よんクマ
海は広い。
歌にもあるように、海はとてつもなく広い。
皆様は知っているだろうか。まだ人類は海の三分の一しか知らないと言う事を……。
まだ海には数千種類の未確認生物が居るのだ!
なんというロマン! そのロマンを妄想しつつ、ビールを煽る俺。
「ふふぅ、極楽だぜ……」
そしていつの間にか、海は茜色に染まりつつある。
チラっと時計を確認すると、もうそろそろ夕食の時間だ。
ふふふ、ディレクターの言う事が本当ならば、とてつもなく美味い料理が出てくる筈。
それを食べれば小畑君もポンたぬきさんも……ご満悦の筈!
「っていうか二人とも、結構ゆっくり温泉浸かってるな。もうかれこれ二時間……」
まあ別にそれは構わんのだが、のぼせてたりしたら大変だ。
ちょっと様子みてくるか。
一旦部屋を出て三階の温泉コーナーへ。
すると正面から、浴衣姿の黒髪ロング美少女が歩いてきた。
むむ、こんな可愛い子まで泊まりにきてるのか。半分仕事じゃなかったら雑談でも楽しんでる所だが……まさかそんな所を小畑君に見られた日には、またお叱りを受けるかもしれぬ。ここは我慢我慢……。
「ぁ、シロクマさんだすーっ、温泉気持ちよかっただすよーっ」
「……? ん? あぁ、うん。それは良かったですね~」
「だすだす~ シロクマさんまた温泉だすか? 先に部屋に戻ってますだす~」
あぁ、はい……と手を振って別れる。
「……ん?! い、今の……いや、まさかまさか……俺酔ってるんだ」
眉間を抑えつつ、落ち着きながら男湯を覗く。
すると、そこには既に浴衣に着替えている……ポンたぬきさんの姿が。
ってー! おい、ポンたぬき!
「え、な、なんですか」
「なんですかじゃないでしょ! 君は一応女の子でしょう?! 男湯に入ってどうすんの!」
「何いってるんですか。俺は男ですよ」
何言ってんの、この子!
あぁ、もう! この温泉に来る女は皆男湯に入りたがるのか?!
普段なら喜ばしい事この上ないが、今日はダメだ! そういう日ではない!
「まあ、ほら、そろそろご飯だから。いくよ」
ひょい、とポンたぬきさんを抱っこ。
そのまま再び部屋へと向かう俺。
「いや、シロクマさん、俺自分で歩けますから」
「遠慮はいらんよ。というか……ポンたぬきさん、小畑君は喜んでくれてるかな……」
「さっきから何言ってるんですか」
何って……っていうか、この子こんな普通に標準語話せたっけ?
いつもは語尾にダスダス言ってるのに……。
まあ天然温泉に入ったんだ。そういう気分……ってー!
俺、小畑君を迎えに来たんだった! ポンたぬきさんだけ連れ帰ってどうするよ!
自分でも何をしているのか分からないが、再び温泉へと戻る俺!
「小畑君! のぼせてない?!」
と露天風呂の扉を開けると、そこに居たのは知らないオッサン一人のみ。
あれ? 入れ違いになっちゃったのかしら。
「シロクマさん、俺を探してるんですか」
「え? ちょ、ポンたぬきさん、さっきから俺俺って。オレオレ詐欺じゃないんだから……」
「だから俺ですよ、オレオレ」
……?
俺はそっと知らないオッサンに会釈をしつつ扉を閉め、無言で部屋へと戻る。
すると部屋の中には当然のように黒髪ロング美少女が。
「ぁ、シロクマさんに……ぁ、小畑君も一緒だすか~」
って、ぎゃああぁ! や、やっぱり!
待て、待て! オチツケ俺!
「え、えっと……小畑君が狸?」
「だからさっきからオレオレって言ってるじゃないですか」
「で……ポンたぬきさんが……美少女?」
「そんなーっ、シロクマさん、わだす……はずかしいだすーっ」
ちょっと待て……何この状況……。
ただ単純に精神が入れ替わったとかいう話なら、まだ分かるが……
なんか種族が……二人とも種族が変わってない?! どうなってんの?!
「そのままの意味ですよ」
ピョン、と抱っこしていた小畑君が畳の上へと飛び降り、そのまま美少女ポンたぬきの足元へ。
「ぁ、小畑君……毛並みがフサフサになっただす~っ、気持ちいいだすな~っ」
今度はポンたぬきさんが小畑君を抱っこし、しっぽへと頬ずり。
ちょっと待って……説明プリーズ!
「ぁ、わだす、ボディーソープで体洗うと人間の姿になるんだす。言ってませんでしたっけだす?」
いや、聞いてねえよ! そんな特殊な設定!
「そして俺はシャンプーをすると狸の姿になるんです。言ってましたよね?」
だから聞いてねえよ! なんだその……ら〇まみたいな設定!
二人ともそんな……特殊な体質だったの?!
「そこまで特殊だすか? わだすの故郷の人は皆そうだすけど……」
「俺の家族も」
いやいやいやいやいやいや! んなわけあるか!
そんな奇想天外な存在が居たら大ニュースだわ!
「シロクマさん、よく考えてください」
え、な、なんだね小畑君。
「人類は未だ……海の三分の一しか知らないんです」
なんか聞いたことのあるセリフを……。
「だから僕達のような存在を、人類が認知してなくても全然不思議じゃありません」
っぐ……そういわれたら……なんか納得してしまう!
そうだ、俺が人類の何を知っているというんだ。
シャンプーしたら変身する人が居ても……なんら不思議では……
「いやいやいやいや! いや、まって……うん、まあ……世の中広いし……」
現実から目を背ける事にした俺。
頭を切り替え、持ってきたクーラーボックスの中からビールを取り出す。
「小畑君、ビール飲める? ぁ、ポンたぬきさんも」
「頂きます」
「だすだすーっ、風呂上りのビールは格別だすなーっ」
おお、二人ともノリがいい。
じゃあ三人で乾杯しようぜ!
ビールを配り、小気味いい音と共にプルタブを開けて乾杯。
「かんぱーい」
「だすだすーっ」
「乾杯ー」
それぞれお缶ビールを打ち付け合い、三人ともに海を見ながらビールを煽る。
ぷはーっ! 美味い!
「風呂上りは格別だすなーっ」
「…………ヒック……」
んぉ? なんか小畑君が既に真っ赤だ。(顔色良くわからんけど)
もしかしてお酒弱かったりする?
「風呂上りだしアルコール回るのが早いんだすな。大丈夫だすよーっ、小畑君。今日は私がお世話するだすーっ」
そのまま小畑君を抱っこし、ソファーへと座るポンたぬきさん。
すると、小畑君はポンたぬきさんの膝の上で気持ちよさそうに寝転がる。なんか立場逆転してるな……。
「小畑君大丈夫? もうすぐご飯だけど……」
「大丈夫でふ……」
ふむぅ、今すぐにでも寝てしまいそうだが。
そんな小畑君の頭を撫でつつ、ポンたぬきさんはご満悦なご様子。
なんというか……これ以上なくピッタリな二人だ。
「失礼しますー」
その時、中居さんが部屋の中へ。
後ろには料理が積まれたカートが! きた、ご飯!
「食事のご用意させて頂きますー」
そのまま配膳していく中居さん。
おおぅ、鍋とかある。
ん? というか……この透明な刺身は……。
「中居さん……この刺身何? まさか……」
「ぁ、フグですー」
な、なにぃ! フグ?!
フグの季節って二月くらいまでだと思ってたけど……。
ちなみに今は五月。今も食べれるの?
「ぁ、作者がどうしてもって言うので……リアルに食べれるかどうかは知りませんー」
うおぉぉい! ちゃんと調べろや!
夏はフグの毒強くなるんだぞ!
「大丈夫ですー、たぶん」
ちょ、中居さん……たぶんとか言っちゃったよ……。
「では鍋の方、火つけますねー……」
簡易コンロの火を付ける中居さん。
ちなみに鍋以外にも、ミニ海鮮丼の様な物も。
おおおお、イクラとウニが乗ってるぅ。
むむ、こっちは茶碗蒸しか。むむむっ! てんぷらもあるぞ!
その他にも、目の前に並べられている数々の料理。
ぁ、写メとってインスタにアップしなければ。
「それではー。ごゆっくりー」
配膳を終え、中居さんはさっさと出ていく。
どうやら相当に忙しいらしい。今日は宿泊客多いのかしら。
「じゃあ……いただきます」
「いただきますだすーっ」
「……………」
ってー! 小畑君寝てるぅ!
ちょ、料理冷めちゃうよ!
「小畑君、小畑君」
フニフニと耳を揉みながら起こそうとするポンたぬきさん。
小畑君はゆっくり体を起こし、そのままポンたぬきさんの膝の上で鎮座し続ける。
「小畑君、何食べるだすかー?」
「……フグ……」
「はーぃっ、憧れの……五、六枚纏めて攫って食べる奴!」
フグの刺身を豪快に取るポンたぬきさん。
醤油をちょっとつけ、そのまま小畑君の口の中へ。
おお、美味そう。俺も頂こう。
「小畑君、美味しいだすかー?」
「美味しい……」
なんか小畑君……酒弱いんだな。
それとも疲れてるだけか? あぁ、なんか悪い事したな。
もしかしたら車の中で、俺以上に気を張っていたのか?
「ぁ、シロクマさん、この小っちゃいイカってホタルイカだす?」
「だね。これはみりん干しかな?」
パクっと一口で。
むむぅ、ビールが合う! 極楽だぜ!
「フグの刺身って初めて食べただすけど……なんかこう……プルプルだすな」
「うんうん。プリプリだよね」
「プルプルだすなーっ!」
「プリプリだよねーっ!」
なんか二人で盛り上がる俺とポンたぬきさん。
小畑君は今にも寝てしまいそうだが、ポンたぬきさんが「あーん」するとちゃんと食べてくれる。
ふむふむ、小畑君は酔うと甘えるタイプか。
「ん……? なんか今……変な音しなかっただすか?」
「へ? どんな音?」
ポンたぬきさんが突然怪訝な顔をし、耳を澄ませる。
すると……
「キャァーっ!!」
思わずビクっと体を震わせる俺達!
今までウトウトしていた小畑君ですら目を見開き驚いていた。
今の叫び声……中居さん?!
「え、な、何だす?」
「二人ともちょっとここに居て、俺様子見てくるから……」
そのまま席を立ち、部屋を出ると、他の部屋からも客が様子を見に廊下へ出ていた。
どうやら叫び声は三階……温泉コーナーから聞こえてきたらしい。
俺は急ぎ足で三階へと駆けのぼる。
すると男湯の入り口で中居さんが腰を抜かしているのを見つけた!
「ど、どうしたんですか! 中居さん!」
「ぁ、ぁ、あれ……あれ……」
中居さんは男湯の中、もっと言うと脱衣場の中央を人差し指で指示す。
「……な、なんてこった……」
そこで俺が見た物……それは……
あまりにも凄惨な……光景だった。