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愛憎  作者: 島下 遊姫
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九話

「まさか、仇の娘に命を助けられるなんて……」


「事実は小説よりも奇なりと言うけど……この時は本当に驚いたわ」


 そう語ると彼女は笑みを浮かべる。

 家族を失い、他人に頼ることも許されず、孤独に生きること義務付けられた彼女は苦しみに耐え切れず、一度は命を捨てることを決めた。

 しかし、神はそんな彼女を哀れんだのか、それとも更なる苦しみを味わわせるためか……それは神のみぞ知ることか、ある一人の天使を差し向けた。

 牧野杏奈。皮肉にも彼女を追い詰めたとされるグループの娘が彼女の命を救った。


「あの時、杏奈が私を救っていなければ私はここにはいなかった。そして、きっと杏奈は幸せに生きていたはずよ」


 彼女はまるで吐き捨てるように言う。


♢ ♢ ♢


 杏奈との出会いは私の運命を変えたと言っても過言ではない。

 私は叔母さんに引き取られて、内浦から離れることになった。

 そして、名前を天海から吉永に変え、新天地での生活が始まりました。

 新天地と言っても、以前住んでいた町の隣。私の過去を知る人がいる可能性があり、他人に過去を知られ、無意味な気遣いをされたくなかった為、中学は万が一に備えて地元の公立ではなく、少し離れた私立に通うことになった。

 自分で言うのもおこがましいけど、頭はいいほうなので受験は難なく突破できた。

 そして、私は「吉永由紀子」として、新しい人生を送るつもりでした。

 彼女と再会するまでは。


「由紀子! あなたもこの学校なのね」


 入学式当日。散り始めた桜の下で杏奈と再会した瞬間、私は絶句した。

 その中学には杏奈が通っていた。

 家族を奪い、別れたくない友達と別れさせられ、住む場所も追われ、何もかも奪った。

 そうやって落ち武者のような敗走した先にも、牧野家はまるで逃げ場なんてないと嘲笑うかのように待ち構えていた。

 一体、どれほど私を苦しめれば気が済むのか、憎くて仕方がない。一番憤りを感じるのは杏奈には私を馬鹿にするわけでも、嘲笑う気はないということ。

 入学式後は杏奈からはただの一人の友人として、好意を持って接してくれた。

 しかし、私にとってはただただ屈辱でしかない。

 元凶の娘が何不自由なく生きている様を見せつけられ、どれほど苦しいことか。

 だからと言って杏奈のことを露骨に蔑ろにすれば周りからの視線が痛くなる。

 円滑な学園生活を送るため、私は歯を食いしばりながら笑顔を取り繕っていた。

 そんな地獄のような学園生活が始まってからものの数週間経ったある日のことでした。

 私はお花摘み終えてから、教室に戻る途中、階段の踊り場で鞠莉さんが三人の女子生徒に囲まれているのを目撃した。


「金持ちだからって調子に乗らないでよね」


「そんなつもりは!」


「あと、時々英語が混じるの何? 帰国子女アピール?」


「全く、牧野グループの一人娘はいいご身分ね」


 女子生徒達はくだらない言いがかりで杏奈を罵倒する現場をみてしまった。杏奈が反論しようものなら傍らから別の罵倒を浴びせ、数の暴力で隙を与えない。

 とてつもなく陰湿なイジメ。反吐が出る。

 仇の娘がイジメを受けている姿を見て、私は見て見ぬ振りをしようとした。別に悲しもうが私には関係ない。寧ろ、清々する。

 そう言い聞かせた。

 しかし、見捨てようにも足が枷を嵌められたように動かない。その理由は三つあった。

 一つは半年前に杏奈に命を救われたことがあったこと。恩を仇で返すとは天海家の娘として、どれほどの恥か。

 次に小百合が同級生の男子にからかわれているシーンがフラッシュバックしたから。

 最後に杏奈が昔の私と似ていたから。

 私も昔は「天海家」という肩書によって周りから心無い言葉を受けていた。その時に受けた古傷が疼いてしまったのだ。

 足先を階段に向け、階段を上る。まるで翼が生えたかのように足取りが非常に軽かった。


「何をしているの?」


「由紀子……?」


 四人の間に割って入ると一斉に注目を浴びる。


「どうしたの?」


「吉永さん。あなたも牧野のこと、嫌い? それなら一緒にイジメちゃう?」


 ロングヘアの女子生徒がニヤニヤという言葉が似合うような気色の悪い笑顔を浮かべて私の顔を覗き込んでくる。

 正直に答えるのなら嫌いと言う。

 しかし、一人を複数人で囲んでイジメるような卑怯な方の仲間になりたくない。


「えぇ。嫌いよ。だけも、あなた達のように群がっていないと何もできない卑怯者の方がもっと嫌いよ」


「何。その言い方。超むかつくんだけど」


 女子生徒の一人が舌打ちをする。


「私も一人に対して、三人で囲んで虐めるあなた達には憤りを感じるわ」


「はぁ、優等生ぶって。そんなにいい人に見られたいの?」


「少なくとも、虐めを行うような素行の悪い生徒に比べれば余程マシだと思うけど」


 自分達が気に食わないものは徹底的に排除する。その為なら筋の通っていないこと言いふらす。女子生徒達の感情に任せて吐いた言動を返すのは非常に楽だ。


「言い返さないの?」


「何よ、こいつ。行きましょ」


 ばつが悪くなった女子生徒達は互いに苦虫を嚙み潰したよう顔を合わせると、逃げるように私達の前から去った。 


「はぁ。私立中学に合格できるくらいの頭脳はあるはずなのに」


 私は溜息を吐く。もう少し、まともに論争はできないのかと私は呆れるしかなかった。


「その……由紀子、助けてくれてありがとう」


 背後から杏奈の震える声が聞こえてくる。私はゆっくりと振り返る。


「いえ、あの時の借りを返しただけだから」


 私はにこやかに笑いながらそう返すと杏奈は引きつった笑みを浮かべる。


「さっき……私のこと、嫌いって……」


 杏奈の目は泳いでいて、動揺が目に見えていた。

 事情を知らない杏奈からすれば命を助けたはずの相手から嫌いと言われれば動揺の一つはするに決まっている。


「そうですね。はっきり言うと嫌い。あなたの無責任に優しいところや、うっとおしいところが嫌い」


 私は杏奈の震える瞳を見つめながら、包み隠さず話す。

 我ながら少し子供みたい悪口だと思ったけも、そもそも両親には他人への悪口は言うなと教育されていた為、言い慣れていない。


「そんな面と向かって言うのにね」


 杏奈の心は傷つき、金輪際関わらないようになるかと思っていた。しかし、傷つくどころか逆に笑っていた。


「何んで、笑うの?」


「その私って……普通じゃないのねって」


「そういう自分を特別視しているところが嫌われるのよ」


 すると、杏奈は「そうよね」と引きつった笑みを浮かべる。


「由紀子って……いい人なのね」


 その日から私は杏奈に気に入られ、不本意ながらよく行動することになった。

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