時計台の秘密④
④時計台の秘密
アランは、少しばかり残念そうに袋に入ったクッキーを食べながら歩いていた。
このクッキーは、もちろんさっき女の子から出された手作りクッキーだ。
ちゃっかり全部、袋に入れて貰ってきたのだ。
(名前聞き忘れちゃったなぁ……)
そんなことを考えていると、この街では珍しく、ちょっとした騒ぎが道の真ん中で起きていた。
どうやら痴話喧嘩のようでそこだけ白熱していた。
周りに取り巻きが数人いて、ヤジをとばしていた。
アランは、巻き込まれるのは御免だと素通りしようとした。
しかし、何かが後ろから腰に抱きついてきた。振り向くとそこには魔法使いの男の子が瞳をウルウルさせながらアランを見つめていた。
「父さんと母さんが喧嘩しちゃって………。」
アランは瞬時に状況を把握した。
痴話喧嘩をしているのはこの子の両親らしい。
アランはその男の子の肩に手を置くと大丈夫だよと慰めた。
そして、男の子の両親の方へ歩いていこうとした。しかし、逆方向からカロットが駆けつけてきた。
「ちょっと、すいません。大丈夫ですか?」
カロットはすぐに夫婦の間に立ち、声をかけた。
しかしその声を無視しながら痴話喧嘩は続いていた。
「お前がいきなり大きな声を出すのがいけないんだろ?」
「違います!あなたが変なことを言うからです。毎日毎日、こっちだって家事とか大変なんだから、たまにはお買い物についてきてくれてもいいじゃない!」
「なんだと。その言い方は無いんじゃねぇのか⁉」
父親がキレて手を振りかざした瞬間、カロットは父親の後ろに回り込みその腕を思いっきり掴んだ。
「あの、こんな道の真ん中で喧嘩しないでくださいますか?」
その父親は、カロットの力に驚いたのか彼女の冷たい笑顔に驚いたのか一瞬で冷静になっていた。
カロットは優しく言葉を続けた。
「ほら、お子さんも怖がっていますよ。」
アランの元にいる男の子はもう涙が出る寸前で怯えていた。
両親はそれを見て、反省したように顔を見合わせた。
母親はしゃがみこみ我が子に向かって両手を広げた。
すると男の子は母親の腕の中に飛び込んだ。父親も男の子の頭を優しく撫でた。
「父さんと母さんが悪かったよ。」
親子三人で手を繋ぎ、カロットにお礼を言って歩いていった。
アランはその様子を少し離れたところから見守っていた。
カロットがふとこちらに気が付き、近づいてきた。先に口を開いたのはアランだった。
「カロットさん、カッコイイですね。危うく惚れちゃいそうになりましたよ。」
「あら、それはありがとう。まぁ、それが私の仕事だからね。君も子供を見ていてくれてありがとう。」
カロットの微笑みは大人っぽかった。
ピピッ、ピピッ、ピピピ………
カロットの持っていた端末が突然鳴り始めた。
どうやら何か呼び出しのようだった。カロットは軽く手を上げてすぐに行ってしまった。
(忙しそうな人だなぁ。)
アランはしばらくカロットが去っていった方向をボーっと見ていた。
今朝は朝食が早かったので、そろそろおなかがすいてきたと思い、持っていた懐中時計で時間を確認した。
いつの間にかお昼時になっていた。
残っていたクッキーを一気に口に詰め込み歩き出した。
行先は決まっていため、奥の路地へ進んでいった。
慣れた足取りで太陽が届きにくい路地裏に立ち並ぶ建物の中の一件のお店に入っていった。
階段を下りていくと重そうな茶色いドア前に着いた。
カランカラン
ドアに掛かっていた鈴が鳴った。
「っらしゃい。……ってアランかよ。適当な席に座ってくれ。」
お店の中には巨漢でスキンヘッドの男がいた。アランはここのお店の常連客だった。
「よう、マスター。いつものお願い!」
マスターは、少し呆れたように答えた。
「あのなぁ、お前は毎回、違うものを注文するからどれだか分からねぇよ。メニュー名を言ってくれ。」
これがこの喫茶店に入って、最初にするお決まりの会話だった。
アランはオムライスとアイスコーヒーを注文した。
マスターはアランから注文を受けてキッチンに入った。
お客さんはアランしかいなかったので、注文してからすぐに料理が運ばれてきた。
アランがオムライスを食べ終わったことを確認するとマスターはコーヒー豆を挽こうと道具を準備した。
「久しぶりにコーヒー占いでもしてくれない?」
アランは、唐突にマスターへ頼んだ。
「あぁ、いいぞ。」
マスターは慣れた手つきで豆を挽いた。
「アラン、もしかして最近いいことあったか?」
マスターは表情を変えずにアランに尋ねた。
アランは、顎に手を当ててしばらく考えてから答えた。
「いいことかは分からないけど面白い人には会ったよ。」
「そうか……。」
マスターは、コーヒー豆をずっと見つめていた。
アランがこのお店を知ったのは偶然だった。
たまたま図書館で借りた本に挟まっていたしおりがここのお店の名刺だったのだ。
店名は『different world(異世界)』。
珍しいお店の名前に惹かれて、ここに辿り着いたのだ。
マスターは博識かつ経験豊富で様々なことを知っていた。
ある時は護身術を学び、ある時は料理を習い、アランにとってはどれも初めての経験だった。
「マスターは本当に何でもできてすごいよね。」
「まぁ、この前教えた護身術は、ほぼ猫騙しみたいなもんだけどな。」
「そんなことないよ。この前は本当に驚いた。」
アランはマスターのお話を聞きいているうちにいつの間にか常連客になっていたのだ。
「それで、マスター。どうだい?僕の運勢は?」
アランは、マスターの顔色を窺いながら聞いた。
「えっと………普通かな。」
「えっ、そんな運勢あるの?今までに無い結果だね。」
マスターの顔が少し曇っていたのが少々、アランは気になった。
「でも無理はするなって出てる。」
マスターの占いはよく当たる。アランは過去にも占ってもらったことがあった。
マスターは、ゆっくりとコーヒーカップをソーサーに乗せてアランの目の前に出し、グラスを磨き始めた。
アランは食後のコーヒーを美味しそうに飲んだ。
その後、アランはお店の本棚にあった本を手に取り適当に読み始めた。
店内はレコードの音とマスターのグラスを磨く音だけが響いていた。
アランは半分くらい読み終えたところで紙ナプキンを本に挟み、大きく伸びをした。
環境が良くても、ずっと同じ姿勢で本を読んでると身体が痛くなる。
アランは、カウンターで仕事をしているマスターに話しかけた。
「マスターは、若い頃に一度だけ異世界に行ったことあるんだよね?」
「まぁ、昔のことだがな。こっちの世界とはまるで雰囲気が違っていたよ。」
マスターは、作業を止めて懐かしそうな顔をした。
そして、アランに励ますように言った。
「お前の兄貴も行っているんだから、アランもきっと死ぬまでに一回は行けるだろう。
それまでにもっと立派な男になれよ。」
「なんだよ、それ。」
アランは、苦笑いしながら残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
そしてレコードをBGMにして、途中だった本を再び読み始めた。
運良く、この時間はお店に他のお客がいなかったのでゆっくりできた。
マスター曰く、夜は大繁盛するそうだが。
どれくらい経っただろうか。
本を読み終わりカウンターに目を向けると、マスターはルーペと珍しい機械で何かを作っていた。
アランは読み終わった本を本棚に戻し、マスターのいるカウンターへ近づいた。
「何やっているの。その尖っている石は何だい?」
マスターは片目をつむりながら尖っている石をルーペ越しに見つめていた。
マスターは集中していたので返事がなかった。
しばらくすると、こんなもんかなっ、と言いながらピンクの布でその石を磨き、穴に紐を通した。
「ペンダントを作っているのか。何か効力とかあるの?」
アランは、興味津々に尋ねた。
「いや、ねぇ。普通のお守りだよ。」
そう言いながらそれをアランへと投げた。
アランはそれを危なく落としそうになりながらもキャッチして珍しそうに見つめた。
「へぇー。マスターはこんなものも作れるんだね。光を当てると綺麗だ。」
毎度毎度、マスターの技術には驚かされる。
アランは心からマスターを尊敬していた。すると、マスターは満足そうに言った。
「特別にアラン、お前にやるよ。」
「本当に?いいの、これ貰っちゃって!」
アランは、子供のようなキラキラした目でペンダントを握りしめた。
マスターから何か物を貰うのは今までに一度もなかったので、尚更嬉しかった。
アランはさっそく首からかけた。しばらく触ったり、光を当てたりしていた。
「お前は大丈夫なのか?こんな時間までずっとここにいて。」
マスターは、再びグラスを磨き始めながらアランに尋ねた。
アランはポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。
「確かにもうこんな時間かぁ……。じゃあ僕はおいとまするよ。また来るね、マスター。」
アランはカウンターにお金を置いた。
「おう。気を付けて帰れよ、アラン。」
カランカラン
アランが出ていった後のお店はマスターのグラスを磨く音だけが響いていた。
「あんな占い結果、言えねぇよ。何も起こらないといいけど………。」
マスターは顔を曇らせながら静かに呟いた。