坂性能には課題があるし馬車よりも高速な事で制動能力が足りない事は大きな問題だった。
現在はあくまで減速機しか搭載していないが変速機へと大幅な変更が必要な事は明白で、制動性能を引き上げるには新式のブレーキを開発する必要がある。
これまで採用してきたブレーキは何のことは無い。大型馬車に装備されている車輪に棒をこすりつけるタイプを改良しただけに過ぎなかった。当然ながら、それでは馬車より高速な魔導車が止まれるはずもない。
そうなると全く違う機構が必要になってくるわけだ。となると制動力がある物が良い。そう考えるとドラムブレーキになるだろう。
ドラムブレーキとするには車軸から構造を変更しないとイケなくなるが、造れない事も無いだろう。
「車軸に鉄と魔物の革で出来たソレを取り付けるのか?」
親父が微妙な顔をしている。単独の試験では問題なかった。次は荷車に付けての試験だ。
旧来のブレーキが車輪を止めるものだったことから、車軸にそんな小さな装置を付けて止まるのかと疑問に思っているらしい。
確かに見た目は小さい、車輪と対比してしまうとだが。
もちろん、造ろうと思えばディスクブレーキも可能だ。しかし、制動力を考えるとどうしてもドラムになってしまう。
そう言うと、21世紀の日本人はなぜそんな旧式のブレーキを作るんだと疑問に思うかもしれない。ディスクブレーキと言っても自転車用のワイヤー式もあるのだから、ディスクブレーキという高性能なモノを作るのが知識チートだろと言われそうだが、ブレーキの構造を知ればそうではないと分かるだろう。
ディスクブレーキが制動力があるのは、倍力装置のおかげだ。なにせ21世紀に至るも大半のトラックがドラムなのは何故か?安いから?
そうではない。
ディスクブレーキはピストン配置を最適化することで均一な摩擦を得ることが出来るのだが、ブレーキローターを挟み込む力自体は人間の力だけで出す事は出来ない。僅かな踏力の変化で簡単に力が逃げてしまう事になる。
ブレーキアシストウンヌンと安全を強調する際に電子制御がてんこ盛りされるのはそんなところに理由がある。
たいしてドラムブレーキというのは、ドラムの回転に対し内側から押し付けられたブレーキシューが回転に引きずられてより固着へと向かう性質がある。これを自己倍力性と呼び、ディスクブレーキと比較した場合、より強い制動力が得られることになる訳だ。
電子制御だの倍力装置だのが簡単ではない現状で採用するならば、見た目が悪くともどうしてもドラムブレーキとならざるを得ない。
ま、そもそも、ディスクブレーキが見た目が良くて高性能の象徴なんて考える人はこの世界に居ないのだがな。