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悠久の絆  作者: 瀬生莉都
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第1章 その4

 その一帯は人里離れているにもかかわらず、異様なほどの熱気に満ちていた。ところどころに掘っ立て小屋が設けられ、宿や売買をする店の役割を果たしている。

 西の街道から外れ急勾配の山の中に入った場所だというのに、人の往来が激しかった。

 誰もが瞳を輝かせ、崩落して新たに現れたという洞窟に向かっていくのだ。とてもこれから冬を迎えるとは思えない熱さに包まれている。

 道の端で馬を降り、ぼんやりと人の行き来を眺めていたデュエールだが、埃っぽい空気にふとため息をついた。

 ――これでは期待できないかもしれない。

 さすがに王都には及ばないが思った以上の人出だ。こんな落ち着かない場所にエルティスが姿を隠しているだろうか。



 山間部の集落から王都へ帰還したデュエールがようやく得た噂が、遺跡に現れた謎の光についてだった。

 西の街道から枝分かれした道を辿り山岳部へ入り込んだところに、かつて古代文明があったとされるシーメル遺跡群がある。山肌に露出するそれらの洞穴や建物跡は、貴金属や鉱石の類から歴史探求のための発掘物に至るまで様々なものが出土する。

 いわゆる冒険家と呼ばれる一攫千金を狙う人々が狙うのはそういう遺跡で、ファレーナ王国の西部に存在するシーメルもそうして発掘しつくされた場所なのだった。めぼしいものが見つからず放置されていたその地に最近変化があった。

 山肌の一部が崩落したために新たな洞窟が幾つか見つかり、それを目指して再び人々が集まりだしたのだ。そしてその人々の中から伝えられた話が、遺跡に突然起こった光の件である。


 洞窟が数多く見られる絶壁の最高部に辿り着いたある遺跡荒らしが見たという。

 その男は、まだ誰も足を踏み入れていない洞窟を捜して上へ上へと急斜面を上がっていった。地上よりも絶壁の天辺の方が近い、そんな高さまで辿り着いたとき、彼は身を隠すように口を開けていた穴を見つけたらしい。

 何か金になるものはあるだろうかとその男が一歩踏み込んだところで、洞窟の奥から昼間の太陽以上に明るい光がこちらに向かって襲い掛かってきた。風のような衝撃に男は勢い余ってまっ逆さまに落ちるところだったとか。

 なんとかもう一度洞窟に入り直した男が隅々まで探索してみたところ、金目のものはおろかその光を生み出すようなものは何ひとつない真っ暗闇の洞窟だった。


 ――とかいつまめばそのような話だ。

 本人から話を聞いたわけではない。誇張もあるし、語り手が面白く脚色した部分もあるかもしれない。

 それでも、その不思議な出来事が何かエルティスに関係していないかと、手がかりがつかめないかとデュエールはここまでやってきたのだった。

 おそらくはこれが今年最後の探索になるはずだ。これ以上冷え込んでは野外に寝るのは難しい。その上路銀も乏しくなってきていて、この冬は支度を整えるために王都にとどまることになりそうだった。



 この人の数では、エルティスがどこかに身を隠しているとは考えにくい。

 絶えることのない人の流れにデュエールはそう考えた。そろそろこの人ごみに辟易している自分を自覚する。

 遠い昔に探索し尽くされて捨てられた洞窟もあるかもしれないが、そこにだって決して人が入っていかないという保証はないのだ。

 調査団が入り込んで以前からある洞窟も含めて大々的な調査を行うらしいという話も現に聞こえている。だからこそ大勢の遺跡荒らしたちが精力的に活動しているのだ。

 これだけ人がいれば、もしエルティスが隠れていても誰かしら姿を見ているのではないか。あの銀髪は相当に目を引くような気がする。

 そして遺跡荒らしと呼ばれる探険家たちはそれこそ世界中を巡り歩くことを生業としている。何かエルティスを探すための情報を得ることはできないだろうか。

 突然湧き上がってきた考えに、デュエールは気を取り直す。洞窟の探索から情報収集へ方針を切り換えると馬の手綱を引いて人ごみの中を歩き出した。



「あやしい人影ねえ……」

 急ごしらえの宿屋の一角では客がおらず暇をもてあそんでいる酒場の主人がおり、デュエールの話し相手をしてくれた。遺跡探索に来たのではないと話したら、好奇心丸出しの様子で何しに来たのか尋ねてきたほどだ。

 どこまで話していいものかデュエールは迷ったが、結局人気のない場所に身を隠しているらしいある人物を探している、という説明で落ち着いた。『人』の情報を手に入れるには今までのように『探し物』で済ませるわけにはいかなかったのだ。

 主人は思い返すように宙を見つめている。

「うーん、聞かないな、ここらでそういうのを見たなんて話は」

 デュエールは続けて王都で聞いた噂話が本当かどうか確認してみた。

 結果は期待通りというべきか期待はずれというべきか。その光が現れたのは日が沈む間際のことだったという。しかし、その噂を聞いた人々が既に何人もその最高地点の洞窟に挑戦していたようで、何もないただの小さな穴だということは確からしい。もちろん人が隠れるような隙間がある様子もない、ということである。

 これでまた振り出しに戻ったわけだ。デュエールは心の中でため息をついた。


 話を聞いてそのままその場を去るわけにはいかない。酒の飲めないデュエールは簡単な食事を注文することにする。

 誰一人客がいないのでほとんど待たずに湯気の立つ皿がデュエールの前に届く。それを食べながら、デュエールは辺りを見回した。今は主人と話すためにカウンターにいるが、周りにはいくつかの丸テーブルが点在している。夜になれば探索に出ている人々が戻ってきて賑わうのだろう。その時間に聞いて回るのも手だろうか。

「ところで、その探してる人ってのは、どんな人なんだい?」

 コップに新しいお茶を継ぎ足しながら、主人が聞いてきた。

「え?」

「わざわざ人目を避けて潜んでるってんだろ? 単なる一般人じゃあるまい」

 デュエールは説明に窮して考え込む。なんと言えばいいのか。

人のいないところに隠れ住むというのはつまりは世捨て人ということだ。何らかの事情を持って人目を避けているわけで、捜す方にもそれなりの事情があるということになる。

 デュエールは必死に言葉を探したが、何もいいものが見つからず、食事の手を止めて固まってしまった。

 不自然に長い沈黙に主人も何かを悟ったらしい。デュエールの答を聞く前に苦笑いをしてみせた。

「まあ、訳ありだろうな。この辺じゃ詮索されたくない話題はなるべく振らないほうがいい。たむろしてる奴らはそういう面白そうなネタに食いつく奴らばかりだからな。特に探しているのが女なら気をつけるこった。男ばかりだからな、先回りして探し回られる可能性もある」




 見上げても見上げても途切れることがない絶壁が続いている。デュエールが首が痛くなるような思いで視線を上へ向けていくと、雲に覆われて色を失った空がようやく覗く。

 地上から延々と続く緩やかな坂のところどころに人影が動いているのが見えた。

 それは上へ向かうほど密度が濃くなる。土が崩落して新たに出現した遺跡というのはどうやらすべて上の方にあるらしかった。そしてひときわ人が集まっているのが、王都にまで噂が届いた、光が放たれた洞窟である。

 あれでは。

 遠目でではあるが、その光景を見てデュエールはため息をついた。

 例えエルティスがあそこに隠れていたとしても、もう既に姿をくらませているだろう。

 余程興味を引かれた連中が多いということなのか。デュエールの脳裏に先ほどの宿の主人の言葉が蘇る。

(ここで情報収集は、しないほうがいいかもしれない)

 雨が降る様子はないが、たとえ雨が降ったとしても彼らが引き上げることはなさそうだ。

 ひとつの洞窟に群がる人々から目をそむけ、デュエールは心の中で呟いた。

 主人のささやかな助言に従ったというのが正しい。交渉のような機微を必要とするやり取りはあまりデュエールの得意とするものではなかった。経験だってそうそうあるわけではない。

 確かに彼らの持つ情報はエルティスを探すにはとても貴重なものかもしれない。

 それでも詮索を受けて無用な好奇心を刺激するだけだと判断したのである。探しているのは女性でしかも普通の容姿ではないとくれば、たぶん主人の言葉通りに冒険者の男たちが面白がって探し回るに決まっている。

 今の自分でさえエルティスに会うことができるかもはっきりしないのに、余計な邪魔をされてはたまらない。



 散々逡巡した挙句、デュエールは結局泊り客が現れないうちに引き上げることにした。

 こうなればあとは用はなくなってしまったわけで、デュエールは王都に向かって馬を走らせていた。既に太陽は中天を過ぎたが、今から戻れば夜も遅くならないうちに街道に出て一つ目の旅人小屋へは着けるはずだ。

 防寒具に身を包んでいるとはいえ、馬で走る速度だ、通り過ぎる風は冷たい。北の街道と西の街道を比べることはできないが、それでも夏の頃より人通りが少ないと思えるのは、やはりこれから凍える季節へ向かっていくせいなのだろうか。

 時折視界に映る木々の葉は落ちているものが多く、遠くに見える森の緑の影も薄い。朝には街のいたるところを覆う草木に霜が降りていることもある。

 一日一日確実に冬に近付いているのだ。

 あの夏の頃の姿で消えてしまったエルティスはどうやって冬の寒さに耐えるというのか。

 想像しただけで心のどこかが痛みを訴える。

 しかし、冬の間探索を強行できない自分の力のなさも、デュエールは同時に痛感しなければならないのだ。



 思考を振り払うようにデュエールは前を見据えた。と、その視界を何か小さなものが斜めに過ぎっていく。

 頬に何かが触れ、一瞬で掻き消えた。

 慌てて馬の足を緩めたデュエールの目の前をひらひらと白いものが舞い降りていく。

「雪だ……」

 それは今年初めての雪。

 見上げると鈍色の空に小さな花びらのような雪が踊っていた。シーメル遺跡群で見た空よりも暗い雲で全天が埋め尽くされている。

 山脈の中腹にあるルシータでは、もしかすると既に積もっているかもしれない。これから数ヶ月、ルシータは山道を雪に阻まれ外界とほぼ隔絶される。そして年を越して雪が解け始める頃に、デュエールとエルティスは生まれたのだった。

 仕事のせいであまりルシータにいないデュエールでも、冬の間は他の街に行くことがない。だからミルフィネル姫の生誕の祝いにも出ていたし、エルティスと自分たちの誕生日を祝うこともできたのだ。

 しかし、次の誕生日は――。

 背に乗せた主人の様子を感じてか、馬の歩みが静かに止まる。

 空を見つめたまま視線を逸らすことのできないデュエールの上に音もなく雪が降り注いでいた。




 雪と氷と凍える風が大地を包む冬。

 陽射しが暖かくなるまでの数ヶ月は長い。



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