21話 昨日の敵は今日の味方
「な〜に〜を〜さ〜れ〜て〜い〜る〜の〜で〜す!」
地を這うような声が不意に聞こえ、そこにいた子ども全員がビクリと肩を跳ね上げ固まった。
「…あ…た、助け…て…」
クリステルは涙目で般若…もとい、フランシスカに助けを求める。
丁度、ジェシカの腕が首に絡まり喉を締め上げられているのだ。
何故こうなったかなど分からない。
ジェシカとセルエルの攻防に巻き込まれただけなのだ。
「ノック音さえ聞こえない喧嘩とは紳士淑女の行為でしょうか?」
額に青筋立ててそこにいる面々を睨む。
穏やかな令嬢…たる面影は無い。
フランシスカを連れてきたと思われる侍女は顔を引攣らせて一応逃げるのを堪えているようだが、腰は引けている。
7歳の令嬢ではありえない迫力である。
「ジェシカ様、そのまま、気の向くままに腕を締め上げますとクリステル様を落としますわよ。主に不名誉な方向で。それにセルエル様、ジェシカ様を構いたい気持ちは分からなくも無いですが、それはペット扱いと変わらない扱い。そもそも他家の令嬢が遊びにいらしている時にする行為でしょうか?」
ニコリと笑いながらジェシカとセルエルの腕を叩く。
セルエルはクリステルとジェシカを纏めて首の辺りを抱きしめている状態である。
その上ジェシカがクリステルの首に腕を絡めているのでそこに余裕などなく、クリステルは涙目である。
「ノイエット様、貴方がセルエル様を止めなくてどうするのです。主人の躾がなってませんわ」
「…申し訳ありません。セルエル、いい加減離せ。貴方が悪い」
パシンと固まったままのセルエルの腕を叩いてから強引に引き剥がす。
飛んだとばっちりだとノイエットが口の中で転がした言葉をクリステルの耳はバッチリ拾う。
とばっちり食う前に止めろよ!と叫びたいクリステルだったが生憎貴族社会ではノイエットの方が格上だ。
この中で1番序列の低いクリステルは誰にも何も言えずにフランシスカがジェシカの腕を持ち、クリステルから外そうと空間を開けた瞬間出来うる限りの最速で逃げだし、部屋の隅に蹲る。
クリステルを庇うようにフランシスカは彼女を背後に置き、大袈裟なくらい片手は腰、反対の手は額に当てて溜息を吐く。
その後ろに見えるクリステルはカタカタと震えている。
その場にいた三人はバツの悪そうに顔を見合わせる。
いくら子どもの喧嘩とはいえ他家の令嬢を巻き込んでまでするものでは無い。
「彼女は常日頃、貴方方を狙う肉食系ではなく草食動系、しかも完全に小動物系なのを努努お忘れなく」
クリステルからは後ろしか見えないがジェシカ達が顔を盛大に引攣らせたのを見て般若になっていると判断する。
般若は怖いが味方になればこれ程安心する者はない。
そしてより一層任務をさっさと真っ当して家に帰り、速やかに領地に引き篭もるのだ。
そしてもし、結婚できるならば何処か小さい領地の奥方にでも収まって穏やかに緩やかに暮らしたいものだ。
こんな魑魅魍魎の住んでいる都会は嫌だ。
田舎の領地から出てきてたった一ヶ月。
既に逃げ出したいクリステルだった。




