19・そこに居たドワーフは予想通りだった
ぺスタの街は壁や柵はおろか門すらなく、簡単に入る事が出来た。なんとも無防備だなと呆気にとられながら向かうべき造兵廠なるモノがどこにあるのかを聞いて回った。
その結果、市街を更に奥へ進んだところにあるというのでその通りに歩いていくとそこには壁が立ちはだかっていた。
この街は元々あった砦か街を拡大していく時に行政府の入っている市街中心部の防壁をそのままに、外には防壁を作らなかった様だ。周りが草原だけにそれで問題が無いのかもしれない。
壁伝いに歩いていくと門と門番に出くわした。
「造兵廠へ行きたいんだが」
そう伝えてブスタの家宰から貰った紹介状も見せた。すると、胡散臭そうに俺を見ていた門番は紹介状の封蝋を見て顔色が変わった。
「どうぞ、造兵廠は右へいった突き当りにある建物になります」
そう敬語で返してくるので礼を言って門をくぐった。
城壁の内側はそれまでの喧騒とは違い、官庁街と貴族街といったどこか権力の重苦しい空気の流れる場所だった。
言われた通りに入って右へと歩き出す。何処まで行っても壁と門しかない殺風景な光景は貴族街という自分に不釣り合いな場所なんだと嫌でも主張して来るのだが、高級そうな馬車や貴族の使用人ぽい人たちが行きかう中をいつもの様に走り抜けるのも気が引けた。
時折不審な目で見られながら進んだ先はようやく突き当り。
特に看板などの目印がある訳でもなく、そこに門があり、門番が居た。
「ここが造兵廠か?ブスタの家宰の紹介できた。キョニュー造兵監に面会したい」
そう言って紹介状を見せたが、生憎と今日はこちらに居ないそうだ。どうしたものかと困っているとドワーフが通りがかり、よく見ると親父だった。
「親父か?」
俺がそう声を掛けると向こうもこちらを見る。
「マッツか?何やってんだ、こんなところで」
親父が門番に話をしてくれて俺は造兵廠へと入る事が出来た。
二人で歩いているとそこには例の巨大な魔導機がいくつか存在して何やら工作機械が稼働しているらしかった。
「あれは?」
俺が聞くと魔導動力で動く機械とだけ教えてくれる。
そして、その魔導機について小型化する方法がある事を伝えると驚いていた。
「マヂかそれ!」
そういうとどこかへ走って行こうとするので止めた。
「置いて行くな。ここがどこだかわからないんだぞ、こっちは」
そう言うとようやく思い出したらしく、ついて来るように言って小走りになる。
何棟か通り過ぎた後に急に叫び出す。
「イーダ!イーダ!」
母親の名を読んでいる様だ。
「何だよ。うるさいね」
母親が建屋から顔を出す。
「マッツか。あんたケネトに付いてたんじゃないのか?役に立たずに追い出されたか」
そんな事を言うが、顔は嬉しそうだ。
そして、先ほどの話を親父がまくしたてる。
「うっさいね。落ち着きな。銀糸が一番なのはいまさら言われなくともわかってる。魔物糸か。そんなほっそいモンで本当に動くのかい?」
母親の方が何倍も冷静だった。そして、すぐさま試作しろとお命じになられた。
「ぼさっとしてないであんたも手伝いない」
親父も尻を叩かれる。
すでに作った事がある物なので製作は手慣れたものだ。造兵廠には魔物糸も魔物素材もあったようですぐに必要な物が揃う。
横で親父が何か言っているがとりあえず無視して作業を進める。
翌日の昼にはコウチンで作ったものと同じ仕様の魔導機が完成して稼働した。
「へぇ~、そんなやり方があるとは盲点だったね。大きくすることばかり考えてたよ」
母親も驚いている様だった。そして、その横には見た事のない人物が一緒に居る。
「そっちがブスタから来たというドワーフか?」
そうオッサンに声を掛けられる。
「ワシが魔導荷車の製造を依頼したキョニューだ。なるほど、その大きさなら問題なく荷車に取り付けられそうだ」
紹介状より先に実物を見たことで俺の居場所が確定した。
前世において自動車第一号はフランス革命前夜に作られた三輪蒸気車だとされている。
フランス革命前夜、フランス軍では大砲の運搬のための蒸気自動車を開発することになり、軍の技術者がそれを完成させ、実際に試験も行ったとされるが、その際に事故を起こし、その修理に一年を要したという。更に間の悪い事に当時の責任者が失脚してしまい。計画は宙に浮き、そうこうしているうちに革命騒ぎである。
たしか、キョニューの砲車だっけ?なんか語感が違う気がするが。
ま、それはともかく、造兵監キョニュー氏の指揮のもと、パンノニアでは馬なし荷車の開発が行われていたが、これまでのところ魔導機の小型化がネックとなり実現していなかった。
俺の作った魔導機を載せた荷車は見事に事故起こす。コウチンでの出来事の焼き直しだ。
「クソ、魔導機が出来ても制御が難しいんじゃ意味がねぇな」
親父がそう言っているが、事故原因はコウチンでのそれと同じなので解決法も同じである。
「なぜそれを先に言わん!」
いや、親父が勝手に荷車にのっけて走り出したんだろうが。
結局は母親に睨まれたことで喧嘩する前に事態は沈静化した。