時計台の秘密⑥
⑥時計台の秘密
「ただいまー。」
「アラン、これ見て。」
家に帰るとおかえりの言葉も無く、母親が封筒を持って玄関まで飛んできた。
アランは何事かと思い、その封筒を受け取った。
中身を見なくても封筒を見た瞬間、すぐにその手紙の意味を理解した。
「アラン、王国から研修生として選ばれたのよ。」
母親はアランの肩を叩きながら言った。
この手紙は王国から異世界へ行く研修生に選ばれたという報告の手紙だった。
「良かったな、アラン。念願の異世界への切符を手に入れられて。」
兄もいつの間にか玄関に来ていた。
アランは少し信じられなかったが、徐々に嬉しさが込み上げてきた。
その日の夕食はいつもより少し豪華で、食事中もこの話題で持ちきりだった。
次の日。特に予定がなかったので日中はずっと、家にいた。
時々、王国からの手紙を読み返し、時間を過ごした。
ベッドで寝転がっているといつの間にか寝てしまっていた。
目を覚ますと時計は午後七時を回っていた。
(じゃあ、そろそろ行くか……)
今日初めての外出はもう既に時間が遅く夜だった。目的地はもちろん昨日と同じところだ。
「こんばんは。お嬢さん。」
何も無かったかのようにひょっこりと窓から顔を出した。
ティアラは心底驚いたようで転びそうになっていた。
「どうやって入って来たのですか?えっと……。」
ティアラは、言葉に詰まった。
「呼びにくいからあなたの本名が知りたいです……。」
ティアラは申し訳なさそうに尋ねた。
「僕の名前はアランです。改めてよろしくお願いします、ティアラ姫さま。」
その言葉を聞くとティアラは悲しそうに目を背けながら呟いた。
「あなたも私の身分が分かった瞬間、敬意をはらおうとするのですね。」
「なにかご不満でしたか?」
「いいえ、あなたとは普通に接することが出来そうだと思っていたので…。」
アランはそれを聞くと苦笑いしていた。
「なんだ、そんなことですか。うーん、そうですねぇ……じゃあ、これからはティアって愛称で呼ばせてもらいますよ。」
今度は逆にティアラが目を丸くした。
なぜなら今まで誰からも愛称で呼ばれたことが無かったからだ。
周りからは姫やお嬢様など高貴な呼ばれ方をされていたためティアと呼ばれるのがなんとも不思議だった。
「おふざけはこのくらいにして、まずは、昨日の質問の返答を貰えるかい?」
アランはまっすぐティアラを見つめた。
「僕の猫を助けてくれたのはあなたですか?」
ティアラはアランからの質問を思い出し、ゆっくりと口を開いた。
「そうです。私があの猫を助けました。お菓子屋の裏口でぐったりしていて………。助けてくれそうなあの少年のところへ運びました。どうやらあなたの気配を辿ってお店の前まで来たみたいです。」
「そうか、やっぱりシャーナを救ってくれたのはティアだったのか。ありがとう。ほら、シャーナ。君もずっとカーテンに隠れてないでお礼を言ったらどう?」
アランが窓に視線を向けるとカーテンの隅に猫の姿のシャーナがいた。
ティアラも窓の方向を見た。
「いつの間に……?アラン様の飼い猫だったのですね。」
シャーナは二人の近くまで寄ってきて言葉を発した。
「あの時は助かった、ありがとう。あと、私はアランに飼われているわけじゃない。」
ティアラはいきなり言葉を発したシャーナを不思議そうに見つめていた。
「そうそう、僕とシャーナは契約を結んでいるんだよ。」
アランが得意気に言うと、シャーナはすかさず言葉を挟んだ。
「正しくは契約を結ばされた、だけどね。」
シャーナは、それだけ言うとそのまま部屋の中を歩き回った。
不思議なことが次々起こり、頭がついてきていないティアラはとりあえず最初に思ったことを口にした。
「えっと、すごいですね。言葉を発せる猫って珍しいですね。」
ティアラはその後、しばらくシャーナを目で追っていた。
ふとアランは、ティアラを見ていて、様子が昨日と違うと感じた。
「昨日とはまた違う雰囲気を感じるんだけど、もしかして何かあった?」
アランはティアラをまっすぐ見つめながら尋ねた。
「いいえ、何も。」
ティアラはそっぽを向きながら答えた。
「国のピンチだって顔に書いてありますよ」
その言葉を聞くと、ティアラはハッとした。そして顔をすぐに曇らせた。
「アラン様は、一体何者なのですか?前もどこからか現れたり消えたり……。」
アランは、微笑むだけで何も言葉を発しなかった。
ティアラはゆっくりと言葉を続けた。
「旅人は………浮浪者できちんとした教養が無いと聞きました。でも、なんかアラン様は違います。」
ティアラが言い切ると同時に隣から同意する声が聞こえた。
「そうよ、その通り。この男は他の人間とは違うわ。」
ティアラがその声の聞こえた方へ振り向くとそこには人間の姿のシャーナが椅子に腰掛けていた。
「女の子になっている⁉」
ティアラは人間の姿のシャーナを見て目を丸くしていた。
「シャーナは人間に変化できる特殊な猫だからね。」
アランがすかさず説明を入れた。シャーナはそんなアランを無視して言葉を続けた。
「こんな奴に騙されちゃダメよ。アランは余計なことしか言わないんだから。」
シャーナは椅子から立ち上がり、ゆっくりと二人に近づいた。
すると、ティアラは、シャーナをこちらへ来いと手招きした。
「?」
少し警戒しながらもシャーナはティアラに近づいていった。
目の前まで来ると、ティアラはシャーナをいきなり抱きしめた。
「⁉」
シャーナはティアラの行動に戸惑っていた。
「私、妹とか欲しかったんですよね~!」
満面の笑顔でシャーナを抱きしめたティアラの子供らしい表情を見て、アランは笑っていた。
「ちょっ、や、やめっ、私、あなたより年上よ、キャッ!」
珍しくシャーナは乱していた。
「お耳触っても大丈夫?うっわー、モフモフ。毛並みが綺麗ってことはアラン様が洗っているのですか?一緒にお風呂入るのかしら。」
するとすかさずアランは顎に手を当てながら肯定した。
「そうそう、僕がシャーナの身体を洗ってあげているんだよ。一緒にお風呂入ってるもんね。」
「ちょ、何言って………。言葉に語弊があるわ、撤回して。」
その際も、ティアラは人間の姿のシャーナを気持ちよさそうに抱き抱えていた。
その時だった。異常な音が窓の外から聞こえてきた。
バンッ!
部屋にいる三人はその音に驚いた。
シャーナは、その音に驚いてティアラの手が緩んだすきに抜け出し、すぐにベッドの布団の中に隠れた。
「今の音って…………?街の方から聞こえませんでしたか?」
ティアラはすかさず外を確認しようと窓へ近づいた。
アランは、それより先に窓の方へ走りガラス越しに外を確認したが、窓からは何も見えなかった。
アランはすかさず窓を開けようと鍵に手をかけたティアラを全力で止めた。
「ティアっ、危ないからそれはダメだ。」
「今の音は何ですか?まさか、盗賊グループが―――。」
ティアラは言葉を言いかけた瞬間、ハッとして手で口を覆った。
その際、シャーナが布団の中から猫の姿に戻って、アランの胸に飛び込んできた。
アランは、優しくシャーナを包み込んだ。
「ティアが昨日と様子が違かったのは、もしかしてその盗賊グループのせい?」
ティアラは黙っていた。部屋の空気か一気に静まり返った。
不安や疑心、様々な感情が交差する中、アランが口を開いた。
「僕が確認してくるよ。ティアはここから出ないで。」
アランが窓から出ようと鍵に手をかけた瞬間、服の袖をティアラに掴まれた。
「銃声のような音が聞こえたのに何もしないなんて嫌です。」
涙ぐんでいたが、瞳の奥の意志はしっかりしていた。
シャーナも、その様子をアランの腕の中から見つめていた。ティアラはゆっくりと言葉を続けた。
「アラン様………お願いです。私も一緒に連れて行ってください。」
アランは、じっとティアラを見つめ返した。しかしゆっくりと首を横に振った。
「それは出来ない。少なくとも今はね。少し時間が欲しい。なんの情報も無いのにティアを危険かもしれない場所へ連れていくことは出来ない。」
「またそうやってどこかへ行ってしまうのですか?」
ティアラは疑いの眼差しをアランに向けていた。
アランは、ティアラがどうしたら自分を信じてくれるか考えた。
しばらく二人の間には重い空気が流れた。そして、アランは決断した。
「分かった。じゃあシャーナをここに置いていく。」
シャーナは目を丸くし、アランの顔を腕の中から見上げた。
アランの目が本気だったのでシャーナは焦っていた。
「ちょっと待って。何で、私まで巻き込もうとするの?」
アランは、ゆっくりと腕の中のシャーナを見つめながら言葉を続けた。
「元をたどればシャーナ、君が僕をここに連れてきた様なものだよ?」
シャーナは何も言い返せなかった。アランは言葉を続けた。
「それともやはりここに置いていかれるのは寂しい?数日間、僕とお風呂に入れなくなるもんね………。」
そんなアランのからかいの言葉をシャーナはすぐにいつもの口調で否定した。
「少なくともそれは違う。分かった。早く情報を集めてきなさい。」
「ありがとう。」
シャーナの態度はいつも通り冷たかったがここに残ることを承諾し、腕の中から飛び降りた。
「アラン様、大切なシャーナを置いていくって……本気ですか?」
「もちろん。そうでもしないとティアは僕を信じてくれないでしょ?大丈夫。絶対、ここに戻ってくるから。だから、明日はここから出ないと約束してほしい。」
アランは、ティアラの目の前に小指を立てた。
ティアラは少し戸惑っていたがアランの目が本気だと分かり、自分の小指をアランの目の前に出した。
「分かりました。約束ですよ?」
ティアラはグッと気持ちを抑え、ここから出ないことを約束した。