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 アンフィールド・カレッジが社会階級によってクラス分けされるのは、身分によって必要とされる授業が異なるから、という理由が大きく、待遇に差が出ることはあまりない。

 さすがに王子やエリザベスのように特別な身分にある者は別だが、できるだけ平等に遇することが不文律になっている。

 フランとケイティのクラスは、三等以上の勲位を持つ騎士から子爵までの爵位を持つ者の子女が所属している。平民が叙爵される際に与えられる称号もこの中のいずれかなので、学園内でもっとも新興貴族の割合が多く、新旧の派閥争いがもっとも激しいクラスだった。

 フランとケイティも新興貴族の部類に入るが、どの派閥にも属さず、誰にでも分け隔てなく接していたが、ヴィオラと親しかったため、同類からは冷ややかな眼で見られることが多かった。

 それでもこの派閥が敵視するのは旧弊な貴族に限られ、フランに悪意が向けられることはなかったのだが、最近はそうではなくなった。

 特に辛辣なのは新興貴族の中でも急進的な派閥に属する、とある子爵家の令嬢だ。

 今日も、ヴィオラと別れたフランとケイティが教室に戻ったなり、いきなりつかつかと歩みよると、剣呑な表情を浮かべて突っかかってくる。


「またあなたはレディ・ヴァイオレットのところへ行っていたのね。ヴィクトリア家のおこぼれで今の地位があるとはいえ、ご主人様に尻尾を振ることしか能がないのかしら?」

「そんな……私は別にそのようなつもりは――」

「まあなんて白々しい!」


 彼女の父は枢密院で書記官を担当しており、旧弊な貴族の力を減らすためには武力行使も辞さないと豪語していて、娘もその考え方に強く共感している。


「あなたの身勝手な行動で私たちがどれだけ迷惑しているかわかっているの? 新興貴族の恥ね!」

「なにもそこまで仰らなくても……」


 ケイティが宥めようとするが、相手は聞く耳を持たない。


「お黙り! 騎士ふぜいが私に口出しするんじゃないわよ!」


 激しく威圧されて、思わず口を噤んでしまう。

 治安上の理由でヴィオラのような大貴族の生徒は、こちらの棟へは立ち入りを禁止されているのでいつものような訳にはいかない。この令嬢もそれをわかって安全圏から攻撃しているのだろう。

 周りの生徒は、巻き込まれるのを恐れて我関せずを決め込んでいる。

 これは相手の気が済むまで言われるがままでいるほうが良いのか……と、諦めかけていたその時、意外なところから助けが入った。


「どうしました? なぜそんなにお怒りになっていらっしゃるのですか?」


 ゆっくりとした足取りで近づいてきた人物に、全員の目が奪われた。

 漆黒のストレートロングヘアに、羽根飾りのついた髪留めをつけた少女。ヴァージニア・ヴァレンタインだ。

 令嬢はまったく悪びれずにこう言った。


「この方達に分別を弁えるようにお願いしているだけですわよ」

「ですが公の場でするには声が大きすぎるのではありませんか? 周囲の方々も驚かれていましたし、それこそあなたのほうが分別をなくされているように見えましたよ」

「なっ……!?」


 痛い所を突かれ、思わず絶句してしまう。


「それに旧弊な貴族が新興貴族を見下すのを批判しているのに先ほどのそちらの方(ケイティ)に対するご発言はいかがなものでしょうか」

「くっ、もういいわよ!」


 令嬢は反論することを諦めたようで、苦々しそうにフランのほうを一瞥すると、逃げるようにして遠ざかっていった。


「あの、助けていただきありがとうございました」


 ケイティとフランはジーナに謝意を込めて深々と頭を下げる。


「いえ、いいのです」


 ジーナは手短に返事をすると、二人に近づいて、周りに聞こえないように小声で話を続ける。


「ヴィオラ様から遣わされました。お二人に危害が及ばないよう、ヴィオラ様の代わりにお護りいたします」

「ヴィオラ様が?」


 フランがオウム返しに訊く。

 二人はジーナのことは、以前ヴィンセント王子と噂になった事しか知らず、ヴィオラとの関係は知らない。

 ヴィオラはランチタイムの後、ロディを仲介にして密かにジーナと会い、フランが教室で嫌がらせを受けないよう見張るよう頼んだのだった。

 そのことをジーナが説明すると、二人はしきりにヴィオラに称賛の言葉を送った。


「本当にヴィオラ様には感謝の気持ちしかありません。ご自身のことではないのにここまでしてくださって」


 フランが遠い目で呟くと、ジーナがこう付け加えた。


「そうそう、ヴィオラ様からの伝言で、『いざという時はシルバーマンが助けにくるから心配はいらない』とのことです」

「は?」




「フッフッフ……今のところ作戦は成功しているようだな……」


 ウィルソン・ヴェナブルズは、例のごとく人気のない草むらに隠れながらほくそ笑んだ。


「ヴィクトリア家を衰退させるには外堀から切り崩せとの父上のご命令通り、まずはエドワーズ準男爵の娘に嫌がらせを仕掛けたが、あのヴァイオレットの動揺ぶりは予想以上だった。自分の災難には疎いが、それが仲間になると異常なまでに怯えてしまうという噂は本当だったんだな。このままヴィクトリア家に味方している限り、嫌がらせが続くとわからせてやればエドワーズの娘は離れていくだろう。新興貴族の仲間に協力を申し入れると、むしろ進んでエドワーズの娘に嫌がらせをしてくれた。彼女たちにとってもヴィクトリア家に味方する者は敵なんだな。よし次はポールソンの娘にも嫌がらせを仕掛けよう。これを拡大していけばヴィクトリア家に味方するどんどん貴族は減っていくだろう。もう少しだ、もう少しで目的が達成できる。僕も父上からたっぷりと褒美をもらえるぞ、フッフッフ……。

 それにしても……なぜ僕はこんな独り言を言っているのだろう? どうしてこんなふうに誰かに説明するように長々と話しているんだ?」


 ウィルソンは解せない面持ちで辺りを見回した。どこを見ても、そこには誰一人見当たらなかった。

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