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愛憎  作者: 島下 遊姫
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二十五話

 あの惨劇から六年が経った。

 島にはいよいよ牧野グループ念願である「牧野リゾートホテル」が完成し、グランドオープンが約一ヵ月後に迫っていた。

 牧野グループはホテルの披露を兼ねて盛大な祝賀パーティーを開催する。

 本来なら部外者である私では足を踏み入れることのない世界。しかし、杏奈の親しい友人ということで奇跡的に参加することを許された。

 絢爛豪華に彩られたパーティー会場は全てを失った私に眩しく感じらた。

 そして、家族の犠牲の上で開催されたものだと考えると空虚な心が怒りで満たされる。

 しかし、この怒りも憎しみも今日で終わる。そう思うと実に清々しい気持ちになる。


「楽しそうね」


「そう?」


 白いドレス姿の杏奈が顔を覗き込んでいる。

 大胆に胸元を開け、白いドレスはなんだかウエディングドレスみたいだ。

 もし、復讐なんてしなければ、本物のウエディングドレスを身に纏った杏奈の隣にいられたのかもしれない。

 きっとこれ以上にないくらい幸せなのだろう。でも、家族を殺した家と関係を持つことは私はできない。

 ましてや咎を受けていないのなら尚更だ。

 それに、もうもしもの話なんて考えても仕方がない。私の手は真っ赤に汚れている。

 後戻りなんてできないし、杏奈の手を取ることも叶わなち。


「ドレス、とても似合っているわ」


 私は容姿を確認する為に、窓を姿見扱いする。

 大胆にも肩が出て、露出が上品の赤いドレスを着る私は私には見えない。

 父に連れられて、パーティーのようなものには何度も参加したことはあった。その時は今日のようなドレスではなく着物だった。

 だから、違和感を覚えている。でも、ドレスが嫌いなわけではない。寧ろ、杏奈が選んでくれて、とても気に入っている。


「杏奈こそ、とっても綺麗だよ」


 すると、杏奈は「ありがとう」と呟いて、恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 この他愛もない幸せな時間が後少しで終わってしまうと思うと、耐え難い喪失感に襲われる。

 何度、後悔しても遅い。今更、復讐を止めることなんてできるはずがない。


「ねぇ、由紀子。ここだと退屈でしょ。外に行きましょう」


 杏奈はドレスの端を摘み、外に指を指す。


「いいの? 牧野家の一人娘として、挨拶回りとかしなくちゃいけなんじゃないの?」


「問題ないわよ。お爺さん達の話なんて自慢ばかりでつまらないもの」


「それは……同感」


 共感すると「それなら」と杏奈は私の汚れた手を引いて、パーティー会場から抜け出す。

 そして、噴水広場へと連れてきてくれた。

 きっと別の選択肢を取っていればこうやって杏奈と手を取り合って、幸せな人生を過ごせたことだろう。

 ダメだ。杏奈と一緒にいると心が揺らぐ。

 最早、この世界が憎い。復讐と杏奈。どちかを選択しなくてはいけないこの世界が憎い。


「由紀子?」


 杏奈は俯く私の顔を覗き込む。


「ごめんなさい……」


 これ以上は……限界だ。

 私が壊れてしまう。愛情と憎しみに押し潰されて、私は死んでしまう。

 だから、私は杏奈の手を振り解いた。


「つ、強く握り締めちゃった?」


 突然、乱雑な扱いをされ、杏奈は動揺する。

 きっと私の気を悪くしてしまったのかと不安になっているのだろう。でも、違う。悪いのは全て私だ。


「杏奈。私はあなたのことが大好き。心の底から愛しているわ」


「どうしたの? 急に?」


 そして、私は杏奈に真実を告げる。

 それで全てが終わり、終わりが始まる。


「六年前、私は牧野グループに家族を殺されたの」


「……え?」


 杏奈は唖然とする。


「あなたの父、譲二がホテルを建てるのに私の父が反対していたの。それで邪魔に思った譲二がグラハムを使って……」


「そ、そんなの……嘘よね。パパが! グラハム叔父さんがそんなことするわけ!」


「これは……残念なことに本当のこと。だって、グラハムがそう言っていたから」


 杏奈は信じがたい事実を受け入れられずにいる。

 当然だ。いきなり恋人が自分の父親と知り合いによって家族を殺されたと告白されて、冷静でいられる人間と存在するのだろうか。


「牧野グループが憎かった。私の家族を、幸せを奪いながら発展することを許せなかった。だから、私は復讐を誓った。そして、今日、牧野譲二を殺す」


 これから杏奈の大切な家族を手にかける。それがどれほどの悪かどうか身に染みて理解している。

 しかし、悪に堕ちようとも許せないこと、晴らさなくてはならない恨みがある。


「ねぇ……嘘でしょ? 悪い冗談でしょ! あり得ないわ! そんなこと!」


「ごめんなさい……。本当にごめんなさい。でも、もう後戻りはできない!」


「……確かにパパはいい人ではなかったわ。知りたくなかったけど、そういう強引な性格よ。だから、本当かもしれない。それならあなたの受けた苦しみはわかる! でも、パパを殺さないで!」


 選んでくれたドレスをちぎれそうになるほど、強く握り締め、涙ながらに父への復讐を止めるよう、懇願する。

 杏奈の幸せの為なら、今後の関係の事を考えれば復讐なんてしないほうがいい。

 しかし、時は既に遅かった。私は自分の掌を見つめる。

 爪を剥ぎ、舌を抜き、首を絞め、家族の幸せを握り潰した手を真っ赤に染まっていた。


「今なら……引き返せる!」


「もう、引き返せませないわよ! だって、私はグラハムを殺しているから」


 取り返しのつかない事実を吐く。

 ドレスを掴む杏奈の手が激しく震える。


「……う、嘘よ! そんな、由紀子が!」


 まるで倒れる寸前の独楽みたいな不安定な足取りで杏奈が私から離れる。

 そして、目を見開き、頭を抱え、力なく座り込む。

 私の本性。父への殺害予告。大切な人の死と重く、衝撃的な情報を受け入れられず、杏奈は過呼吸に陥る程に激しく取り乱す。

その苦しむ姿を見ることが酷く辛い。愛する人を傷つけて、苦しむ姿を見て、いい気持ちのする人間なんていない。

 でも、これ以上、杏奈に偽りの姿を見せるわけにはいかない。

 それに自分に課した罰だ。

 復讐の為とは言え、命を、人生を奪うという大罪を負った私は幸せを得ていいはずがない。

 ここで彼女を突き放すことで私はまた孤独な人間に戻る。そして、私は冷たく、暗い海の底で誰にも死を嘆かれることなく死ぬ。

 それでいい。それが私の贖罪だ。

 悪人として、ふさわしい最後だ。


「杏奈……」


 私はしゃがみ、杏奈の肩を優しく抱く。

 杏奈には本当に救われ、感謝している。

 杏奈のおかげで今日まで生きてこれた。今日まで幸せでいられた。

 しかし、杏奈にとっては反対に私を救わなければ大切な人を失わず、何も知らないまま幸福な日常を過ごせていたことだろう。

 私の存在は杏奈を不幸にするだけ。

 だから、感謝は言わない。幸あれとも言わない。

 伝えるべきことは一つだけ。


「杏奈。愛しているよ。誰よりも……ずっと……」


「由……紀子……」


 私の偽りのない言葉を聞き、杏奈はゆっくりと顔を上げる。

 そして、キスをする。

 長いキス。まるで時が止まったような感覚に陥る。

 あぁ、このまま時が止まっていればいいのに。でも、それは錯覚。

 噴水に留まって鳥が羽ばたく時、私はゆっくりと杏奈から離れる。

 その瞬間、杏奈さんの口にクロロホルムを染み込ませたタオルを当てる。

 すると、過呼吸が原因で既に軽い酸欠状態だった杏奈はものの数秒で気を失った。

 ゆっくり前に倒れる杏奈を優しく受け止める。

 この暖かな感触ももう味わえないと悲しくて仕方がない。

 でも、全ては私が復讐を決意したからだ。今更、選択を悔やむことはしたくない。

 私は杏奈を抱き上げ、身の危険が及ばない場所へと運ぶ。

 いよいよ、私の復讐がフィナーレを迎える。

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