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愛憎  作者: 島下 遊姫
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八話

 水平線まで伸びる海を呆然と眺めていた。

 私は空っぽだった。

 家族を失い、頼った大人もいなくなって、私には何も残されていなかった。

 これから私はどうすればいいのだろう。生きる意味を見出せず、暗闇の中、出口があるかどうかもわからないまま歩いているようでただただ苦しいだけ。

 私は立ち上がる。

 そして、ゆっくりと海へと向けて、歩を進める。

 もう七月になると言うのに海は肌に刺さるかのように冷たい。潮風が強くなり、穏やかだった波が荒くなり、小さな私の体を押し倒す。

 まるで私が入水するのを拒んでいるようだ。

 それでも私は奥へ奥へと進む。

 腰まで海水が浸かる。このまま冷たい海の底に沈んで、消えてなくなりたい。もう、二度と苦しい思いをしたくない。

 体から力が抜け、海へと沈む。

 息ができなくて苦しい。冷たい。暗い。怖い。死を目前にして、死ぬことが怖くなった。

 家族も死ぬ間際にこう思ったのだろうか。もしかしたら、恐怖を感じる暇もないまま殺されたのか。

 どうして、こんな苦しい思いをしなくてはならないのか。毎日、利口に生きて、学校ではいい成績を取って、悪い事なんてしていないのに。

 憎い。家族を殺し、私に理不尽目に合わせ全てを奪った犯人が憎い。

 体内の酸素が段々となくなり、意識が遠くなっていく。薄れゆく意識中で残った感情は苦しみでもなく、恐怖でもなく、憎しみであった。

 冷たく感じていた、海水が熱く感じる。

 誰かが手を引っ張る。力がない私は抵抗することなく、まるで波に揺られる海藻みたいだ。

 そして、私はそのまま浜辺に引き上げられる。立ち上がる力もない私はゆっくりと仰向けになり、空になった体に酸素を激しく取り込む。

 体全体に酸素が染み渡る。次第に体に心から熱くなっていく。生きているという心地がした。


「あなた! 大丈夫!?」


 頭上から綺麗なソプラノボイスが聞こえてくる。

 私はふと視線を頭上に移す。そこには砂浜にぺたんと座る金髪でハーフの少女が私を心配そうに見ていた。

 一見、同い年に見えるが顔立ちは幼い。しかし、雰囲気は大人びているように感じる。

 少女の身に着けている真っ白なワンピースは海水で濡れ、発展途上の体に張り付いている。彼女が私を海から引き揚げたのなら、相当な腕力を持っている。

 それとも火事場の馬鹿力というものか、ただ溺れた場所が浅瀬だっただけでしょうか。


「その……溺れかけちゃって……」


「もうびっくりしちゃったわよ」


 少女はそう言って、ほっと胸を撫でおろす。

 見ず知らずの相手を心配し、命をかけて救おうとするなんてお人好しなのか、それとも私のように「人の為に尽くせ」と教えられてきたのか。


「一人でその……Seaに来ているの?」


「はぁ?」


 日本語と英語と異なる言語が交った不可解な言葉に私は首を傾げる。


「Sorry。一年前に日本に来たばかりで、時より、英語が混じっちゃうの」


「そうなの……」


「そんなことより、一人なの?」


 すると、彼女はぐいっと顔を近づけてくる。

 外国人特有の甘い匂いと彼女の端正な顔立ちに動悸が激しくなる。


「パパかママはいないの?」


「……えぇ」


 問いに小さな声で肯定する。


「そうなの」


 彼女はじっと私の顔を見つめてくる。

 すると、徐に私の頬を触り、互いの額を合わせる。


「これは……」


 唐突な事に私は驚きを隠せない。でも、そんな驚きはどうでもよかった。

 彼女の手や額の温もりは私の冷え切った体、そして心まで染み渡る。

 今まで、悲しみや苦しみ、憎しみしかなかった冷たい心がゆっくりとですが溶けた気がしました。その溶けた氷は水となって、瞳から零れ落ちる。


「おまじない。悲しいことがあった時、ママがやってくれるの」


「悲しい……こと?」


「だって、悲しい顔してたから。それに、泣いているじゃない」


 私は涙を拭う。家族が死んだ時にすら流れなかった涙が今になって流れるなんて。

 私の心はまだ完全に壊れていなかった。


「ありがとう。元気になったよ」


 元気になった姿を見て、彼女は嬉しそうに笑う。

 遠くから母らしき女性が「杏奈」と彼女の名前を呼んでいた。すると、彼女は「今行く」と立ち上がる。


「私は牧野杏奈」


「えっ……」


 私は耳を疑った。彼女の名字が牧野だということに。


「牧野って……あのホテルの……」


「パパの事知ってるんだ」


 彼女は無垢な笑みを浮かべる。

 確信した。彼女は牧野グループの会長の娘。


「私は由紀子。よろしくね。杏奈ちゃん」


 これが私と杏奈の奇妙な出会いだ。

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