5話 ジェシカは獲物を追い詰める
ジェシカが廊下に出るとクリステルはサッと角を曲がったところだった。
慌てて追いかける。
廊下を曲がるとそこには誰も居なかった。
「明らかに撒いてるわよね?」
ジェシカの眉間に皺が寄る。
ふーむと策を巡らす。
闇雲に歩いたのでは絶対見つからない。
ではどこに行くか?
自分ならば?と自問自答する。
広くて見通しが良く、かつ、逃げやすい--違う。
相手は私では無い。
彼女、クリステルだ。
残念ながらまだ彼女の事は知らない。
それならば、いっそ怯えた女性と捉えるべきだ。
見つからないように小さく端に逃げるそして、息を潜めて敵が来ないのをやり過ごす。
思い当たる校内は2.3箇所あるが、昼休みが終わるまで凌げば今日一日は終わる。
午後の授業の後はサッサと帰ってしまえばいくらジェシカでも後を追う事は出来ない。
明日に持ち越しになる。
その事を考慮に入れる。
「やはり、旧魔術塔ね」
旧魔術棟、昔は初等部から必須だったが魔術の扱える者が激減した現代の今は廃れてしまった学問を扱っていた研究棟だ。
今は中等部でさわりを勉強し、素質のあるものだけが特別なカリキュラムを組まれて教育される。
素質があればエリート街道真っしぐらだ。
つまり殆どが物置と化している建物なのだ。
あそこなら殆ど人は来ない。
守られた閉鎖空間だ。
「誰もいない…わね。よし!」
考えがまとまったジェシカは辺りを見回し誰もいないのを確認すると、走り始めた。
この世界、女性は淑やかにが基本だ。
誰も走ったりおおっぴらに運動したりなどしていない。
社交ダンスくらいだ。
大人になれば一晩中踊り明かして情報収集や恋だ愛だといいながら如何により良い政略結婚が出来るかの知恵比べをしなければならないらしい。
そんな体力大人になって早々に身につくわけがない小さな頃から鍛えておかねば一晩など持つわけ無い。
今から鍛えねば!
と、ジェシカは密かにラジオ体操したり、ヨガをしたり身体を柔らかく保つ努力を重ね始めていた。
幸いこのジェシカの身体の運動神経は引きちぎれていない。
むしろ運動神経が良い。
養父様を説き伏せて屋敷内の庭だけでもマラソン出来るようにしたい。
それにお転婆になるのだろうけれど乗馬や剣術だって習ってみたい。
体力作りの一環だという事で誤魔化されてくれないかな?養父様。
などという事を考えながら魔術棟まで走った。
ここからは周りを探りながら行かなくては。
足を緩やかに歩きに運ぶ。息を整えていると、ちょうどジェシカと反対側から辺りの様子を伺いながらクリステルがやってきた、
咄嗟に物陰に隠れる。
彼女は深く溜息を吐くと階段下に潜り込んだ。
あそこは逃げ場は無い。
ジェシカは薄っすらと微笑む。
そうして淑女たる足取りで--つまり足音もなくクリステルに近寄った。