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愛憎  作者: 島下 遊姫
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五話

 住職の淡々としたお経と木魚の音が葬儀場に響く。

 無念の死を遂げた私の家族をせめてもの救いにならんと雲一つない青空が水平線まで広がっている。

 まだまだ齢十二と若いうえに失望の底に沈んでいる私が葬儀の手配など出来るはずなどなく、親族の方々が葬儀の準備どころか当日の進行など全部やってくれた。

事件が起きてからもう二週間が経ったけど家族を殺した犯人は未だ捕まっていない。事件現場である私の家には犯人に繋がる決定的な証拠は落ちていなかった。

 アクセサリーの欠片も捜査の中で、一般に流通したものではなく、個人で制作したオーダーメイドらしく、残念ながら犯人に繋がる手掛かりにはなりえなかった。

 ただ、様々なサイズの靴の跡が見つかり、少なくとも単独犯はなく集団による犯行といのは判明していた。

 また、事件当日が雨ということで現場付近では外出している方もおらず、不審者の目撃情報もなかった。

 その為、捜査は難航。恐らく、事件は迷宮入りになるだろうと一部では囁かれている。

 憎い。拳を固く握り締め、歯を食い縛る。

 家族の命を奪い、私から全てを奪った、犯人達がのうのうと生きていることが憎くて憎くて仕方がない。


「由紀子ちゃん……大丈夫かい」


 私の心がどす黒い何かに染まりかけた時、叔母さんが心配そうに声をかけてきた。


「……はい」


 私は短く頷く。


「そう。……何かあったら私達を頼ってね」


 叔母さんは煮え切らない言葉で私を励まそうとする。

 失意の底に沈む私を傷つけないように慎重に言葉を選んだ上の言葉でしょう。


「……すいません。少しだけ席を外してもいいですか」


 叔母さんの心遣いは本当に嬉しい。

 しかし、今の私の壊れた心には何も響かない。何も意味をなさない。ただただ、残酷な現実を突きつけられるだけ。

 軽く会釈をして、私は叔母さんの前から去る。

 今は誰とも話したくはなかった。

 喫煙所の近くを取ると、男性達の話声が煙と共に流れてくる。


「まさか、こんなに早く天海さん達の葬式が行われるなんてな……」


「小百合ちゃんなんてまだランドセルを下ろせてないっていうのに」


「わしなんてまさか送る側になるとは思わなんだ……」


 中から男性数人のすすり泣く声が聞こえてくる。

 元々、天海家は網本として古くから地元ではかなりの権力を有していた。その名残かお父さんは地元の漁業組合の長として漁師をまとめていた。この男性達はきっお父さん父に世話になった漁師の方々なのだろう。


「なぁ、こんな噂を小耳に挟んだが。この事件に牧野グループが関わっているって……本当か?」


 悲しみが籠る喫煙所に、空気を読むことよりも好奇心を優先した男性が不意に問う。

 その瞬間、私の空っぽの体に雷に打たれたような衝撃が走る。

 牧野グループ。滅多に仕事の話をしないお父さんがほんの少し不満を漏らしていた取引相手だ。

 世界に展開するリゾートホテルチェーンを営む大規模なグループ。

 そして、牧野グループは地元にある小さな無人島にリゾートホテルを建設する予定だと噂で聞いた。漁業組合の長であり、地主でもあるお父さんとは何回も交渉していたようだ。

 しかし、牧野グループの要求はかなり一方的だったようで交渉が終わる度にお父さんの不機嫌な様子を浮かべていた。


「牧野か。最近、あの島にホテルを建てようとしているやつらか」


 そのことは組合の方々にも周知の事実らしい。


「あいつら、どうやら交渉に行き詰まると裏で抱えているギャングを使って脅すらしい」


「今回の……事件……まさか!」


「可能性はゼロではない」


「そうか。親父さんは頑固だったから……」 


 それからおじさん達は言葉を詰まらせ、以後話声は聞こえることなかった。

 拳を固く握りしめる。

 もし、おじさん達の言っていることが本当なら。

 本当に牧野グループの関係者によって家族が殺されたのなら。

 怒りと憎しみで我を忘れそうになる。絶対に許せない。何が何でも罪を償わせてやりたいと思った。

 でも、所詮、小学生の私では無力で何もできることなんてなかった。

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