時計台の秘密⑦
⑦時計台の秘密
アランが去ってから数時間が経った。
ティアラとシャーナは、お風呂に入っていた。
急に二人きりになって、ティアラはシャーナとどう接していいかとても困っていた。
「あの、敬語を使わなくてもいいですか?」
「勝手にすれば。」
人間の姿のシャーナは特に気にしない様子でじっと目の前の鏡を見ながら、髪を洗っていた。隣で髪を洗っているティアラはシャーナの返事を聞いてホッとしていた。
「耳、洗ってあげようか?」
「いや、結構よ。」
シャーナは相変わらず態度が冷たかった。
しかしそれとは裏腹に気持ちよさそうにぬるま湯のお風呂に浸かり、目を細めていた。
少々、気まずい空気が流れているがとりあえず二人でお風呂に入ることにしたのだ。
召使いには、友達の妹を預かることになったと伝えた。
もちろん何の問題もなく宿泊していいことになった。
「そう言えばさっき言っていた、アラン様とシャーナの契約ってなんなの?ぜひ二人の馴れ初めを知りたいわ。」
「馴れ初めって……別にいいけど。」
シャーナは、淡々とアランとの出会いを話し始めた。
あれはアランがこの街に越してきて数日しか経っていなかった頃の話。
アランは勉強するために学校へ通い始めていた。
しかしアランは内心、学校へ通い続けるつもりはさらさら無かった。
そのため、学校へ行っても友達を作らず常に一人でいることが多かった。
ちょうどその頃にシャーナと出会った。
アランは興味本位でよく街を探索していた。
狭い路地を歩き回っていると、シャーナとばったり曲がり角で出くわした。
その頃のシャーナは、人間を嫌っていた。そのためアランと目が合うとすぐに逃げようとした。
しかしアランはゆっくりとしゃがみ込み目線を合わせ、手招いてきた。
シャーナはなんとなく雰囲気が他の人間と違うと直感で分かった。
「おいで、ほら、怖くないから。」
シャーナは真っ直ぐオッドアイで見つめながらアランを警戒した。
お互い見つめ合って数分。アランは、カバンから猫じゃらしを出した。
そして、それをシャーナの目の前で左右に振った。
しかしシャーナは意地でもその場から動きたくなかった。
それを察したのかアランはそのまま近づいてきた。
そしてすかさず猫の好きな首元へ手を伸ばしてきた。
シャーナは相変わらず警戒していたが、理性は本能に勝てず、気持ちよさそうに目を細めた。
その油断がいけなかった。アランはその首元に首輪のような物が付いていることに気がついた。
プレートには名前のようなものが書いてあった。
しかし、そのプレートは破損しすぎていて文字の解読が不可能に近かった。
しかし、なんとかアランはこの猫の名前を知りたいと思い、そのプレートに全神経を集中させた。
するとアランはそのプレートに書いてある文字が分かった。
「えっと、シャ………シャーナ?」
アランがプレートの文字を声に出すと、そのプレートがみるみる元通りになった。
アランは、その不思議な光景に目を疑った。
シャーナは半歩、アランから距離を置くと、小さな声で言葉を発した。
「なんてことを……………。」
アランは、いきなり人間の言葉を話し始めたシャーナを不思議そうな目で見つめていた。
「君、シャーナっていうの?しかも言葉を喋れるの?」
「えぇ。あなたがたった今、契約してしまったせいでね。」
アランはその猫に名前を授け、契約を交わしてしまったのた。
「じゃあ、これからは僕が君のご主人様ってことになるのか。」
アランは、嬉しそうにニヤついていた。
それが二人の出会いだった。シャーナが心を開くまでかなり時間がかかったが、毎日会ううちに自然と仲良くなっていた。
お風呂から上がるとティアラはシャーナの髪の毛をドライヤーで乾かしてあげた。
シャーナは内心、この状況が嫌だった。
しかしティアラがあまりにしつこく言うのでシャーナが折れたのだ。
傍から見るとその様子は姉妹のようだった。
髪を乾かし終わるとティアラはシャーナに自分の寝間着を貸して一緒のベッドに入った。
「じゃあ、シャーナはこれからもずっとアラン様と一緒なのね。」
ティアラが隣で寝るシャーナの背中に話しかけた。
「そうだったら幸せだけど……ちょっとそれは難しそう。」
「それはどういうこと?」
しばらく沈黙が続いた。
雲で月が隠れると途端に、部屋の中は暗くなった。
ティアラはじっとシャーナの言葉を待っていた。
するとシャーナはゆっくりとティアラの方へ寝返りをして口を開いた。
「私の種族は短命で、そう長くは生き続けられないの。」
その言葉は重かった。ティアラはすぐに言葉が出なかった。
初めてお菓子屋の前で出会った時の事を思い出して、なんとなく察した。
シャーナは、そんなティアラの様子を気にすることなく言葉を続けた。
「あなたに一つお願いがあるわ。ティアラはアランの帰ってくる場所であって欲しい。」
ティアラは不思議なお願いだと思った。雲が晴れて、また部屋の中に月明かりが入ってきた。
その月明かりでシャーナのオッドアイは綺麗に光っていた。
ティアラはシャーナを真っ直ぐ見つめて小さく答えた。
「えぇ、分かったわ。約束する。」
その答えを聞いたシャーナは安心した表情をした。
ティアラはきっとアランの前ではこんな表情しないのだろうなぁと思った。
「ごめんなさい。楽しい時間を壊すようなことを言ってしまって。」
申し訳なさそうにシャーナはゆっくり布団を頭までかぶった。
「アラン様は……そのことを知っているの?」
シャーナは布団を頭までかぶったまま、大きく首を横に振った。
「もっと、言いたいこと伝えていいと思うわ。シャーナ、無理してない?だからあの時も………。」
シャーナが黙り込んだのでティアラは言葉を続けることをやめた。
ティアラはゆっくりと手を伸ばし、布団の上から軽くシャーナの頭を撫でた。
アランは城を出た後、しばらく街を探索していたが、結局何も見つけられなかった。
諦めて家に帰ると真っ先に兄に話しかけられた。
「おう、アランじゃん!」
アランは疲れていたので兄がとても元気に見えた。
「ただいま。なに、そんなニヤニヤしているの?」
アランは、不気味に笑う兄を呆れた目で見た。
しかし兄はそんなこともお構い無しにアランが洗面台へ向かう際も後ろからついてきた。
「いやいや、アランに朗報があってな。明日、学校の筆記試験だぞ。」
それを聞いていた母親は、キッチンからすばやく顔を出した。
「アラン、テストは必ず出てきなさいよ?あなた、最近全く学校行ってないでしょ?」
「えっと、うん。明日は行ってくるよ。」
正直乗り気でなかったが、明日は学校に行くことを約束した。
夕食を済まし、アランは二階の自分の部屋にこもった。
(学校に行って、テストを受けている場合じゃないのになぁ。)
アランは言えなかった言葉を飲み込んだ。
そして二台の端末を開き、最近の街のニュースを調べ始めた。
もう一つの端末にそれをメモ程度にまとめた。
部屋の時計を確認すると日をまたぎそうな時刻になっていた。
明日も朝早いため、ベッドに入ることにした。ずっと机の端に山積みになっていた教科書たちを読みながらアランは眠りについた。
次の日、アランは目覚まし時計と一緒に起きた。
朝食や身支度を軽く済ませた。
最後に大事にしている尖ったペンダントを首からかけ、願いを込めるように握りしめた。
家を出ようと靴を履いていると母親がエネルギー補給用のクッキーを投げてきた。
「アラン、悪い点数取ってきたらあなたの部屋、取り上げるからね?」
その様子は心配しているというよりも少し怒っているようだった。
「はいはい。分かってるよ。行ってきます。」
アランは、逃げるように家を出た。
「はぁ。逆に悪い点数取ってきて、少し反省してくれればいいのに……。」
母親は大きなため息をつきながら、キッチンへと戻っていった。