荷解きをしよう!
私が今まで使っていた部屋はそのまま残されていた。
唯一変わっていたのは、可愛らしいピンクのシーツから、夜空をそのまま染め上げたような美しい黒のシーツに変わっていたことだった。
「今のお嬢様にはピンクでは可愛らし過ぎますからね
大人のレディになられたのですから、
その様にさせて貰いましたよ」
「じぃや、私の昔のわがまま覚えていてくれたのね」
ずっと昔、祖父のベッドのような真っ黒なシーツに包まれて眠るのが夢だった。
漆黒に包まれて深く深く落ちていく眠りは、その闇に飲まれて戻ってこれなくなるような恐怖を感じながらも、大人の雰囲気と言う好奇心だけでわくわくしたものだ。
まぁ、私はその天蓋にたくさんのランプをつけるか、小型のプラネタリウムを持ち込んで自分だけの星空を見上げる計画を立てていたのだが、
じぃやに眠りが浅くなるからと叱られて渋々諦めていたのだ。
「そのかわり、眠るときは必ず電気を消してくださいね」
「はーい、ふふ」
その事まで覚えているあたりさすがじぃやだ。
「お嬢様、荷解きをお手伝いさせていただきます」
クローゼットの前に置かれている台の上にスーツケースを乗せると、一応断りを入れてからと考えたのか開ける前に杉村が声を掛けてきた。
「ハンガーに掛けてある大きいものはそのままクローゼットに入れてくれる?
それ以外の小さい袋は開けないでくれると助かるわ」
執事といえどやはり男性にその中身に触れられる事には抵抗があった。
家に帰る事になった時急いで荷造りをしたものの、どうなるか分からないと思い自分の家の執事比率を考えると部屋付きになるのはきっと男の使用人だと踏んで荷造りをした甲斐があったと言える。
「承知いたしました
それでは、下着類はそのままスーツケースに残させていただきます」
「杉村!
それ言っちゃだめじゃん!」
ぎょっとした視線を私が投げかけると同時に、黒崎が私より先に口を開く。
私がせっかく言わなかった事をこいつは・・・。
「それは申し訳ありません」
本当に悪いと思ってるのか分からない。
淡々と表情を変えずにさも作業をするかのように荷解きを進める杉村。
開いた口が塞がらないままの私に
「悪気はないんです、こいつ」
と眉をへの字に下げながら黒崎がフォローをいれた。
じぃやが言うとおり杉村の仕事は速い。
私が半日かけて詰め込んだ荷物3個を殆どクローゼットにしまい込み、なおかつグラデーションをきかせながら並べていく。
何も適当に入れているわけではない。
「こちらのお洋服は別の所にしまわせていただきますね」
そう言って、メインクローゼットに入れなかった洋服を衣装部屋へと仕舞いに行く。
「それは・・・」
「あまり使われないようですので」
服の様子を一瞬で読みとってそれを判断したようで、スタスタと歩いていく背中を何も言えずに見送ってしまった。
「仕事はできるんですけどね、無愛想なんです
でも悪いやつではないんで」
「そうね、ちゃんと分かるわ
無愛想だけどね」
何度もフォローを入れてくる黒崎と顔を見合わせた。
「私の悪口ですか?」
衣装部屋の扉から頭だけを覗かせてこちらを気にする杉村を見て少し可愛いと思ってしまった。
「いい子たちでしょ?」
じぃやが静かに声を掛けてくれた。
「そうね」
二人の働きを見ながら、本当にその通りだと思った。
「あの二人はいつからここへ?
五年前にはいなかったわよね?」
「ちょうど一年ほど前にこの屋敷の門を叩いた二人です
お嬢様の部屋付きの使用人として、お嬢様がいつ帰ってきてもいいように、私自ら教育したんですよ」
そうにっこりと穏やかな微笑みを向けてくれたものの、私は知っている。
この虫も殺せないような優しく穏やかなじぃやは「鬼の執事長」と呼ばれる裏の顔を持っていると言うことを。
「それは随分大変だったでしょうね」
二人の血の滲むような努力を想像して、ぶるっと肩をふるわせた。
本当に辛く厳しく恐ろしいまでの教育を受けてきたのだと思う。
それなのに二人がじぃやを恐れることもなく懐いてそれでいて自然体にいられることがとても不思議に思えた。
今まで何人の使用人がじぃやの扱きに耐えられず出て行っただろう。
怒鳴り声さえ聞いたことは無いけれど、私が見ていない所で厳しい顔をしていたのは知っている。
「それでも、彼らは二人で一つ
支えあって今まで生きてきたんでしょうね」
彼らの過去を知ることは今は無いけれど、
二人がお互いを信頼しあっているのは、こんなに短い間でも知ることはできた。
「お嬢様ー!荷解き終わりましたよー」
元気に手を振りながら黒崎がパタパタと駆け寄ってくる。
黙っていればただのイケメン、というのはまさにこの事だと、私は自分の中でその言葉の意味を十分噛みしめた。
「ありがとう、二人とも」
「黒崎は殆ど口出してただけでしたけどね」
「わー!そんなこと言っちゃうの?杉村君は!」
わざとらしく騒ぐ黒崎。
「本当にありがとう」
ここに来てようやく深く息が吸えた。
そうして二人に向けて自然に笑顔を向ける事が出来て安心した。
その顔を見て二人も、ようやく安心して笑ってくれたように思えた。