ななクマ
昔々、自ら生贄となった娘が居ました。
しかし、その娘は自らの心を閉ざしました。まさに氷のように……。
生贄を求めた蛇の神様は、その娘の事をつまらない、と池の中へ沈めてしまいます。
その時、氷は一瞬で凍り付きました。蛇の神様もろとも……。
それからというもの、村に大雪が降ると娘の姿が度々発見されます。
まるで……村人を見守るように……。
という昔話を共に来た探偵にも聞かせる。
探偵はフムフムと頷きながら俺の話に耳を傾けていた。
「日本に良くある伝説の類ですネ。蛇の神様というのも結構いますヨ。雪女と組み合わせで登場するお話は珍しいとは思いますガ」
ふむぅ、やはりそうなのか。
「そうなんデス。始まりは室町時代とかなんとか言われてますネ。あぁ、雪女は確か……日本版のサキュバス的な妖怪でしたネ」
あぁ、男を誘惑して生気を吸い取るみたいな……。
「私の同僚の雪女も美人デスヨ。アホゥですが」
アンタの会社……一体何を雇ってるの。
そうこうしている内に池っぽいのが見えてきた。
なんか普通だな。そこまで大きな池ではない。しかし夜だとやっぱり不気味に見えるなぁ……俺も日本人なんだろうか。出身は北極なんだけども。
「ぁ、ホコラってアレじゃないデスカ?」
池のすぐ近く。
木で作られた鳥小屋のような物の中にお地蔵さんが入っていた。
ふむぅ、横の看板には祠の説明も書いてある。
大体はさっき中居さんに聞いたのと同じだな。
「……フムゥ。興味深いデス」
言いながらタバコに火を付けて吸い始める探偵。
って、ここは喫煙所では無くてよ!
「す、スミマセン……物を考える時に吸わないと落ち着かないんデス。携帯灰皿も持ってるノデ、ポイステはシマセン」
むむぅ、まあいいか。俺にも一本おくれ。
「ッテ、シロクマさんも吸うんですカ。ドウゾ」
探偵に火を付けてもらい、空を見上げながら煙草を吸う。
よく見ればいい星空じゃないか。
「……シクシク……シクシク……」
その時……なんか、泣き声が聞こえる。
まさかとは思うが、雪女を探しにきたら幽霊に会いました的な展開になるんだろうか。
「シクシク……シクハック……」
なんともワザとらしい泣き声だ。微妙にイラっとする。
こちらに気づいて欲しいオーラが半端ない。
「オット、もしかして泣き声の原因アレじゃないデスカ? ちょっと殺してキマス」
ってー! 探偵! 物騒な言葉出すな!
これコメディだぞ!
「分かってますヨ。しかし私は探偵であると同時にゴーストバスターズナノデ」
何処から出したのか、いつの間にか探偵はロケットランチャー、略してロケランを持っている。
まさかそれで吹っ飛ばす気じゃ……。
「その通りデス。三時間以内でクリアすると弾も無限デス」
バイオ〇ザードかよ!
しかしロケランなら幽霊も一撃だろう。物理的に効くかどうかは置いといて。
「シクシク……シク……ゴホッ! ゲフッ!」
なんか咽てるぞ。というか俺には何も見えんのだが……探偵には幽霊の姿も見えてるの?
「モチのロンデス。今は……シロクマさんの肩に……」
と、俺にロケランを向けてくる探偵。
って、おぃぃぃぃぃい! そんなもん向けんな! っていうか俺の肩って……
「あぁ……タバコの火消して! 副流煙は健康被害大きいのよ! 知らないの?!」
なんか幽霊に怒られた。
ま、まあ消すけども。
「チョット幽霊サン。シロクマさんから離れてクダサイ。ロケランで吹っ飛ばせないじゃないデスカ」
「吹っ飛ばされると分かってて……素直に言う事聞く奴なんて居ないわ! というかシロクマさんって……DJシロクマ?」
なんか幽霊にまで俺の職業知られてる。
姿は見えんのに声だけ聞こえてくるって違和感ハンパねえな。
「そうだけど……俺のラジオ聞いてくれてるの? 幽霊さん」
「あら、お便りも送ったんだけど……」
なにぃ! だ、誰だキサマ!
「オレンジティー大好きよ!」
「……? あぁ、はい。美味しいですよね、オレンジティー」
「違う! そうじゃ無くて……私はオレンジティー大好きなのよ!」
いや、だから分かったって。
オレンジティーが大好きなんだな。
「だーかーらー! 私が! オレンジティー大好きなのよ!」
「俺もオレンジティー大好きだもんね! 酒で割るのが多いけども!」
「フム、じれったいデス。吹っ飛ばしマス」
チャ、とロケランを構える探偵!
待て待て待て待て! 俺を巻き込むな!
「仕方ありませんネ。ちょっと幽霊サン。貴方の泣き声で迷惑してる人居るんデス。控えてクダサイ」
あぁ、注意喚起でいいのね。
それならロケランとか出すなや。
「泣き声で迷惑って言われても……私、雪女だから冬以外は泣く以外にやること無いし……」
……ん?
雪女? オマエが?
「そうよ。そして私はオレンジティー大好きよ」
いや、分かったって。
「絶対分かってない! あれよ、ペンネーム! ペンネームがオレンジティー大好きなのよ!」
むむ……そういえば、そういうの居たような気が……。
あれ? でもあれは確かレモンティー大好きだったような……。
「そう、それ。レモンティー大好きから改名したの」
「……ってー! レモンティー大好きさんは雪女だったの?!」
「その通りよ! そして私はオレンジティー大好きよ!」
ビシィッ! と言い放つ雪女ことオレンジティー大好き。
マジか、ラジオまで聞いてくれているとは。
まあその話は後にして……今はアレだ。
オレンジティー大好きさんが雪女なら、ワイルドベリーとトマトを凍らせれるはずだ!
「なにそれ。そんな理由でここまで来たの?」
うむぅ。
というわけで頼むぜ。
「まあいいけど……はい」
はやっ!
ワイルドベリとトマトはものの見事に凍った!
流石だぜ、オレンジティー大好きさん!
「あとはコチラの用事ダケデスネ。貴方の泣き声が五月蠅いンデス。なんとかナリマセンカ?」
ふむぅ、っていうか、雪女って冬以外は泣いてるの?
「そんな話、聞いたことナイデス。大方自分の理不尽な人生に嘆いてたんデショウ。まあ同情はシマスガ……」
「理不尽な人生? 誰がよ」
いや、オレンジティー大好きさんが。
生贄にされたのに、蛇にもツマランって池の中に沈められたんでしょ?
「あぁ、そこの看板に書いてある話? そんなの嘘に決まってるじゃない」
えぇ?! 嘘なの?
じゃあ本当は?
「そもそも、蛇の神様って何よ。私が嫁入りしたのは鰻の神様よ」
鰻って……まあ、蛇にも見えん事は……ない……のか?
「それで、その鰻の神様は村人に見つかるなり蒲焼にされかかってね……なんでも望みを叶えるから蒲焼は勘弁してほしいって懇願したのよ」
神様が人間に懇願したのか。
なんか変な話だな。
「マア、昔から神様なんて呼ばれる物の大半は怪物デス。恐ろしい存在を神と崇める事で助けを乞う感じデスカネ」
いや、村人助け乞うてないやん。蒲焼にしようとしたんだし。
「そうなのよね。まあそれで村人達はこう言ったのよ。世界中の美味しい物を食べたいって」
村人どんだけ食い意地張ってんだ。神様を蒲焼にしようとしただけじゃあ飽き足らず……。
「その望みを神様は叶えたわ。その時々で、世界で一番おいしい物を召喚する術を村人達に教えたのよ。で、その術の起動には生贄が必要だったの」
なんだと。
まさか……その生贄って……。
「村人達は迷うことなく……鰻の神様を生贄にしたわ」
うおおおい! 村人容赦ねえ! そして鰻の神様可哀想すぎる!
「デ? 鰻の神様が生贄に捧げられたのに、貴方は嫁入りしたんデスカ?」
「あぁ、うん。生贄に捧げられても鰻の神様は生きてたわ。村人は衰弱しきった鰻を調理しようとしたんだけど……流石に私、ちょっと可哀想に思えてきて……」
いやいや、遅いわ。
生贄に捧げられる前に可哀想って思えよ。
「し、仕方ないじゃない。私当時十五歳よ? 大人には逆らえなかったし……。まあ、それで……私こう言ったのよ。次の生贄は私がなるから、鰻の神様は見逃してあげてって」
「ホホゥ、自ら生贄と名乗り出た部分は……伝説と一致してますネ。他は全然違いますガ」
で……村人達はアンタを生贄に……
「結局生贄にはされなかったわ。村人達も流石にやり過ぎたって鰻の神様に謝ったの。そしたら今度は鰻の神様がブチ切れて……」
なんか収集付かなくなってきたな。
「鰻の神様は生贄を名乗り出た私を嫁に寄こすように言ったわ。私は元々、生贄になるつもりだったし別に構わなかったんだけどね。そこからは……鰻の神様と色々な所に行って美味しい物を食べたわ」
「フム、意味が分かりませんネ。どこに雪女になる要素ガ?」
「あぁ、旅の途中で私が巨大な鰻に拉致られてると勘違いした侍が襲ってきたのよ。私は身を挺して鰻の神様を守ったわ。で、死んじゃったわけ。でも鰻の神様の力で復活して……その後も美味しい物を食べながら世界中を回ったわ」
いや、あの……話聞いてました?
貴方が雪女になった経緯を聞いてたんですが。
「あー、いつのまにか」
おぃいぃぃ! 適当すぎんだろ!
「マア、英雄譚は美化されやすいデスカラ。村人にとって彼女は正に救世主その物デスヨ。ブチ切れた鰻の神様の怒りを鎮める為、自ら嫁入りしたんデスカラ」
「分かってるじゃない。はぁ……でも……鰻の神様、もう天に召されちゃって……だから私泣いてたの。美味しい物もう食べれないから」
鰻の神様をもう少し想ってやれよ。
「想ってるわよ、だからこうして……あの人が大好きだったレモンティーを愛飲してたの。でもオレンジティーが思いのほか美味しくて……」
いやいや、レモンティーを愛飲してた理由が思いのほか重いのに、オレンジティーに切り替わるの軽過ぎね?
「シロクマのせいよ。オレンジティーなんか勧めるから……まあ、美味しいからいいんだけど」
「マア、何はともあれ、もう少し泣き声のボリューム落としてクダサイ。妙な動物の声真似するのも止めてクダサイ」
「チッ……面白いと思ったのに……」
いやいや、不気味なだけなんだが……。
「トコロデ先ほど、世界の美味しい物を召喚する術と言っていましたガ……その術、あなたは使えるんですカ?」
「使えないわよ。そんな怪しい術なんて覚えてないし、使えたら泣いてないわ」
ほら、鰻の神様の事……微塵も悲しいとか思ってないじゃない。
「し、仕方ないでしょ! こちとら千年単位で生きてるんだから! もう誰かが死んだからって悲しいなんて思えないわよ。まあしいて言うなら……レンタルビデオ店で見たい映画が借りられてた程度の寂しさはあるわ」
それ結構どうでもいいレベルじゃ……
その時、何やら探偵が考え込んでいた。むむ、どうしたのじゃ?
「イエ、美味しい物を召喚する術……もしそれを使えるとしたら、誰が居ますカ?」
「誰……と言われても……。あの時の村人の子孫なら……使えるかもしれないけど、そんな人もう残ってないでしょ?」
……?
ぁ、もしかして……死ぬほどウマイイチゴって、その術で召喚された物?
それであの男の子は生贄に……
「だとしたら、何故……イチゴを回収しなかったんデショウ。折角召喚した物ナノニ。回収できない理由があったとしたら……」
むむ、なんか探偵っぽくなってきたな。
まあ、俺は美味しいスムージーを作れたらそれでいいんだが。
「なにそれ。美味しそう。良かったら凍ったミカンも持ってく? それで私にも分けてよ、そのスムージー」
おう、そのくらいは当然さ! 協力してもらったしな!
「シロクマさん、ちょっと急いで戻りまショウ。嫌な予感がシマス」
そのまま民宿へ早歩きで向かう探偵。
俺も雪女に礼を言いつつ、探偵と共に帰路へ。
その途中……
「きゃあぁあぁぁ!」
また叫び声が! いや、まて……この声はまさか、ポンたぬきさん?!
「シロクマさん! 急ぎまショウ!」
「お、おう!」
急いで旅館へと戻る俺達。
しかし……作者は完全にノリで書いているが、果たして無事に完結するのか。
つづく