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愛憎  作者: 島下 遊姫
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二十四話

「今日は取材を受けてくれてありがとうございます」


 僕は手を差し出し、挨拶も兼ねて握手を求める。


「かしこまらないで。私も……そろそろ折り合いをつけたいから」


 彼女は快く握手に応じる。

 一通り、挨拶すると彼女は「中にどうぞ」と案内する。僕は「お邪魔します」と靴を脱いで、家に上がる。

 中は外見を裏切ることなく、至って普通の古民家と言ったところ。テレビに出てくる祖父母の家のようで懐かしい匂いがする。カフェとして開放すればそれなりの需要があると思う。

 それにしても金髪でハーフという日本人らしくない見た目の彼女にはあまり似合わない。やらしい言い方だけど夫に先立たれたハーフの未亡人という感じがした。

 そんなことを思いながら居間の中心にある机の周辺に置かれた座布団に座る。

 すると、台所から彼女が珈琲を出してくれた。


「苦いのは平気?」


「大丈夫です。寧ろ、珈琲は必需品ですから」


 夜通しの作業や、執筆の片手間に珈琲をよく嗜む。ここ数年、珈琲を口にしなかった日は無く、僕は珈琲というかカフェインに依存しているくらいだ。


「うん。美味しい」


 彼女の淹れた珈琲は酸味よりも苦みが強く、僕好みの味だった。

 僕の珈琲を味わう様子をまじまじと見ながら彼女は徐に口を開く。


「あなた、あの島のダイビングショップの店長の息子さんだったのね」


「そうですね」


 僕は珈琲カップを置く。

 すると、彼女は、


「……ごめんなさい」


 と頭を下げて、謝罪をする。

 彼女の予想外の行動に僕は度肝を抜く。


「なぜ、謝るんですか? この状況において、謝罪する意味はないはずです。寧ろ、謝るのは僕の方です」


 僕は彼女のあの事件について話を聞く。きっと、彼女にとってはかなり辛い出来事で心の傷を抉ることになる。それも僕の好奇心という身勝手な理由で。


「だって、私の一族のせいであなたとあなたの父様の人生を狂わせてしまったのだから」


「確かにあなたの父親は恨みを買われるような人だったのでしょう。ですが、惨劇を起こしたのは天海由紀子。狂わされたのはあなたもでしょう?」


 納得いかない。確かに彼女の父親が殺人を指示という正しくないことをしたのがきっかけではある。

 しかし、彼女は父の行いに手を貸したのか?否、絶対にない。

 ならば、彼女こそが事件の被害者ではないのか?

 恋人に裏切られ、そして、天海由紀子に父親を殺された。

 父の死後、死んだ父の悪行を追求され、非難され、傷ついたはずだ。


「確かに父は正しくない事をしていました。でも、私にとって父はとてもいい人でした。だから、裏切れない。パパは……パパだから」


 杏奈は拳を固く握り締め、父に対する思いを語る。

 確かに杏奈の父は決して許されないような悪を行った。それに関しては絶対に擁護はしない。正直なことを言うなら、死んでも……殺されても仕方がなかったと思っている。

 でも、そんな悪人でも杏奈のとっては父親だ。

 悪人でも最愛の娘な前では立派な父親として振る舞い、ちゃんと愛情を注いだ。

 杏奈は立派に育ててくれた父に感謝し、心の底から愛している。

 だからこそ、罪を背負う覚悟をしているのだ。


「……そんな最愛の父親を殺した彼女について、あなたはどう思っているのかな?」


「それは……わかりません。由紀子の気持ちは痛い程わかります……。それでも……」


 そして、天海由紀子についてはまだ折り合いがついていないようだった。

 行動の理由は理解しているし、天海由紀子が父を憎み、殺したくなるのはわかっている。

 でも、噛み締めるように小刻みに震わせる唇をを見ると、やはり父を、大切な人を、人生を奪った天海由紀子を許せず、憎んでいるように見える。


「由紀子はいい人だから。いい人だからパパを許せなかった。いじめっ子から私を助けてくれたのだって由紀子の本心なはず。あの時だって、私を気遣ってくれた。だから……」


 しかし、そう憎みながら、天海由紀子との思い出を本当に楽しそうに話している様子を見ると、心のどこかで未だに彼女に思い寄せているように感じられた。

 愛と憎しみに狭間に揺れ動いているのが目に見える。

 決して善では父を愛するその姿。僕は凄く共感した。

 だからこそ、苦しそうで悲しそうで見えていて辛い。


「あなたは、とてもいい人だ」


「そんなこと……」


「間接的に被害を受けただけなの僕は……天海由紀子のことを憎んでいるのに」


「え?」


 杏奈は僕の言葉に目を丸くする。


「別に殺したい程憎んでいるわけではないです。しかし、彼女によって少なくとも僕の人生は狂わされた。だから、ここにいる」


 僕は珈琲を一気に飲み干す。

 口の中に苦味が一気に押し寄せる。


「あの事件の後、僕の父は荒んで、家庭崩壊一歩手前になった。酒に溺れて、母と僕には手を出すのは当たり前」


 僕の語る話に杏奈は固唾をのんで耳を傾ける。 

 また、自分と父の罪が増えたでも思っているのだろう。

 違う。その考えは根本から違う。


「まぁ、その後に父の友人が助け舟を出してくれた。今では一緒に旅行に行くくらいだから気にしなくていい」


「でも……」


「全てが元に戻った時、僕は気になったよ。家族を滅茶苦茶にした原因を作った犯人のことが。ただ、憎かったんだ」


 僕はそっと杏奈に笑みを見せる。


「びっくりしたよ。まさか、犯人が僕と同い年の少女だったなんて。そして、知りたくなったよ。彼女がどうして、あの事件を……復讐を遂げることを決めたのかって。この時にはもう憎しみなんてよりも好奇心が勝っていた。僕も……天海由紀子の魔性に取り憑かれてしまった、一人の愚か者だ」


 犯人という抽象的な存在から天海由紀子という明確な存在に判明した時、憎しみが好奇心という愛に変わった。

 それから僕は愛を知るために、記者になり天海由紀子の背中を追い続け、ついにその背中を掴んだ。

 真実を知れる時が来た。僕はそのチャンスを逃すわけにはいかない。


「僕はあなたと同じ事件の被害者だ。知る権利は僕にはある。それに事件を明るみにする。それが僕の細やかな復讐だ。まぁ、名前は伏せて世に出すつもりだけど」


「復讐……」


 今まで黙っていた彼女はその一言を復唱する。


「これで僕も少なくとも天海由紀子と少しばかり同類になった。その上で知ったよ。情報を世に出すことですら、躊躇する時があるのに、彼女はよく人を殺せたなって」


 記者という立場でありながら、記事を出すことを躊躇するなんてあるまじき事。でも、感情の赴くままに行動するというのは以外とそういうものだ。

 だから、天海由紀子の憎しみと覚悟の深さを知った。 

「それだけ……父を憎んでいたってことです」


「そうですね」


 杏奈は吐き捨てるように言う。

 温和な彼女から僅かに怒りが見えてきた。

 その怒りは僕が天海由紀子を悪く言ったからか。それとも……。

 あぁ、また好奇心が膨らんでしまう。 


「一つ聞いていいかい?」


「何かしら?」


「もし、天海由紀子と会えるなら、あなたはどうする?」


「……」


 答えづらい質問に彼女は黙る。そして、彼女は化粧台の隅に忘れ去られたように花瓶に入った赤と紫のアネモアと黒い薔薇の造花をジッと見つめる。


「……考えたことないわ。だって、そんな機会は二度とこないから」


「そうか」


 僕は黙って頷いた。

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