はちクマ
ポンたぬきさんの叫び声を聞いて民宿へと駆け込む俺と探偵。
玄関には慌てた様子の小畑君が!
「小畑君! 今の叫び声は……」
「彼女です! 間違いありません! でも彼女は何処に……」
なん……だと。
まさかポンたぬきさんは攫われたのか?!
例の男の子を襲ったヤツに!
あぁ、どうしよう! 早く助けないと!
「落ち着いてクダサイ」
と、探偵が再び俺の短い尻尾を握ってくる!
ふおぁ! よ、よさんか!
「小畑サン、叫び声は何処から聞こえてきましたカ?」
「えっと……俺は二階の客室で寝ていて……気づいたら彼女が居なくなってて……そしたら下の方から叫び声が……」
むむ、二階の下は一階だ! 当たり前だが。
つまりポンたぬきさんはここで何者かに襲われたんだ!
「しかし我々も叫び声を聞いて、三分と経たない内にここに到着シマシタ。小畑サンは二階に居たんデス。そこから駆け付けたとして……恐らく数十秒もあれば十分デショウ。しかし既に彼女の姿は無かっタ」
う、うむ。で? それで何が分かるん?
「ポンたぬきさんは叫ぶ事が出来ているのデス。恐らく犯人にとって見られては困る物を見てしまった可能性がアリマス。もし最初から犯人がポンたぬきさんを襲う気なら、叫び声など出させない筈デス」
な、なるほど……つまり……
「不意にポンたぬきさんに叫ばれ、焦った犯人はポンたぬきさんの口を塞いで……何処かに閉じ込めた可能性がアリマス。彼女は小柄とは言え成人デス。レスリング等の経験者でなければ、瞬時に抱えて外へ逃走など難しいデショウ」
ふむぅ。
つまり……犯人とポンたぬきさんは……
「今、このフロアに居る可能性がアリマス。金サンに連絡して全員ココヘ集めてもらいまショウ。恐らく……それで犯人は分かる筈デスヨ」
なんだと。
そのまま探偵は携帯で刑事へと連絡。
警察官二人も叫び声で民宿内を駆けまわっていたようだ。すぐに各部屋へと声を掛けて全員を集めた。
※
「いったい何の騒ぎじゃ……ふぁ……」
大きなアクビをするミルクプリン。あぁ、爆睡してたんだろうな……。
しかし大変な事が起きたのだ! ポンたぬきさんが襲われたかもしれぬ!
「なにっ、ならば早く見つけてやらねば。こんなところで雁首揃えている場合では……」
「マア、落ち着いてクダサイ。全員揃ってますネ?」
うむ、ポンたぬきさんは居ないが……。
「ミルクプリンサン。ベリ―持ってますカ?」
「あ? あ、あぁ……持っとるがなんじゃ」
「人数分、この机の上に置いて貰えませんカ?」
むむ、何が始まるのだ。
ミルクプリンはそっと机の上にベリーを置いていく。
人数分置き終わった所で、探偵は手を叩いて全員の注目を集めた。
「デハ皆サン、キイテクダサイ。今回の騒動の犯人を見つけたいとオモイマス」
ザワつく皆様。そりゃそうだ。そんな事が出来るのか?
「その前に……少年、前ヘ」
今その場には、最初に襲われた少年も来ていた。
もう体調は良さそうだ。
「デハ、あなたの知る限りの情報を教えてクダサイ。マズ、あなたは何処で襲われましたカ?」
少年は首を傾げつつ……
「えっと……たぶん……露天風呂に入ってる時に……」
ふむぅ、露天風呂か。
「どうやって襲われましタ?」
「どうやって? いや、分かりません……気が付いたら自分の部屋でしたから……露天風呂までは覚えてるんですけど……」
ふむぅ、結局何も分からないのでは?
「そうでもナイデス。今大変貴重な情報を得る事が出来マシタ。まず、人間の意識を奪うには……金サンならどうしますカ?」
突然指名され、警察官の男は首を傾げつつも答える。
「まあ……一番手っ取り早いのは柔道の締め技か、クロロホルムみたいな薬品を嗅がせるか……どちらかだと思うが……」
え、後頭部殴るとか首の裏をトンってすれば……
「シロクマさん、それはフィクションの世界のみデス」
いや、この小説もフィクションだぞ! 大事な事だからもう一度言う! この小説はフィクションです! 実話ではありません!
「シロクマや狸が喋ってる時点でそれは分かってマス。デ、話を戻しますガ、シロクマさんの言った方法……まず後頭部を気絶するほど殴れば、頭蓋骨が骨折シマス。デ、首の裏をトンっとするのもかなり危険デス。下手をすれば下半身不随などにナリカネマセン。良い子も悪い子もマネしないように」
ふ、ふむぅ……
「デ、金さんの言った方法が一番現実的デス。柔道をある程度修めた人物ナラ、一瞬で落とす事も可能デス。薬品を使って意識を奪う方法デモ可能デスネ。しかし私は今回の場合、締め技で落とされた、とオモイマス」
その根拠は?
「彼デスヨ。少年、口や鼻の周り痛いデスカ?」
「え? 別に……」
え、何、今のやり取り……
「クロロホルムなどで意識を奪われる際、眠るというより刺激で気絶する感じデス。つまりそれほど濃度が濃くないと意味がないという事デス。そんな薬品を……ハンカチなどに染みこませて顔に当てられれば、皮膚が痛くて痛くてたまらないデショウ。ましてや鼻や唇ナドに押し付けられれば地獄デス」
なんか凄い経験あるっぽい言い方だな。
「私では無く作者デスガ。温泉に混ぜて少しずつ嗅がせるという方法もアリマスガ、余程でなければ意識は失いませんシ、そこまで薬品が混ぜられたのなら流石に異臭がする筈デスヨ。シカシ、あの時我々が駆け付けた時、そんな異臭はしませんデシタ」
まあ確かに……俺の嗅覚は犬の二十一倍だしな。
ん? あれ……ってことは……俺の嗅覚でポンたぬきさん探せない?
「デ、以上の点カラ、犯人は柔道の締め技で少年の意識を奪い……とある儀式を行ったと思われマス」
「ぎしき!!」
と、その時一番反応する女性が一人。
ぁ、コイツ……あの蓑虫の中身だ。普通にしてれば可愛いのに……。
今は普通に浴衣姿。本当に普通の……大学生くらいに見える。
「ふぉぁぁぁ! 私の悠馬君を私以外が儀式に使うなんて! ゆるせないぃぃぃ!」
「さ、紗弥さん落ち着いて!」
【注意:この二人も同作家の作品《隣の部屋に住む綺麗なお姉さんが毎晩ゴソゴソやってて怪しいんですけど》の登場人物ですが、別にソッチ読まなくても大丈夫です。これは宣伝ではありません】
いや、もういいて、この注意書き。
苦情きても知らんぞ。
探偵は一度「コホン」とわざとらしく咳払いし、話を続ける。
「その儀式の詳細は端折りますガ、要は世界中の美味しい物を召喚するという怪しい事この上ない儀式デス。その儀式で召喚されたのガ……このイチゴデス」
と、ポケットから死ぬほどウマイイチゴを取り出す探偵!
お前も持ってたのか!
「既に私は十個以上食べましタ。とても美味しかったデス」
食いすぎだろ! 俺は半分しか食べてないのに!
「ちょ、ちょっと待ってたもれ! じゃあ何か? その儀式を使えば……旬の死ぬほどウマイイチゴがいつでも食べれると?!」
「イイエ、この儀式は危険極まりない物デス。この少年モ運良く助かりましたが、下手をすれば命を落としマス。絶対にマネしないようにシテクダサイ」
「そ、そうか。そうじゃな……人を殺してまでウマイ食い物などある筈ないしな」
おお、いいこと言うじゃないか、ミルクプリン。
コイツ最初は人類を奴隷にして売っぱらうみたいな事いってたけど……地球人のフィアンセ持ってから、この星の常識が身に付いてきたのだろうか。
「デ、その儀式で召喚したイチゴデスガ、少年が倒れていた脱衣場に放りっぱなしデシタ。犯人は何故回収しなかったのデショウ」
あぁ、それさっきも言ってたな。
何故と言われても……何故だろう。
嫌いだからとか? いやいや、まさかそんな……
「シロクマさん、大正解デス」
え、まじで?! そんな理由?!
「ソウデス。しかも好きとか嫌いとかそんなレベルではアリマセン。犯人は触る事すら出来なかったのデス。何故なら……イチゴアレルギーだったからデス」
い、イチゴアレルギー?!
そんなんあるの?
「世の中にはブドウアレルギーもアルンデス。あっても不思議じゃナイデショウ」
あ、はい……そうっすね……
「デ、ここにベリーが人数分アリマス。私の推理が正しければ……この中の誰か一人、食べれない人物が居る筈デスヨ」
その時、俺は確かに聞こえた。
ほぼ全員が喉を鳴らすのを。
美味しそうなベリーを見て喉を鳴らしたのだ。ほぼ全員が。
ほぼ……そう、一人だけ……喉を鳴らさなかった奴が居る。
「というわけデ……一人ズツ、食べてもらいマス」
順番にベリーを手に取り、口へ運んでいく。
警察官二人も、勿論小畑君も、言うまでもないがミルクプリンも。
しかし……とある人物がベリーの前で立ち尽くしてしまう。
「ドウシマシタ? 食べれませんカ?」
「…………」
う、嘘だろ?! こ、この人が?
この人が犯人だったのか?!
いや待て、でもあの時……確かにこの人、ベリー食べてたぞ。
「ヤハリ貴方だったんデスネ……中居サン」
全員が中居さんに注目する。
いやいやいやいやいやい! またれよ!
「ナンデスカ? シロクマさん」
「中居さんはベリー食べれるって! ね? そうでしょ? あの時食べてたじゃん!」
そう、あの時、雪女についての話を聞きに行った時、確かに中居さんはワイルドベリーを食べていた筈だ!
「ナラ、食べれる筈ですヨネ。どうぞ中居サン。遠慮せず」
しかし中居は震えながら……そのまま膝を折って床へ崩れてしまう。
まさか、本当に? 中居さんが……犯人なの?
「最初からおかしいと思ってマシタ。あの時、貴方は配膳をしていた筈デス。シカシ何故男性の脱衣場などに行ったんデスカ?」
「そ、それは……」
いやいやいやいやいやい!
まって! それよりまず、なんでベリ―食べれないの?!
あの時ちゃんと食べて感想まで言ってたじゃん!
「シロクマさん、その時の中居さんの感想、覚えてますカ?」
「え? えーっと……確か……」
『お、美味しいですね……私ベリーって酸っぱい物ばかりだと思ってたんですが……』
だった気がする。
「ベリー系の果物は確かに酸味が多い物がアリマス。しかし、何故彼女は酸っぱい物ばかりと言ったんでショウ。ベリー系といえばイチゴが代表格デス。イチゴの糖度は高い方ではアリマセンガ、スーパーなどに売っている一般的なイチゴは食べやすいように甘く作られていマス。つまり、彼女はイチゴを食べた事が無いのデス。その時も恐らく食べたフリをして、あとで捨てたんでショウ」
むむ、そういえば……その後すぐに茶菓子を持ってくるってどっか行ったな。
「サテ……では中居サン。貴方の言い分を聞きましょうカ」
中居さんはゆっくり立ち上がり、傍にあった椅子へと座りこむ。
そして震える声で事の経緯を話し始めた。
「……貴方の言う通りです……私が、その子を襲って……儀式を行いました……」
ま、マジか……なんでそんな事を!
「この民宿は……年々お客様が減っているんです。こんな街から離れた所で、交通の便も悪くて……吊り橋一本落ちれば孤立してしまう。このままでは……年内に経営が破綻するのは目に見えています……」
なんだと……こんなに美味しい料理を出してくれる所なのに……ぁ?
美味しい料理……って、まさか……
「はい……度々私は……儀式を行い、食材を補填していました……。そうでもしなければ、この民宿は……」
「気持ちは分らんでもナイデス。しかし他人を犠牲にしてまで行う事ではナイデショウ?」
まあ、ミルクプリンがさっき言った通りだ。
人を殺してまで、ウマイ食い物などある筈が無い。
「他人は……犠牲にしてません……私は今まで自分を……ウッ……」
その時、中居さんは口を塞ぎ……指の隙間から血が……ってー!
ちょ、救急車! って、連絡できないんだった!
「これは……ただの自己満足だと分かっています……でも、私はお客様の笑顔が嬉しくて……」
「なら何故……今回はこの少年を儀式に? 貴方の言い分と食い違っていマス」
むむ、そうだ……いや、っていうか救急車をなんとかして……
「今日、私は……自分を贄にしてフグを召喚しました。でも……食後のデザートが……無かったんです。でもこれ以上自分を贄にすれば死んでしまう、そう思ったら……怖くなって……」
フグって……今日の料理に出たヤツか。
中居さんは作者のせいにしてたが、あの季節外れのフグは儀式で召喚した物だったのか!
「配膳をした時、彼がまだ温泉に居ると……お連れの……この女性から聞きました……今温泉には彼一人……もう今しかないと思って……でも、召喚されたのがイチゴで……思わず、私叫んでしまって……」
な、なるほど……あの時の叫び声はイチゴを見て叫んでたのか。
……ん?
そういえば……ポンたぬきさんが、叫び声する前に何か変な音がしたって言ってたけど……。
アレなんだったんだろ。
「儀式の方法は何処デ知ったんですカ?」
「この民宿の……古い資料の中から見つけました。最初は半信半疑だったんですが……一度成功したら、止めれなくなってしまって……」
「……デハ最後の質問デス。何故橋を落とし、電話線を切ってまで我々をここに孤立させようト? 動機が民宿の経営を守る為なら、それはむしろマイナスデハ……」
「……私じゃないです……それは……」
……ん?
いや、待て、今なんて言った。
「橋を落としたのも、電話線を切ったのも……私じゃありません……。私は、そんな事してません……」