時計台の秘密⑧
⑧時計台の秘密
そこまでっ!
全ての筆記試験が終わった。アランは心の中で大きなため息をついた。
アランは数時間教室に監禁される学校がとても嫌いだった。
基本的に自由が好きなので全員で、同じところで同じことをすること自体、苦痛でストレスなのだ。
筆記試験は機械で採点され数時間したら、すぐに順位を合わせた結果が返される仕組みになっている。
試験が終わり、少し遅めの昼食に向かう生徒の大群をかき分けて、アランはすぐに学校を出ようとした。
しかし、運悪く先生からちょっとした仕事を頼まれ、仕方なく図書館へ向かうことになった。
普段学校に来ないアランだが、大学の図書館は時々使っていた。
街の図書館よりは狭いが、アランは学校の中で唯一好きな場所だった。
頼まれた仕事を終わらせると、ついでにそのまま街のことを調べようと新聞コーナーへ向かった。
椅子に座った数分後、一階から声が聞こえてきた。
「試験の速報が出たって。」
「図書館では大声を出さないでください!」
どうやらさっきの試験結果の速報が出たようだ。
アランはゆっくりとカバンから端末を取り出して、サッとデータの結果に目を通した。
全ての科目を確認すると満足そうに端末を閉じた。
それから数時間、アランは最近の街で起こった事件を片っ端から調べた。
すると最近は少し治安が悪いようで、ひったくりや不審火が続いているような記事が多かった。
それが全て同じ集団によるものと断定している記事があった。
「黒いマント集団?」
アランは、眉をひそめながら調べ続けた。
その数時間後、アランは地下水路を歩いていた。
もちろん目当ては黒い少年だった。地下水路は暗く、いつもに増して不気味だった。
前回シャーナを見つけた場所の近くへ来た。
前は両脇にランプが付いていたが今は割れていたり無くなっていたりと悲惨な状態になっていた。
「おーい!」
アランは何も無い空間に向かって声を発してみたが、自分の声が反響して返ってくるだけだった。
過去に黒い少年が座っていた場所も、ただの石が置いてあるだけで閑散としていた。
ふと周辺を見渡すと、黒い少年が着ていたマントが綺麗に畳んで置かれていた。
それは不自然で、まるで誰かがここに来ることを予測されていたかのように感じた。
アランはそれをゆっくりと手に取り、じっと見つめた。
「あいつ………。」
アランの呟かれた言葉は、暗闇に吸い込まれた。アランは地下水路を進んでいった。
アランはこの前と同様に、窓からティアラの部屋へ入った。
「アラン様!」
いち早く気がついたのはティアラだった。
「シャーナ、おいでっ。」
猫の姿のシャーナは黙ってアランの胸に飛び込んだ。
「シャーナを預かってくれてありがとう。」
アランは、ティアラにお礼を言った。
「こちらこそ、楽しかったです。それで………どうでしたか?」
「事態は思っていたよりも深刻かもしれない。」
アランは目を伏せたまま言った。
「そうですか……。王国が本気で排除しようとしているみたいなのです。このままだと街の中で戦争が起きるかもしれない…。」
「ティアはどうしたいの?」
アランは腕の中のシャーナをそっと撫でていた。
「それを止めたいです。お願いです、アラン様、私に力を貸し―――。」
ティアラが言葉を言い終わる前にアランが口を開いた。
「逆だよ、ティア。僕は君を巻き込むわけにはいかない。」
「連れて行ってくれないってことですか?」
「君に何が出来るの?何も出来やしない。」
アランはゆっくりと厳しい言葉を吐き出した。ティアラは悲しそうな顔で言った。
「連れていってくれないのは……私の身分のせいですか?」
「それもある。」
アランは窓の方を向き、ティアラの部屋を後にした。
アランとシャーナはしばらく建物の屋根の上を移動していた。
空は雲が一つもなく月が綺麗だった。
「ティアラのこと、あれで良かったの?」
シャーナは、腕の中からアランの顔を見上げた。
よく表情が見えなかったが、いろんな感情が混ざりあっているように見えた。
シャーナはアランからの返答が無かったので、それ以上何も詮索しなかった。
しばらく無言な時間が続いた。
「あ、時計台。」
ふとアランが遠くを見ながら呟いた。
その方向には大きなレンガ造りの時計台が立っていた。
朝も昼もその時計台は無かった。
誰かの創作物だという噂や辿り着けるのは死期が近づいた者のみという噂がある。アランはその立派な時計台にしばらく目を奪われてしまった。
「私なら行けるのかしらね。」
シャーナが唐突に言葉を呟いた。その言葉にアランは驚いた様子で聞き返した。
「どういう……こと?」
シャーナはアランの腕から飛び降りた。
そして、ゆっくりとアランの顔を見上げながら言葉を続けた。
「私、この先命が長くないの。」
「……。」
「私の種族は短命。私以外の仲間は一人もいない。」
「………。」
ぽつりぽつりとシャーナから吐き出された言葉は、一つ一つが重かった。
アランは、何も言わなかった。いや何も言えなかった。
「ずっと黙っていてごめん。でも言わなきゃなって………ティアラと出会ってそう思った。」
「シャーナ……。」
シャーナは、目線を下に落とした。
「本当にごめんなさい。」
それだけ言い残すと、シャーナはアランに背を向け走り出した。
アランはシャーナに手を伸ばしたが間に合わなかった。
アランは暗い表情のまま、誰もいない夜の街を一人で歩いた。
いくら歩いてもアランの気持ちは重かった。
シャーナのことはなんとなく察していた気もするが、いざ言われると衝撃的だった。
(シャーナのあんな顔、初めて見た……)
普段ポーカーフェイスのシャーナが悲しそうな表情を見せたのは初めてだった。
どのような言葉をかけるべきだったのか、アランには分からなかった。
どれくらい歩いただろうか。いつの間にか街灯に照らされた街の図書館に辿り着いた。
中に入ると見たことのある顔がいた。
「何を執筆しているんですか、カロットさん?」
カロットは後ろからいきなりアランに話しかけられて驚いた。
カロットはいつもとはだいぶ雰囲気が違い、ゆったりしたワンピースを着て眼鏡をかけていた。
「仕事だ、と言っても納得しないような顔をしているな。ただの趣味だ。別に何をしていてもいいだろ。」
カロットは少し慌てた様子でティーカップに口をつけ、顔を背けながら答えた。
「小説を書いているんですね。」
アランは、興味津々にカロットの目の前に置かれた原稿用紙を覗いた。
「もう一度言うが、ただの趣味だからな。」
カロットは恥ずかしそうに原稿用紙を机の端にまとめた。
そしてわざとらしい咳ばらいをしてアランに向き直った。
「何か用があるんだろ?話を聞こう。」
「お察しの通りです。お聞きしたいことがあります。」
アランはカロットの目の前の席に腰を下ろした。
「率直に聞きます。今、この街で起きていることを教えて下さい。」
カロットは表情一つ変えずにアランをじっと見つめた。
アランも見つめ返したが何を考えているのか感情を読めなかった。
しかし、その目は真剣そのものだということだけはなんとなく分かった。
「それを知ってどうする?」
「協力したいです。」
「誰にその情報を聞いた?」
カロットは少し不審な顔をしながら聞き返した。
アランは少々、わざとらしく間を取って返答した。
「ティアラ姫って言ったら信じてくれますか?」
カロットはかなり驚いたようで目を見開き、ため息をついた。
数秒おでこに手を当てて悩んでいる仕草をしたあと、少し嫌そうにこう言った。
「明日の朝六時、この図書館で待っている。」
「了解しました。」
アランは、満足そうに敬礼して席から去っていった。
カロットはアランが去ったあと、さっきよりも大きなため息をついた。
「面倒なことになったなぁ。」
翌朝、アランは朝の日差しを手で遮りながら誰もいない街を歩いていた。
昨日カロットに言われた約束の時間より少し前に図書館へ着いた。
「おはよう。こっちだ、アラン。」
後ろからいきなり声をかけられ振り向くと、そこにはカロットが立っていた。
初めて会った時と同じ、仕事服をきっちり着こなしていた。
「おはようございます。さっき、初めて僕の名前、呼んでくれましたよね?やっと覚えてくれたんですね。」
カロットは、聞こえなかったふりをしてアランの前を歩いた。
(やっぱりカロットさんは、綺麗な人だなぁ。)
前を歩くスタイル抜群のカロットに見とれていると、前から厳しい言葉が飛んできた。
「私についてきたことを後悔するなよ。」
「もちろんです。僕は自分の意思でここにいますから。」
しばらく入り組んだ路地を歩いた。
もちろんその道はアランもよく知る道だった。
そして一つのマンホールの前に着いた。すると上から何か飛んできた。
カロットは咄嗟にそれに反応すると、剣でそれを弾き返した。
警戒して辺りを見回すといつのまにか四方を囲まれていた。
その集団は顔が見えないほど頭から深く黒いマントを被っていた。
アランは、地下水路に住んでいる少年のことを思い出した。
「とりあえず相手をしないといけないみたいだな。絶対、手加減するなよ?油断すると死ぬぞ。」
カロットは背中合わせのアランに声をかけた。アランもカバンから護身用の短剣を取り出した。
「お構いなく。」
アランの一言とほぼ同時に敵が攻撃してきた。
カロットは慣れた刀さばきで相手を倒していった。
一方、アランは相手が振り回してくるものを避けるので精一杯だった。
(短剣で戦うって、流石に厳しいなぁ。)
「この前、私を押さえ込んだあの力はどこいったんだ?」
カロットは、少し余裕そうにアランに話しかけた。
アランは、敵を避け続けながらゆっくりと返答した。
「残念なことに、カロットさん。僕は護身術くらいしかできない、一般人です。」
ふとアランはもう一人の気配に気が付いた。
その相手は曲がり角から様子を伺っていた。よく見ると相手は両手で拳銃を構えて引き金を引こうとしていた。
アランは目を見開きながらその相手に一直線で体当りをした。そのスピードは俊足だった。
バン!
それは誰にも当たらず硬いレンガの壁にのめり込んだ。
アランが相手の拳銃目掛けて足を振り上げると、拳銃は壁にぶっ飛んだ。
しかし、相手が抵抗しようとしたのでアランは相手のみぞおちに一発入れ気絶させた。
「やればできるじゃない。」
カロットが相手をしていた敵も再起不能になって数人倒れていた。
他の者には逃げられてしまったらしい。
「足には自信がありますからね。まぁ、短距離限定ですけど。」
ほぼ敵を片付けたのはカロットだった。
カロットは手袋をはめて、壁にのめり込んだ弾を回収した。
アランはカロットの横でその弾をじっと見つめて呟いた。
「どこでこんな物手に入れたんだろう?」
そう言った瞬間、アランは倒れている敵の一人と目が合った。
何か呪文のようなものを唱えていた。
アランは咄嗟にそれに気が付き、片手で短剣を投げたが遅かった。
それと同時に全員が白い煙に包まれ、倒れた敵が血一滴残さずパッと消えた。
アランが投げた短剣がカランという音を立てて落ちた。カロットと残念そうに顔を見合わせた。
「すみません。逃がしてしまいました。」
「まぁ、しょうがない。収穫は色々とあったからね。」
アランはすぐにカロットと別れた。
路地へ入ると前から人間の姿のシャーナが抱きついてきた。
頭からとびこんできたのでシャーナの表情は見えなかった。
「なんだい、もしかして僕がいなくて寂し………シャーナ?」
いつも通りからかってやろうと思っていたが、様子がおかしいとすぐに気がついた。
とりあえずアランは、シャーナの頭をゆっくりと撫でた。
シャーナは落ち着いたようでゆっくりと顔を上げた。
その時の表情はいつも通りのポーカーフェイスだった。
「何でもない。」
シャーナは素っ気なく答えた。
「シャーナ、まだ何か僕に隠し事をしてない?」
アランはゆっくりシャーナの目線までしゃがみこんだ。
シャーナはすぐにアランから目線を逸らした。
「何で目を合わせてくれないの?」
意地でも逸らし続けるシャーナが面白くて、アランは顔を近づけた。
シャーナはうっとうしそうに目を腕で隠した。
「だって、目を合わせたら……アランは心を読もうとするでしょ?」
アランは言葉を続けた。
「僕にそんな能力があると本気で思っているの?」
「思っているわよ!」
シャーナがむきになった瞬間、腕が外れてアランとばっちり目が合ってしまった。
シャーナはしまったと目を見開いた。
ゆっくりと目線を逸らした際もアランは目を細めてシャーナを見つめていた。
アランは嬉しそうにシャーナの頭をポンポンしながら立ち上がり、ある場所を目指して歩き始めた。
シャーナは不機嫌そうに黙って後ろからついてきた。