時計台の秘密②
②時計台の秘密
次の日の朝。
「はぁ……。なんでこんなことに。」
アランは朝起きて早々、母親にお使いを頼まれて、バザールを歩いていた。
今夜お祭りが開催されるバザールは昨日より人でごった返していた。
(こういう状況を人がゴミのようだというのだろうか。)
アランは、あまり人混みが好きではなかった。
しかも、昨日は午前中から久しぶりに運動したせいで、大分身体がだるかった。
アランは母親の綺麗な字で書かれたメモを片手に、人混みを進んでいった。
(歩くより屋根の上を跳ぶ方が楽かな?)
そう思いながら立ち並んだレンガ造りの屋根を見上げた。
しかし、なかなか混雑しているようで、屋根の上を歩いている人が目立っていた。
アランは諦めて母親のメモにあるものを買うため、地上からお店に向かった。
ちょうどその店に向かう途中、ひときわ賑わっている場所を見つけた。
人混みが苦手なアランだが、珍しくその賑わっている場所に興味が湧いてきた。
後ろから覗いてみると、そこはお菓子屋さんだった。
手作りのマフィンやクッキーの詰め合わせなどが売られていた。
様々な種類のお菓子にアランは目を惹かれた。
(どんな人が作っているんだろう?)
アランは軽い好奇心を持ち、お店の裏へ回ってみることにした。
お店の裏は表とは対照的で静かだった。
部屋の灯りがついていたので、アランはカーテンの隙間から部屋の中を少し覗いてみた。
しかし、そこには誰もいなかった。
その様子を不思議に思っていると、右側の裏口のドアが急に開いた。
そこから現れたのは三角巾とエプロンを身に付けた女の子だった。
美しいオレンジの長い髪をおさげにしていた。
お互いの目が合った瞬間、女の子は街全体に響き渡りそうな声で叫んだ。
「キャー!」
アランは、咄嗟の言い訳が思いつかず、その場で固まってしまった。
その声にいち早く気がついたのは近くを警備していた長身の女性剣士だった。
「どうしたっ?」
アランはその女性と目が合った。
その瞬間、その後の展開が直感的に予測できた。
考えるより先に身体の方が早く反応した。アランはその女性剣士の横を急いで通り過ぎ、全速力で人混みの中に紛れていった。
そのままアランはしばらくバザールを闇雲に走った。
「はぁ………。はぁ……。」
適当な路地を曲がり、階段に腰をかけた。
息を整えているとハッと思い出すように右手を開いた。
アランはグシャグシャになったメモをゆっくりと見つめ、ため息をついた。
「ただいま………。」
「おかえりなさい。あら、あなたにしては早く帰ってきたわね。寄り道しないで偉いぞ!」
アランは、さっさと頼まれた買い物を済ませて家に帰ってきた。
母親は、夕食を用意しながら笑顔でアランを出迎えた。
アランの家族は四人家族である。上に一人の兄がいる。
アランの父親は仕事で朝早く家を出ていき、夜遅く帰ってくるため家族一緒に食事をすることは滅多にない。
そのため三人での食事はいつもの日課だった。
「そういえば、今夜はお祭りがあるみたいね。せっかくだから、二人で見に行ってみれば?」
母親に何気なく提案された。アランは内心疲れていたので乗り気じゃなかった。
しかし兄がいち早く返事をして、今日二度目の外出をすることになってしまった。
家の外はすっかり日が沈み暗かった。
狭い路地を歩いている最中、兄が話しかけてきた。
「母さんがお前のこと、心配してたぞ?」
アランは、しばらくは返答せず黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「別に心配かけるようなことをしているつもりはないよ。」
バザールに近づくにつれて、人の声や爆竹の音でうるさくなってきた。
しばらくしてから兄は言った。
「まぁ、もう少し母さんのことも気にしてやってくれ。」
バザールに着くと、兄はすぐに友達のグループを見つけて、そちらと合流した。
アランは帰るわけにも行かず、しばらくバザールを一人でうろつくことにした。
バザールは今朝とはまた違う賑わいを見せていた。
広い道の真ん中では、踊り子が楽しそうに踊り、大きな山車を引くパレードが催されていた。
それを見ながら片手にお酒を楽しむ人や写真を撮る人など様々な人で賑わっていた。
また、出店や屋台の間を駆けずり回っている子供の姿もあった。
アランは屋台を横目に祭りを楽しむことにした。
たまたま目に付いた屋台で豆を買い、緑のななめがけカバンに入れた。
人混みに酔ってきたところで狭い路地へ逃げるように入った。
すると、たまたま昨日会った三人の子供たちと遭遇した。
「アランだ。よう、昨日ぶり!」
いち早くアランに気がつき、声をかけてきた男の子は相変わらず元気そうだった。
三人の中で昨日と比べて変わったのは、女の子が綺麗な甚平を着て、狐のお面を頭につけていたところだ。
「やぁ、また会ったね。」
アランは嬉しそうに微笑んだ。
「ねぇ、アランお兄ちゃんあそこ見て!猫がいるの。よくこの猫見かけるんだよね。」
女の子が指を指した方向にはシャーナがいた。
アランは、もしかしたら、昨日、子供たちのことを話した時に反応が薄かったのは顔見知りだったからかもしれないと内心思った。
アランは笑いをこらえながらシャーナに向かって手を伸ばした。
するとシャーナは、不機嫌そうに近づいてきた。
子供たちはアランとシャーナの様子を不思議そうに見ていた。
そして、少し怖がりながら猫の背中を撫でた。
「首輪をしているから飼い猫かな?えっとなにか書いてある……。」
首輪に書かれている文字を魔法使いの男の子が読もうとした。
そして、アランは微笑みながら彼女の名前を口にしようとうとした。
「これはね、シャ……。」
『ニャー、ニャー。』
シャーナはアランの言葉をわざと遮るように可愛らしい声で鳴いた。
どうやら、名前を教えるなということらしい。
アランは、別に教えてもいいじゃないかと思いながらもこれ以上は何も言わなかった。
子供たちは目をキラキラさせながらシャーナを囲み、身体を撫でることに夢中になっていた。
「ところでアランは、今まで屋台を見ていたの?僕たちはこれからあっちの方に行くんだけど一緒に行かない?」
魔法使いの男の子がわざわざ魔法の地図を広げながら言った。
元気な男の子も嬉しそうに言った。
「あ、いいね!アランも来いよ!」
しかし、女の子はアランの服の裾を引っ張りながら質問した。
「え、でもこの猫さんはどうするの?」
子供たちは心配そうにシャーナを見つめた。
「大丈夫。猫は、こうすればいいでしょ。」
アランは、シャーナを優しく抱き上げた。
いつもはあまり素直に抱かせてくれないが今日は大人しくアランの腕にすっぽりと収まった。
アランは、三人の子供たちとシャーナと一緒にお祭りの屋台を回った。
食べものを買ったり、ゲームをしたり時間の流れを忘れて楽しく過ごした。
お祭りの終盤を告げる花火が始まった。
この街の花火は弾けたあとにお菓子に変化して空から降ってくる。
三人の子供たちと少し高い建物に移動し、空から降ってきたお菓子を拾い集めた。
特に元気な男の子はせっせとお菓子を拾っていた。すると女の子がふと大きな声を出した。
「あっ、あそこ見て。時計台があるよ!」
三人はその女の子が指を指した方向を一斉に見た。
確かにそこにはレンガ造りの時計台が立っていた。それは突然ふと現れる。
その時計台が出現するのは不定期で、誰も辿り着けない不思議な建物と街では認識されている。
女の子は時計台の方向を見ながらブツブツと何か呟き始めた。
「何やっているの?」
アランは、隣に立っている女の子に聞いた。
「お願いごとをしているの。時計台を見ながらお願い事をするとなんでも叶うんだって!」
アランはそんな可愛らしい女の子の様子を微笑ましく思った。
「へぇ、知らなかったなぁ。」
魔法使いの男の子はアランの様子を見て、言った。
「本当にアラン、時計台について知らないの?あそこにはたくさんのお宝が隠されているらしいよ。」
すると次は元気な男の子が話に入ってきた。
「でも、それはただの噂じゃん。しかも、行こうとしても辿り着けないじゃん。」
しかし女の子は、少し興奮したよう言った。
「この街の王様とかお姫様は行き方を知っているんだって聞いたよ。でも、怖い人たちも狙っているから関わっちゃだめってお母さんが言ってた。でも一度でいいから行ってみたいなぁ。」
そんな子供たちの様子を見て、アランは自信満々に言葉を発した。
「じゃあ、僕が辿り着いてみせるよ。」
一斉に子供たちがアランを見た。
すると魔法使いの男の子が質問した。
「どうやって行くの?アランは行き方を知っているの?」
アランは顎に手を当てて回答に悩んだ。
「分からない。」
すると子供たちは顔を見合わせて笑った。
アランも一緒にしばらく笑った。