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愛憎  作者: 島下 遊姫
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十三話

 海沿いにポツリとある喫茶店。

 昭和から続くこのお店は昔ながらのレトロな雰囲気が漂っている。

 私達は窓際の席に向かい合わせで座っている。テーブルにはコーヒーの入ったカップが二つ。


「申し遅れました。私は杏奈様の教育係を遣わされたグラハムと申します」


 そう言って、グラハムさんは頭を下げる。

 教育係がいるなんて、流石財閥の娘。まるで童話みたいに話だ。


「それで、どうして私達をつけていたのですか。過保護にも程があるかと?」


「おっしゃる通り。ですが、最近の杏奈様は今までとは見違えるように元気になり、一体何があったのかと思いとこんな愚行を。しかし、美しくお淑やかな御友人と一緒ならば、変わるのも当然ですな」


「褒めても何もありませんよ」


 すると、「それは承知ですと」と言いながら珈琲を啜る。


「杏奈さんはとても素晴らしいお方です。思いやりがあって、私のかけがえない存在です」


「お褒め頂きありがとうございます。パフェでも一ついかがですか?」


 私が杏奈さんへのお世辞を言うと、グラハムさんは当然だろうと自身満々な笑みを浮かべる。その姿はまるで可愛い孫を自慢するお爺さんだ。

 一見すれば気前のただのお爺さん。でも、私はそう思えなかった。

 何というか詐欺師みたいな感じがした。いい顔をして、散々油断させたところで人を騙す。まるで仮面を被っているよう。


「杏奈様は牧野家の一人娘として近い未来、牧野グループを担う事になります。そして、グループ存続の為、血の通った子を成さないといけません」


 茜色の空に段々と灰色の雲が覆われていく。

 グラハムさんは笑みをそのまま、声のトーンだけ低くし、真剣な話を始める。


「何が言いたのですか?」


 すると、グラハムさんは襟を正し、今までの柔らかな表情から一転、冷徹な表情へと変える。ピエロが化粧とか仮面を外したみたいだ。


「はっきり言いましょう。金輪際、杏奈様と関わらないで頂きたい」


 すると。私に向けて、頭を下げる。

 それは困る。彼女がいなくては私は牧野家に近づけず、闇を暴きにくくなる。そうすれば、事件の真実が遠のいてしまう。

 牧野家が家族の殺害に関与しているかどうかを私は知りたい。いや、関与していないことを知りたい。もし、そうなら私は何も後ろめたい感情を抱かずに杏奈と一緒にいられる。

 それに利用しているとは言え、杏奈は私の恋人であり、嘘偽りなく愛している。

 だから、損得抜きに離れたくなかった。

 無論、グラハムさんはそれが一番の問題点なのだろう。


「人の恋路に首を突っ込むのは感心しませんね」


「子供が誤った道を歩き始めたのです。それを正してやるのが大人の務めですから」


 誤った道と言われ、私は顔を顰める。

 もし、私が杏奈と結婚すれば牧野家の血を継いだ子供を授かることができず、家は断絶してしまう。

 それも悪くない。守り、繋ぐべき家が断たれるとは、家主にとってはこの上ない絶望だろう。

 もし、牧野家が犯人ならそういう復讐も悪くない。


「この多様化した社会において、あなたの考えは時代遅れだと思いますが」


「この皺のある顔と白髪を見ればわかるでしょう」


 グラハムさんは吐き捨てるように言うと珈琲を口に付ける。


「申し訳ございませんがあなたの頼みは聞けません」


「そうですか。困りましたね」


 グラハムさんは深く溜息を吐き、頬杖をつく。

 その時、袖が下がり、今まで隠れていた黄色のブレスレットが露わになる。そのブレスレットは一部が欠けていた。

 そのブレスレットを見た時、私は見たことがないはずなのに既視感を覚えた。あの日の惨劇と一緒に。

 あの時、両親が死んだ現場に落ちていたアクセサリーの欠片。それも黄色で、色合いも全く同じだ。

 そして、あの欠片の断面とグラハムさんの欠けたブレスレットの部分がよく似ていた。


「つかぬことを聞きますが、そちらのペンダントは?」


「あぁ。これは昔、杏奈様から頂いた物です」


 すると、グラハムはブレスレットを手の上に置き、余程大事な物のようで愛おしそうに見つめている。


「一部……欠けていますね」


「えぇ、事故にあった際に欠けてしまいまして」


 グラハムさんは残念そうな表情を浮かべる。

 その対面にいる私はこの上ない笑みを浮かべているだろう。

 そうか。どうりで製作元がわからないわけだ。所詮は子供が作ったもの。世に出回るわけがない。


「……ありがとうございます」


「はい?」


 私は小声で礼を言い、立ち上がる。そして、足早に喫茶店から去る。

 もうあそこにはいられない。だって、笑いをこらえらえないから。あのまま話していたら、不審に思われる。

 足取りが恐ろしいほど軽い。そんな足取りで閑静な住宅街へと入る。

 ふと、カーブミラーに視線を移す。私の後をグラハムさんがついてきていた。きっと、強引な手を使ってでも杏奈と引き離したいのだろう。

 人気のない場所に自ら移動して、グラハムさんはほくそ笑んでいるだろう。でも、違う。鴨が葱を背負って来たと思うのは私。笑うしかなかった。

 私はある場所に向かって、入り組んだ住宅街を駆ける。

 角を七回ほど曲がり、天海家にとって馴染みのある建物の前に着いた時、私は電柱の陰に隠れる。

 そして、バックからネット通販で取り寄せたスタンガンを取り出す。

 間もなくして、角からグラハムさんが息を切らしながら現れた。

 その瞬間、グラハムさんの首に最大威力のスタンガンを当てる。

 グラハムさんは悲鳴を上げる暇もなく、体を震わせ地面に倒れる。

 すかさず、バックから必要ないプリントを丸め、口の中に詰め、イヤホンのコードで手を縛り上げる。

 完全に拘束したところで私はグラハムさんを引きずり、目に前に建つ、廃工場へと運んだ。

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