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愛憎  作者: 島下 遊姫
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十八話

「お前……何者だ!」


「だから、天海由紀子。あなたが数年前、襲った天海家の生き残りよ」


 動揺し、冷静な判断ができなくなった瞬間、ポケットから手錠を出し、リカルドの手をすかさず拘束する。


「しまった!」


「驚いた? まさか、あなたが手にかけた家族にはもう一人、娘がいたことに!」


「な、何を言って……」


 青ざめる彼は私から視線を逸らす。


 言い逃れはさせまいと私は彼の首に手をかける。


「や、やめ!」


 彼は逃れようと必死に暴れまわる。男と女で力比べすれば、負けるのは女である私。

 だから、喉と胴体の付け根にある柔らかい部分に親指をぐっと入れる。こうすることで楽に気道を絞め、どんな巨漢でも無力化することができる。


「ぐぅう!」


 彼は足をバタつかせ、呻き声を上げながら、藻掻き苦しむ。

 衝動的にこのまま殺してしまおうかと考えていたが、このホテルから死体を処理するのは少々面倒で、足がつく可能性が高い。


「おとなしくなったね」


 親指を離し、気道を開放する。

 すると、彼は肺を限界まで膨らませて激しく酸素を取り込む。


「さてと、どうしようかな」


 私は汚物を見るような目でリカルドを見下ろす。

 死を目前にしたリカルドは頬を引きつらせ、瞳には涙を溜めている。


「な、何でも言うから殺さないでくれぇ!」


「何でも……ね」


 何も言ってないにも関わらず、勝手に代案を出して命乞いをする。

 小心者のおかげで事は上手く運びそうだ。

 私は乾いた唇を舐める。

 傍らに置いてあった鞄からボイスレコーダーを取り出し、電源を入れる。


「あなたは署長と親しい関係にあったようね」 


 リカルドはかなりの下衆野郎だ。

 未成年との淫行だけだったならまだ変態で済んでいた。

 しかし、強姦や薬物を強要させた淫行、売春等の反吐が出るような悪事を腐る程行っている。

 普通なら警察に嗅ぎつかれ、すぐさま逮捕されるだろう。だが、リカルドは警察に賄賂を渡して、犯罪の事実を揉み消している。

 その事実を知る杏奈は何度も警察に報告したけど、全部スルーされたらしい。

 つくづく、昔の私に似ている。最も、警部達は真面目に取り合ってくれたという最大の違いはあるけど。


「その機械は……」


「質問に答えて! 署長との関係は! 警察との関係は!」


 反論するのならと私は再び親指を立て、喉元を塞ごうとすると、苦しいのは嫌だと言わんばかりにリカルドは慌てて、口を開く。


「あぁ、そうだ!」


「捜査に介入して妨害及び規模の縮小させたのはあなたなの?」


「あぁ、会長の差し金なんだ! まぁ、あいつは僕達からたくさんの賄賂を受け取っているから」 


「中島警部と部下の刑事を殺害したのは?」


「それも僕だ! 捜査するなと命令されているのにするから。それにあのじじい、真相に近づいていたから!」


 彼はグラハムとは違い、言い淀むことなく、助かるために情報を次から次へと吐く。

 当初の予定では前と同じように拷問して、情報を吐かせてから殺して海に沈めようと思っていた。無論、ハイリスクを承知の上での計画。

 しかし、彼は組織への忠義や存続よりも自分の命を優先する。誰よりも利己的な臆病な男。

 脅し方を誤らなければ、まだ、利用する価値はありそうだと私は判断する。


「有益な情報を教えて頂きありがとう」


「き、君の欲しがりそうな情報は吐いた! だから、命だけは!」


「どうしようかな? あなたをこのまま返すと、牧野グループに私の存在がばれてしまう可能性が……」


「ぼ、僕は決して君のことは話さない!」


「口の軽いあなたを信用しろと?」


「そ、それは……」


 組織を簡単に裏切り、情報を軽々と明かすような男など、誰が信用するものか。普通ならば、切り捨てられるようなクズでしょう。

 しかし、普通ではない私は手を指し伸べる。


「それなら、私と取引をしてくれない?」


「取……引?」


「えぇ。私の復讐に手を貸して欲しいの」


 彼は目を限界まで見開く。

 私の復讐に手を貸すということは組織を裏切ること。障害となる人間を躊躇なく消すほどの組織を裏切り、妨害や情報を抜き出すなんてことをすれば、その先にある結果は自ずと見えてくる。


「そ、そんなことしたら僕は組織に!」


「じゃあ、ここで死ぬ?」


 提案を拒否しようとするのならと彼の首を力強く絞める。


「あなたが選べるのはここで確実に死ぬか、協力して生き延びるか。それだけ。わかる?」


 彼が取れる選択肢は二つだけですが事実上、選択肢は一つのみ。

 彼の顔は恐怖で引きつり、瞳には涙を溜めている。

 逃げることも抵抗することもできず、ただ理不尽なこの状況と私に従うしかない。

 しかし、この状況になったのは全て彼の自業自得だ。

 私の家族を殺し、真相を追った勇敢な警察をも殺し、己の命の為ならば忠誠を誓った組織を裏切り、当たり前のように情報を売る。

 そんな我が身しか愛せない男にまとも選択肢が用意されるわけがない。


「わかった……手を貸そう……」


 彼は震える声で私の忠実な犬となることを受け入れた。

 私はニヤリと笑う。


「それなら。くれぐれも組織にこのことを知られないように。これは私の為だけでなく、あなたの為の忠告よ」


 もし、彼が私を裏切り、組織に私の存在を告げ口する可能性もある。

 しかし、告げ口をしたところで組織に対して忠誠がなく、べらべら情報を話す人間を置いておくわけがない。

 彼は生きる為には私に協力するしかない。

 彼の命の手綱は私が握っていると言っても過言ではない。

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