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愛憎  作者: 島下 遊姫
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十一話

 長く一緒に過ごすなかで彼女の優しさや、美しさに不本意ながらも段々と惹かれていった。

 そして、中学三年の修学旅行の夜。私の人生は大きく歪んだ。

 宿泊先で私と杏奈は同室になった。それも基本的には一室三名なはずが人数調整のおかげで二人で一夜を過ごす羽目になった。

 クラスメイトからは二人だけとか部屋が広く使えていいとか、ゆっくり寝れそう、親友同士ならいいだろうなど羨ましがられたが、どうせ皮肉だろう。

 この頃にはクラス……いや、学年の女子生徒達から同性愛者扱いされ、露骨に避けられていた。

 正直、誤解されるのも無理はない。確かに学校にいる時間の殆どが杏奈と一緒なのだから傍から見れば親友以上を越えた関係に見えるのは明らか。 

 別に私は気にしないようにしていたけど、流石に仇とされる娘と恋人関係であると言われると完全に無視はできず、落ち着かない。

 それに私とは反対に相変わらず杏奈はずっと気にしているようで、それも拍車をかけていた。


「ゆーきこ!」


 そんなことを考えて迎えた夜。

 私はベッドの上で読書にふけっていると杏奈はまるで構って欲しい猫のように私のベッドに無理矢理入ってきて、背後から抱きしめてくる。


「折角の夜なんだから楽しもうよ」


「嫌よ」


 素っ気なく言い、杏奈を払う。


「なら、一緒に寝ようよ」


「暑い。自分のベッドで寝てよ」


「嫌よ。折角の修学旅行なんだから」


「理由になってないから!」


 私はしつこい杏奈に呆れ、本をパタリと閉じ、溜息を吐く。どうせこのまま拒否しても、杏奈は仔猫のようにずっと抱き着いたまま離れないだろう。


「勝手にすれば」


 そう言い、私はベッドに潜り込む。


「優しいのね」


 背中に杏奈の温もりと別人と築いた懐かしさを感じる。

 不意に昔を思い出してしまう。小百合が怖い夢を見て、一人で眠れなくなった時、よく私の背中を抱いていた。

 涙が零れそうだ。私の記憶の中の小百合は小学生のまま、成長が止まっている。今も生きていたら私と制服を着て、同じ中学に通っていたはず。

 でも、それはもう……来るはずのない未来。


「ねぇ、由紀子?」


「何?」


「将来の夢とか……ある?」


「……そんなものないわ」


 吐き捨てるように答える。

 未来なんて持てなくなったのはあなたの家が関係しているかもしれないのに。

 私には未来はない。必要ない。家族を奪われた時点で明るい未来は閉ざされた。例え、結婚しようと何をしようと祝福してくれる家族はいない。それが何よりも苦しいことか。

 それに未来なんて不確定なものに希望を抱きたくない。

 当たり前だと思って日常がいつの間にかに奪われることがあるから。必ず明日を迎えられる根拠なんてこの世界にはない。

 私はそれを身を持って知った。


「私は……普通の女の子になりたいの」


「普通の……」


「私のお家って結構大きなグループ企業でしょ。私はその跡取りとして教育されたり……」


「そうなのね。大変そう」


「勉強も厳しくて、友達と共に自由に遊べないの。それに許嫁だって決められて、自由に恋愛もできない」


 杏奈の言葉が私の心に響く。

 昔の私によく似ていた。厳しい教育に嫌気が指していた時期もあり、家の用事が忙しくて、友達と遊ぶ機会は少なかった。許嫁に関して、父はとやかく言ってはいなかったけど、場合と時期によっては許嫁を用意されていてももおかしくなかった。


「でも、仕方ないのよね。特に恋愛に関しては……私が悪いから」


「杏奈?」


 珍しく、元気が取り柄の杏奈がナイーブになっていることに私は驚きを隠せず、不安になってしまう。


「……折角の夜なのにごめんなさい。もう寝るわ」


 そう言って、杏奈は静かに眠りについた。

 私の心にモヤモヤとした霧が渦巻いていた。

 杏奈の苦悩を共感できてしまうこと。それに恋愛に関してはというのも気になり、私にとってはどうでもいいことなのに深く考えてしまう。

 気になり始めてから、寝つきが悪くなった。短針が三週したのに私の意識ははっきりとしている。

 どうして、杏奈に肩入れしてしまうのか。彼女は仇の娘だ。不幸になろうが関係ない。でも、悲しい声色や苦しい表情を見ると私の心が苦しくなる。


「私は何を考えて!」


 私は己の愚かさに驚き、思わず起き上がる。まるで小百合に対する感情を杏奈に向けていた。

 悲しみ、悩む小百合を私は何度も助けた。それを今度は杏奈にやろうとしていることに気づいた。

 馬鹿な。私がこんな苦しい思いをしているのは杏奈の父のせいだ。仇の娘に情が移るなんて……!

 私はこの憎しみが偽りでないかを確かめる為、杏奈に馬乗りになる。そして、細い首に手をかける。

 憎いならこのまま殺せるはず。手にグッと力を入れる。

 しかし、絞めようとする手がまるで拒絶するかのように小刻みに震えて、力が入らない。

 そして、心の中で誰かが訴えかけてくる。彼女を殺す意味はないと。

 そうだ。冷静に考えてみれば杏奈はただ仇の娘であり、彼女自身が私の家族を殺したわけではない。

 全く罪のない汚れのないただの人間。

 首からゆっくりと手を離す。


「わからない。何を……どうすれば……」


「由……紀子?」


 自分自身が見えなくなり、途方に暮れたその時、名前を呼ばれ、背筋に寒気が走る。私は恐る恐る、杏奈に視線を向ける。

 全身から血の気が引く。

 杏奈はぱっちりと目を開け、私の顔を凝視していた。

 当たり前だ。馬乗りになって、力を入れていないとは言え、首に手をかけて目覚めないわけがない。


「これは……」


 視線を逸らし、苦しい言い訳を吐こうとするが、頭の中はまるでこんがらがった毛糸ように思考が絡まって、言葉が全く続かない。

 すると、言い訳を発する前に杏奈は逃がさないと言わんばかりにゆっくりと私の首の後ろに腕を回す。

 もう、お終いだ。きっと私は殺人未遂として逮捕されるでしょう。

 それも悪くないかもしれない。

 いつ、人を殺すかわからない獣は織の中に収監された方が世の平和の為だ。

 私は覚悟を決めるように瞳を閉じる。


「もう……寝込みを襲うなんて大胆ね」


 しかし、杏奈は私の罪を糾弾することはなかった。

 逆にそっと抱き寄せてくる。気づいていないのだろうか。

 恐る恐る、瞼を開け、杏奈の様子を確認する。

 月明かりに照らされた杏奈の表情は恐怖で青ざめておらず、寧ろ、仄かに紅潮していた。


「月が綺麗ね」


 杏奈は不意に窓の外を見る。空には全てを見通していると言わんばかりに満月が浮かんでいた。


「そう……だね」


「……通じてないわね。本当、朴念仁ね」


 杏奈は深く溜息を吐く。

 そして、大きく息を吸って


「私は由紀子のことが好き。LikeじゃなくてLoveのほう」


 と告白する。


「……」


 その時、世界が静止したように感じた。

 まさか、仇の娘に告白されるとは思ってもみなかった。

 そして、杏奈の言うノーマルの意味が、噂を過剰に気にして、恋愛に関して悩んでいる理由がわかった。

 噂は的を得ていた。

 杏奈は確かに普通ではない。普通でないから同性であり、嫌っていると宣言している私を好きになったのか。


「何故、私……なの?」


「わからないわよ。でも、好きになってしまったから……」


 杏奈は瞳に涙を溜める。


「ごめんなさい……好きになって。拒絶しても……私は怒らないから」


 苦しむ杏奈を見て、事の重さを理解した。

 この告白はきっと杏奈にとってはとてつもなく、重要なことなのだろう。拒絶すれば杏奈は唯一の友達がいなくなり、本当に孤独になる。

 最悪、私の口から杏奈が同性愛者であることが広まる危険性もある。それはいじめっ子に口実を作らせることになり、きっと虐めは激しくなる。でも、助けてくれる人はいない。

 地獄のような展開。

 しかし、心の片隅では杏奈は私に拒絶されることを望んでいるかもしれない。そんな気がした。

 厳しい風当たり、苦しみを受けることで自分を憎み、無理矢理「ノーマル」になろうと矯正しようとしているのかもしれない。


「杏奈……」


 怒涛の展開に私はただ唖然とするしかなかった。

 どうして、私は苦しまなくてはいけないのか。

 杏奈が仇であればつくづく楽だったのに。それなら今すぐにでも突き放して、その細い首を絞めて殺せば全てが解決する。


「私は……」


 告白を拒めば、少なくとも今の私は多少救われる。心が僅かにスッキリするだろう。

 だけど、それは愚者の考えだ。将来のことを考えては私は拒絶できない。いや、するメリットがない。

 ずっと天使と悪魔が耳元でささやいてくる。

 天使は愛する人を救いなさいと。

 悪魔は復讐の為に利用しなさいと。

 良心を取るか、両親と妹の仇を取るか。この選択がどちらか一つ だけならどれだけ良かっただろう。

 残念なことに両方取れてしまうから、私は最低な選択を取ってしまった。


「愛してるよ。杏奈」


 私は首を絞めようと手で杏奈をきつく抱き締める。

 そして、唇を重ね、私達は恋人になった。

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