時計台の秘密⑨
⑨時計台の秘密
「マスターは、どう思う?」
アランはいつもの喫茶店にいた。
マスターは、ちらちらと人間の姿のシャーナに視線をやりながらアランの質問に答えていた。
「まぁ、そうだな。相手はかなりの手練れかもな。」
シャーナはアランの背中からマスターをずっと睨んで警戒していた。
その様子はまるで敵視しているようだと感じた。
「こら!シャーナ、そういう目をしないの。マスターは僕の恩師でもあるんだから!」
アランはシャーナを叱った。そして店内を見ていろ、と背中にしがみつくシャーナを無理矢理に引き剥がした。
その際も、シャーナはマスターから視線を逸らさずにしばらく警戒していた。
「マスター。このグループのことは知ってる?」
カロットから特別に貰った、指名手配されている黒いマントの盗賊グループの写真を見せた。
マスターは、アランが注文したピラフとコーヒー、シャーナ用のミルクをアランの前に出した。
「地下水路に住んでいる連中に知り合いはいねぇなぁ。」
マスターの返答を聞くと、アランは残念そうにしながらピラフを口に運んだ。
ふと店内を見ていたシャーナが突然、口を挟んできた。
「でも何にも知らないわけでは無さそうね?何かしらは、知っているんでしょ。」
店内が一瞬にして静まりかえった。マスターは口角を上げてにやりと笑った。
「お嬢ちゃん、鋭いね~。でも、そう簡単に教えるわけにはいかねぇなぁ。こちらも一応、情報屋ですので。」
シャーナは不機嫌そうにアランの隣に座った。
アランはマスターの反応を見て、不満そうな顔をしていたがすぐに何か閃いたように不敵な笑みを浮かべた。
「交換できる、とっておきの情報がある。」
シャーナはコップを両手で持ちながらゆっくりミルクを飲んだ。
「珍しいな。知り合いの少ないアランがそんな自信満々に語れる情報があると?とりあえずそれを聞いてからこちらの情報と釣り合うか決めようか。」
マスターは興味津々だった。アランは自信満々にそっと口を開いた。
「あんた、ティアラの情報を売るなんて最低ね。」
人間の姿のシャーナは、呆れたように隣を歩くアランに声をかけた。
「しょうがないよ。結果的にマスターとの交渉に成功したんだから結果オーライでしょ?」
アランは満足そうに言った。シャーナは肯定も否定もせずに言葉を続けた。
「まさか、他にもティアラの情報売って情報収集していないわよね?」
アランはシャーナをじっと見つめて微笑みながら軽く言った。
「さあね。」
シャーナはその返事を聞くと深くため息をついた。
しばらく街を歩いているといきなりアランは立ち止まった。
隣を歩いていたシャーナはアランの顔を見ながら言った。
「急に立ち止まってどうしたの?」
「今、あそこの曲がり角から黒いマントの奴がこっちを見てた………。」
アランはそれだけ言うと真っ先に駆け出した。
「ちょ、アラン!」
シャーナはアランに続いた。しかし曲がり角には誰もいなかった。
まだ近くにいるかもしれないと必死に路地を進んでいった。
すると、黒いマントを頭からかぶった敵が行き止まりでこちらを向いていた。
アランは内心追い詰めたと思っていた。しかし、それは大きな間違いだった。
「アラン!」
シャーナの叫び声で後ろを振り向くとすでに数人に囲まれていた。
しばらく無言でどうこの状況を切り抜けるか模索していたが、じりじりと敵が近づいてきて一斉に襲い掛かってきた。
シャーナは即座に猫の姿に戻りながら壁をつたって、屋根の上に逃げた。
敵はシャーナを見上げて驚いていた。アランは、とりあえず敵を刺激しない程度に攻撃を避け続けた。
しかしふと黒い少年が頭によぎり一瞬の隙が出来てしまった。
敵はその隙を見逃さず、アランは敵の一人に右腕を掴まれた。
「アラン!」
シャーナは、咄嗟にその男の腕に向かって飛びつき、噛み付いた。
敵は突然のことに驚き、アランの腕を放した。
しかし敵は腕に噛み付いてきたシャーナを力いっぱいふっ飛ばした。
アランは、すぐに体勢を立て直し、シャーナをかばうように一緒に壁へ激突した。
周りに砂埃が舞った。
アランが片目をゆっくりと開けると、目の前に敵がシャベルを振りかざそうと立っていた。アランは間一髪シャーナを抱き抱えながら攻撃を避けた。
シャーナを屋根の上に逃がすために腕を伸ばした。
アランは息が上がり限界にきていた。ちょうどその時だった。
「アラン様っ!」
敵の反対側にエプロン姿のティアラが物騒なものを持って立っていた。
アランは青ざめながら力いっぱい叫んだ。
「ティア、危ないから逃げろ!」
ティアラはアランの言葉を無視した。
昨晩、お城に置いてきたことを根に持っているようだった。
ティアラはその物騒なものを力いっぱい振り回していたが、すぐに数人の敵に囲まれ捕まってしまった。
「ティアっ!」
アランはティアラの名前を叫ぶことしか出来なかった。
ティアラは必死に抵抗していたがその抵抗も虚しく口と鼻を布で覆われ気絶させられてしまった。
「ティアラっ!」
シャーナは敵がいるのをお構い無しに屋根からティアラを掴んでいる敵に飛びついた。
しかし、それもすぐに周りにいた敵に捕まった。
敵は最初からティアラが狙いだったかのように彼女を拘束し、連れ去った。
シャーナも捕まり、絶体絶命だったその時、よく知る声がシャーナを掴んでいる男の後ろから聞こえてきた。
「その黒猫を放してもらおうか。」
カロットは容赦なく刀を振りかざした。
シャーナはその隙にアランの方へ逃げ出した。アランは身体に力が入らずその場から動けなかった。
カロットは、圧倒的な強さで近くの敵を成敗していった。
周りに敵がいなくなり、静かな路地が戻ってきた。
カロットはゆっくりとアランとシャーナの近くへ歩いてきてアランを見下ろす形で立った。
「アラン、立て。甘えるな。貴様は取り返しのつかないことをした。」
猫の姿のシャーナは、怯えるようにアランの腕の中に顔を埋めた。
アランはカロットから目を離さなかった。
しばらく見つめ合っていたがカロットはゆっくりと刀を納め、アランへ優しく手を伸ばした。
「はぁ……。情けないなぁ。ほら、立てるか?」
しかし、アランは首を大きく横に振った。
「カロットさん、本当に申し訳ありません。僕の力不足です。カロットさんの手を握る資格は今の僕にはありません。」
目線を下に向け、悔しそうなアランの様子を見て、シャーナは小さく鳴きながらアランの傷を舐めた。
カロットはアランの目線までしゃがみ込み、そっと自分の肩へ頭を抱き寄せて背中をさすった。
「辛かったな。もう少し私も早く来れば………ごめんな。」
カロットはボソッと呟いた。
しばらくアランは、息が整うまで顔を埋めてカロットにもたれかかっていた。