ごクマ
男湯の脱衣場に広がる惨状。
そこには大量のイチゴ。そしてそのイチゴに囲まれるように、一人の少年が倒れていた。
仰向けで、まるで棺桶で眠るように腹の上で手を組んでいる。
「……な、なんてこった……」
まさか……これは……
「シロクマさん、入らないでクダサイ」
俺が倒れている少年へと近づこうとした時、後ろから例の探偵が話しかけてくる。
すると別の男女が浴衣姿で堂々と脱衣場の中に。
なんだ、あの二人……こんな状況でまるで動じてない……
「あの二人は刑事さんデス。ここは専門職に任せましょウ」
あぁ、うん……っていうか、この場に警察と探偵が揃っているとは。
なんという危険な事を……。こんな人里から離れた旅館……いや、民宿に刑事と探偵を一緒に泊まらせるなんて! 事件が起きて当たり前じゃないか!
「我々が事件を呼ぶのカ……それとも事件が我々を呼ぶのカ……私としては後者であって欲しいデスガ」
ま、まあ某アニメみたいな展開になりつつあるしな。
これで少年探偵団でも出てきたらもうヤバイ。連鎖的に事件が……
「中居さん、救急車呼んで貰えますか」
その時、二人の刑事の内、女性の方が冷静な態度で中居へと要請する。
むむ、救急車と言う事は……生きているのか。
俺はテッキリ……
「シロクマさん、この小説のカテゴリー、コメディですかラ。作者がノリで描いている以上、我々がシッカリしなくてハ。言葉には気を付けましょウ」
そ、そうだな。頑張ってコメディー風にしよう。
なんかもう既にシリアス路線に入り始めている。作者の悪いクセだ。
「わ、わかりました」
要請を受けた中居さんは、救急車を呼びに下の階へ。
一方、俺と探偵は二人の警察をジーっと眺めている。
「怪我はしてないようだけど……しっかし、なんだこのイチゴ」
「金さん、食べちゃダメですよ」
二人の刑事、女性の方は比較的若い。二十台前半といった所か。
それに対して男の方は三十代後半……四十は行って無さそうだが、まるで寝起きのようなボサボサの髪型に微かに髭を生やした……ちょっとダラしなさそうなオッサンだ。
「とりあえず……おーい……」
男は少年の頬をツンツンつついて起こそうと……
「ちょ! 金さん何してるんですか! セクハラですよ!」
「えっ?! なんで?! ホッペをツンツンしただけ……」
「最近の男の子は繊細なんです! 金さんみたいなオッサンがホッペをつつくなんて……地獄絵図ですよ!」
なんか凄い言われようだ。
というか金さんって……まるで時代劇みたいな呼び方だな。
【注意:同作家の《穴》《嘆き顔のサンタクロース》の登場人物達ですが、別にそっち読まなくても大丈夫です。これは宣伝ではありません】
また出たぞ、この注意書き。わざわざ宣伝じゃないって書く所がいやらしい。
すると、バタバタと何やら中居さんが慌てた様子で三階へ駆けのぼってきた。
むむ、どうしたのだ?
「た、大変です! 吊り橋が落ちたって……」
中居さんの言葉で、一瞬時が止まる。
それは他のメンツも同じようで、中居さんが何を言っているのか理解できていないようにも見えた。
だが中居さんはそこまで難しい事を言っているわけではない。
そう、吊り橋が落ちたのだ。
話自体は全然難しくはない。サスペンスや推理物の話ではよくある……
「なにぃー!」
思わず大声を上げてしまう俺!
オチツケ、と探偵が俺の小さな尻尾を握ってくる! ふぉぁ! よ、よさんか!
「確かにあの吊り橋はボロボロでしたが……あまりにタイミングが良すぎマスネ。まさかコレは……」
「ちょ、ちょっと待て! じゃあ俺達……閉じ込められたって事か?!」
「マア……ですが、これは推理小説ではアリマセン。脱出方法はイクラでもあります。例えばヘリを要請したり、それこそ地元警察に通報すれば何とかしてくれるハズ……」
じゃあ早速警察に通報しよう!
「あ、あの……」
だがその時、中居さんが非常に申し訳なさそうな顔を。
なんだ、どうしたんだ。
「それが……今救急車を呼ぼうとしたんですが……電話が通じなくて……」
「……あ?」
まさか……旅館……民宿の電話線も切られたのか?!
いやいや、一昔前のサスペンスなら致命的だろうが、今の世の中、携帯電話という物が……ってー! アンテナ立ってねえ! なんだこの土地は!
「ここは昔から携帯電話が通じなくて……やっとこさ、最近中継するアンテナを立てるって話が出たくらいで……」
「なんだとう……っていうか……」
民宿内で起きた不可解な事件、落とされた吊り橋、とどめに外への連絡手段も絶たれた。
こ、これは完全に……
「完全に……次もありますネ。犯人は我々をここに閉じ込め……次々とイチゴまみれにするツモリかもしれまセン」
「なんてこった……イチゴまみれにされる前に逃げよう!」
「シカシ吊り橋が落とされたのでは……マア、私が一度様子を見てきまス。金サン、いいですよネ?」
「勝手にしろ」
金さんと呼ばれた刑事と探偵は知り合いのようだ。
そのまま探偵は出ていき、男の警察官……いや、今後は俺も金さんと呼ばせてもらおう。
金さんは倒れていた男の子をお姫様抱っこし、階下へと運んでいく。俺はそっと……脱衣場からイチゴを一つとって浴衣のポッケへと忍ばせた。
男子を抱っこしている金さんの後について下の階へ。
そこには、心配そうに様子を伺う宿泊達が。
その中に、美少女化したポンたぬきさんと、タヌキ化した小畑君の姿も。
「皆さんー! 私達は警察です! ご心配おかけしました、ご説明しますのでロビーに集まってください!」
女性の方の警察官は警察手帳を掲げて呼びかける。
おおう、まさに金田一みたいな展開になってきたな。
こんな事が本当に起きるなんて……
※
ロビーに集められた宿泊客達。
結構人数いるな。民宿の従業員も合わせると相当な数に……。
ちなみに先ほどの男の子は、あの蓑虫のツレだったようだ。
今は蓑虫と共に自室に居る。まだ目は覚ましていないが、睡眠薬のような物を飲ませられたのでは、と金さんは言っていた。
「お騒がせして申し訳ありません、私、岐阜県警の前坂 里見という者です。こっちのオッサンは難波 金次郎。それで、皆さんに先程の騒ぎのご説明をさせて頂きます」
前坂と名乗った刑事は、先程の惨状を簡略的に説明する。イチゴの事や落ちた吊り橋の事は説明しない。恐らく場が混乱すると思っての判断だろう。だが、イチゴの事はともかく吊り橋の事はそのうち漏れるだろう。従業員の数人はもう既に知っているようだ。先ほどから泣きそうな顔をしている人がチラホラ……。
「と、言うわけです。ご心配おかけしました、それと……今日は外出はせず、このままお部屋の中で過ごして下さい。どうしてもという事なら私か、このオッサンが同伴します」
あからさまにおかしな指示だ、と客からどよめきが。
まあ、確かに……客だけで外出しようものなら、いつイチゴまみれにされるか分かった物ではない。
というかイチゴ……
「ちょっといいかえ?」
その時、イチゴ星出身のお姫様が挙手して質問を求めた!
おお、ずいぶん地球の風習に慣れてきたようだ。しっかり浴衣着こなしてるし。
「お主の言い分じゃと、まるで外が危険かのように聞こえるんじゃが……」
「いい質問です」
その時、女性警察官、前坂はミルクプリンの質問に動じる気配を見せない。
まるで待ってました、と言わんばかりに……
「実は……この近辺にクマが出没したと通報がありました。大変危険ですので、外出は控えていただけると……」
「クマ?」
全員の視線が俺に注がれる。
クマならそこに居るじゃないか、と。
すると途端に前坂が焦りだした!
「ち、チガイマス! シロクマさんではなく、彼よりももっと狂暴な……えっと……黒いクマです!」
黒いクマって……要は普通のクマだろ。
「あー、ちっといいか? 妾の勉強不足かもしれんが、シロクマはこの星で最大の肉食獣じゃろ? アイツ以上に危険なクマがおるのか?」
おお! ミルクプリン、ちゃんと地球の事について勉強してるんだな!
ちょっと見直したぞ!
「あぁ、えっと……その……どう……なんですか? シロクマさん」
ってー! 俺にフってくんのか!
前坂は俺に「なんとかして!」とアイコンタクトを送ってくる。
お前ぇ……妙な嘘つきおってからに……
「え、えっと……俺は野生? じゃないし……黒いクマには勝てないかも……」
まあ、実際野生のクマに襲われたら俺は敵わないだろう。
例えるなら、都会に住んでいる巨大な人間よりも、アマゾン川で大自然を相手に生きている人間の方が強そうだし……。
「ふむぅ、分かった。旅行に来てクマに襲われるのも何だしの。外出は控えよう」
ミルクプリンの一言で、他の客も「そうだそうだ」「そうしよう」と納得し始めた。
むむ、まさかミルクプリン……最初からこれを狙って……いやいや、それは考えすぎか。
それから宿泊客達は各々の部屋へと戻り、俺も戻ろうとした時、前坂に呼び止められた。
「シロクマさん……申し訳ありませんでした……つい、クマって言っちゃって……」
「いや、別にそれは構わんけど……。これからどうするの? 吊り橋も落ちてるし連絡手段も無いんじゃ……」
「中居さんの話によると、明日の朝には新聞配達の人が来るだろうし……その時に落ちてる吊り橋には気づいてくれるだろうと……」
ふむぅ、つまりは今夜を乗り切れば……。
「これは言うまでもない事だと思いますが、先ほどの事は他言無用でお願いします。同室の方にも……」
「あぁ、うん。それは勿論……」
そもそも俺は小畑君とポンたぬきさんへのお詫びとして旅行に来たのだ。
わざわざ不安にさせるような事を言う必要はない。
その時、ロビーで前坂と話していると探偵が帰ってきた。
むむ、吊り橋はどうだったの?
「物の見事に落とされてマシタ。止め木に焦げ痕があったので……恐らく爆弾か何かで落としたのデショウ」
ば、爆弾?!
なにそれ、そんな物騒なもん……
「時限装置のような物も見つけマシタ。わざわざこんな物を作って吊り橋を落とす理由は一つデス」
「アリバイ工作か」
おおぅ、今まで無言だった金さんがいきなり話に入ってきた。
って、アリバイ工作? え、ちょっと待って……っていう事は……
「あの少年を襲った犯人は……宿泊客の中に居る可能性がアリマス。もう少し状況を詰めておくべきデスネ。まずは中居さんに発見した時の状況をもう少し詳しく聞いてみましょウ」
むむぅ、マジでサスペンス的な展開になってきたな……。
まあ、とりあえず俺は部屋に戻るか。小畑君やポンたぬきさんも不安だろうし……。
「なんじゃ、コソコソとしおって。吊り橋が落とされたならそう言えばよかろうに」
ってー! いつのまにか浴衣姿のミルクプリンが俺の巨体に隠れるように立っていた!
こいつ、忍者か!
「妾は姫じゃ。それで? なんだかおもしろそうな事になっとるのぅ」
ミルクプリンの威圧的な態度に、警察官二人はタジタジに!
まあコイツを関わらせたくない気持ちも分かるが、俺には少し気になる事がある。
そっとポッケから、先ほど脱衣場で密かに拾ったイチゴを出し、ミルクプリンに見せてみる。
「ミルクプリンさん。このイチゴ……何か分かる?」
「あ? なんじゃいきなり……って、このイチゴは……死ぬほどウマイイチゴではないか!」
やはりそうか……。
このタイミングでイチゴって時点で……そうじゃないかとは思ったが。
しかしそうなると色々と疑問が残る。
「ちょ、ちょっと一口食わせよ」
そのまま俺の手にあるイチゴをバクっと半分程食べるミルクプリン。
あぁ! 死ぬほどウマイイチゴなら俺も食べてみたかったのに!
「この味……このみずみずしさ……間違いない、旬の死ぬほどウマイイチゴじゃ」
「……旬? いや、でも……」
たしか前のラジオで……死ぬほどウマイイチゴの旬は三月から五月の頭だって……。
ちなみに現在は五月の下旬。微妙に旬は過ぎている。
「この甘さと酸味の掛け合い具合から見て……一番おいしい時期じゃな。ちょうど妾が渋谷でバラまいた時の……」
「あ、あの……ちょっといいですか?」
むむ、前坂が話を割って入ってきた!
イチゴが食いたいのか?
「違います……あの、お嬢さん……そのイチゴはもしかして貴方の物ですか?」
「そうじゃ。妾が母星から持ってきたイチゴじゃ。この星には無い物じゃからな。間違いない」
「ということは……」
じぃー……とその場にいる者全員がミルクプリンを見つめる。
お前が……あの幼気な男子をイチゴまみれにした犯人か!
「はぁ?! なんの話じゃ! このイチゴを地球に持ち込んだのは妾じゃが、今この場には持って来とらんわ! 妾が持ってきたのはワイルドベリーだけじゃ!」
そんなイイワケは良くてよ!
犯人確保!
「ゴルァ! そんなに疑うならシロクマも食ってみい!」
と、食べかけのイチゴを俺の口に放り込んでくるミルクプリン!
ふおぁ! 関節キッス……って、高校生か、俺は。
……むむ!
こ、このイチゴ……甘い……甘いんだけど……しつこい甘さではない。
さっぱりした甘さで、しかも酸味がほどよく、冷やした状態で食えば……夏場とかマジで美味しそう……。
「どうじゃ、シロクマ」
「美味い……死ぬほどウマイ……こ、この美味さを知ってる奴なら……あんな事はしない!」
そう、あんな脱衣場にばら撒くような真似は……!
こんなに美味いなら、俺だったら独り占めする!
「妾の疑いは晴れたようじゃな。文句はあるまい? 民警察共」
ミルクプリンの言い分は証拠とは言い難いが……その威圧的な態度に警察官二人は頷くしかない。
「どれ、では疑いが晴れた所で……主たちにもワイルドベリーをやろう。お裾分けじゃ」
言いながら浴衣の裾からワイルドベリーを取り出すミルクプリン。
それぞれ一個ずつ手渡していく。そして皆同時に一口で口の中へ。
「……なにこれ美味い!」
「うっま……」
「ムム、絶妙デス」
「うめえ……」
俺を含めて全員が称賛する!
ジュースとかにしてみても美味しそうだ。
確か前に……トマトとイチゴのスムージーが美味しいって……
「ほほぅ、シロクマ、早速それを作ろうぞ。妾もそれが飲みたくなってきた!」
「そうしよう!」
そのまま俺とミルクプリンは中居さんへとミキサーを貸して欲しいと要請!
ウフフ、美味しいスムージーを作るぞ!!
なんか忘れてる気もしないでもないけど。




