1・記憶が戻ったらがれきの下だった
「おい坊主、生きてるか?」
気が付くとそこは酷く狭い場所だった。特に痛いところは無い。が、酷く頭が痛む気がした。
「生きてる」
とりあえずそう返す。
すると、すぐ近くで何やら除けているのだろう木を倒したり石を落とすような音がしている。
「おう、うまい具合に隙間が出来てやがるな」
ほんの明り取りレベルだった空間が大きくなり、脱出可能な広さが確保されていく。先ほどからの音はどうやら救出作業だったんだな。
引っ張り出されてみたソレはがれきの山だった。地震か?それとも火事なのか?辺りは崩れた瓦礫と所々で火の手が上がっているのが見える。
「動くな!飛竜だ」
助けてくれた人物がそう言って蹲る。俺もその場に座り込む。
「一体何が?」
助けてくれた人物にそう聞いて、それが誰だったかようやく思い出す事が出来た。いや、色々オカシイんだがな。
「覚えて無いのか?東方の蛮族共が攻めて来たんだよ。ここら一体、飛竜に乗った奴らが破壊して回ったんだ。じきに本隊が来るだろう。逃げるぞ」
とりあえず着の身着のままという状態だが、俺は師匠に連れられて西へと向かう。
何やら頭の中に自分でない記憶がある事に気が付いたのは先ほど。いや、どちらがどうかよく分からないんだが。
俺はべルーシという国に住むいわゆるドワーフ族の端くれ。鍛冶や錬金をやっている連中の一人だ。
なのだが、先ほど思い出したのは日本とかいう国で農民をやっていた記憶だ。随分な爺だったように思う。農民なぁ~、その割には色々と違う気もするが、本業は農民だろう。
だが、今はそんな事を考えている暇などない。東方の蛮族ダータ共がやって来るらしいんだ。
飛竜が飛び交う中を時折隠れながら西へと向かう。本格的に動けるようになったのは夜になってだった。
寝ずにひたすら西を目指して森の中を歩き続けた。
ドワーフ族は鍛冶が得意、それは得物を振り回すのが得意ともいう。向かってくる森の獣や魔物を途中で拾った戦斧で殴り飛ばし、斬り飛ばしてとにかく西へと進んだ。
「チィ、魔物の牙は良い材料になるんだがなぁ」
そんな事を師匠が言いながら、それでも歩みを止めない。
空が白みだしたのだろう。森にも色が戻りだした。
「止まれ」
師匠がそう言って前方を警戒する。どうやら森を抜けるらしい。
しばらく様子を見て、慎重に進んだが、どうやら飛竜はここまで来ていないようだ。
森を抜けたところに畑があり小さな村があるらしかった。
ドワーフ族のメリットはこういう時に鍛冶スキルを活かして行商が出来る事だろう。流れ者の野鍛冶という風に村へと向かい、何とか無事だった鍛冶道具を拡げて農具の修理を請け負う。
「どうだ?逝っちまった鍬や鎌が有ったら直すぞ。鍋も持ってきやがれ」
師匠のそんな口上に村人だろうか、こちらを見る。
しばらくは遠巻きに見ていただけだが、そのうち一人が折れたフォークを持って現れた。
「流れの鍛冶屋。コイツは幾らで直る?」
師匠がこの辺りの相場を聞いて値段を言うと修理の応談は成立したらしい。
「頼むぞ」
そう言って折れたフォークを渡される。このくらいは朝飯前だ。
炭をいこした簡易の鍛冶場で鉄鎚を振るって折れた爪を繋いでいく。すこし補強を入れるのも忘れない。ついでだ、角度がおかしくなっているほかの爪も修正して均一に向きを揃えて出来上がり。
「はえぇな。それにきれいだ」
そう感心する声を聴いてゾロゾロ村人が農具や本当に鍋まで持って現れた。
「飯を食わせてやっからマケてくれや」
その声を聴いて師匠はその話に乗る。
「そうだな。飯にもよるがマケてやるよ」
実際には森を歩いて来たので丸二日近くほとんど飲み食いしていない。それでも動けるのがドワーフではあるんだが。
当然だが、こうして広げているのも路銀稼ぎでやっている事だ。
日が傾いてそろそろ夕暮れかという頃にようやく作業を終える事が出来た。
鍬や鋤、フォークの修繕、鎌の刃研ぎ。鍋も直したな。
ちょっと難易度の高い鍋の修理を師匠は手品のようにやってしまう。俺ならもっと時間がかかるんだがな。
そんな事をしながら、飯と寝床にありつく事が出来た。
こんな田舎だ。当然の様にパンみたいな贅沢な品は無く麦粥とちょっとの獣肉程度でしかないが、その辺りは織り込み済み。
「一杯だけでワリィが酒だ」
当然、ビールみたいな上等なもんじゃない。水よりはマシな程度の酒精で黄金色。クワスだろうか?
一方の記憶から見れば粗末で仕方がない代物だが、二日も食っていなかったんだ、十分に美味かったよ。
修理の交渉中に聞きだした話によると、ここから二日も歩けばそれなりの町があるらしい。そこならば多少は落ち着いて鍛冶場を開けるだろうとの事だった。
とりあえずの目的地はそこだろうと決めて翌日、久しぶりの睡眠によって回復した体で街を目指した。