8話 ノイエット視点
ジェシカ達の後ろ姿をセルエル達は見送る。
「そんなに好きかい?」
「煩い」
「少し前まで我儘が過ぎるって怒ってなかったかい?」
「そうだな…彼女は変わった」
「気づいたら好きになってたって?」
ノイエットの揶揄うような声音にセルエルはそっと目を伏せる。
その頬に薄紅が射す。
麗しい一枚の絵の様だ。
背景はどこにでもある薄汚れた壁だが。
「………僕にそんな顔見せられてもね」
ノイエットは苦笑しかない。
子どもの頃からずっと一緒にいるがセルエルは本当に綺麗な顔をしている。
性格は正直に言おう、辛辣だ。
ただしジェシカ以外には。
つい一月前にはそのジェシカにさえ、愛想が尽きたと冷めた目で見始めていた。
「一体、ジェシカに愛想が尽きたと言っていた貴方はどこにいったんでしょうね?」
「そうだな…ある日ジェシカが変わったのだ。蛾の蛹から美しい蝶の蛹に」
「確か先月の観劇あたりでしたっけ?」
「ああ、その前のジェシカならもう構ってなどいないな。あれは身を滅ぼす馬鹿な女になるはずだった」
「自分の妹なのに辛辣ですね」
「義理の妹だ。我が家の養子に相応しいか父も母も常に優しく接しながら見ている。当然実子の私とて相応しく無ければ捨てられる。あれはギリギリでそれに気付いた。それは評価に値する」
セルエルは目をスィーと細めノイエットを見る。
ノイエットは真正面からその視線を受け止める。
射殺されそうな程その瞳は鋭い。
セルエルの甘いマスクと天使の笑顔の見た目、優雅な物腰に騙されている者が多いが、この沈着冷静、冷徹なのがセルエル本来の顔だ。
セルエルだけではない、コルダ家を継ぐ者の顔である。
「お前ぐらいだな、この視線に平然としているのは」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、私もどうしようもない主人であれば容赦なくその座を奪いますから」
ノイエットもその細い目のスッと眼光鋭くしセルエルを睨め付ける。
貴族の世界なんて食うか食われるかだ。
気を抜けば親友でさえ牙を剥く。
乳兄弟でありセルエルと主従関係があったとしてもだ
ましてやノイエットはブラウン伯爵家の次男。
つまりスペアだ。
幸いにして長男はかなり優秀だ。
このまま戦争などで長男が早世する不測の事態にならない限り2番手のノイエットに出番は無い。
セルエルとは乳兄弟、コルダ家当主の公爵とも繋がりがある。
公爵がその気になれば養子に行くのは可能なのだ。
セルエルも当然その事は承知している。
フッと笑い合う。
どちらの顔も美しい。
側から見ればタイプの違う見目麗しい二人が楽しそうに笑いあっている様にしか見えない。
今の今まで火花を散らしあっていたとはとても思えない。
馴れ合いの関係なんていらない。
それは暗黙の了解。
主従関係でありながら互いに認め合うライバルであり、信頼し合う。
だからこそ二人は親友だった。
「一体何をジェシカは計画しているんだろうな?」
「恋人作りじゃないですか?」
「何?」
「遊べるのは今だけですからね」
「クリステルとか言ったな…あの娘を落とせ」
「お断りします」
「な!」
「僕だってジェシカ嬢に嫌われたくありませんからね」
「まさか…」
「さあ?どうでしょうね?」
くすりとノイエットは笑うとセルエルを煙に巻いた。
どう取るかはセルエル次第だが、少なくともノイエットも今のジェシカは嫌いではない。
先程は『恋人作り』などと言ってセルエルを揶揄ったが、ノイエットも今すぐジェシカを自分の物にしたいという年齢でも無い。
まだ自分達も10歳で、ジェシカは7歳だ。
年齢相応よりも大人びているとはいえ、もう少し互いに子どもの時間を過ごしてのではないかと個人的にノイエットは思っている。
「ちっ!喰えない奴め」
「お褒めに預かり光栄です。さ、着きましたよ」
「………」
ジロリとノイエットをセルエルは睨む。
そうして前を向いて何事もなかったかの様に口角を上げて貴公子全とした優美な仮面を付ける。
ノイエットもまた口角を上げて優等生の仮面を付けた。
二人は何事も無かった顔をして教室に入っていった。
改稿が入ってるページがありますが、何故か初回以外一時下げインデントが編集出来ず、やむえずアップした後、修正しているからです。
10話まで書いたら本格的に読み直して言葉足らずの勢い書きの修正を入れたいと思ってます…
色々な方に読んでいただいていて驚きました。
評価くださった方ありがとうございます。