にクマ
さて、今回の話はいつものようなラジオ形式ではない。
この話は……俺が実際に体験した、あの不可思議な事件の記録である。
今思い出しても恐ろしい、この事件は……俺の華麗なるドライブテクニックを披露する所から始まる。
※
その日、俺は……件の人物、ポンたぬきさんと、小畑君と共にレンターカーで福井県の民宿へと向かっていた。二人へのお詫びの意味での旅行だったが、行きの車は終始生きた心地がしなかった。小畑君は常に眉間にシワを寄せ、ポンたぬきさんは俺と小畑君に気を使いながら、サクランボを手渡してくる。
「シロクマさん、わだすのサクランボ、美味しいだす……ですか?」
「ん……ぅん……」
ちなみに何故かポンたぬきさんが助手席に座っている。
小畑君と一緒に後部座席に座ればいい物を……というか、ポンたぬきさんは俺の予想より遥かに小さかった。いや、狸というのは小動物の部類に入る種類が多い。ポンたぬきさんが、どの種類の狸かは知らないが……下手をすれば子供が持っているヌイグルミ程度の大きさだ。正直、急ブレーキを踏んだらフロントガラスに突っ込みそうで怖い。小さすぎてシートベルトも意味を成さないのだ。チャイルドシート、もしくはゲージをもってくれば良かった。
チラ……とバックミラーで小畑君の様子を確認。
相変わらず眉間にシワを寄せながら腕を組んでいる。正直、来てくれるとは思わなかった。集合場所にすら来ないのでは……とも思ったが、ピッタリ時間通りに小畑君は来てくれた。
「え、えーっと……小畑君? 飲み物好きに飲んでいいからね? お酒もあるし……」
「はい」
はっきりとした声で「はい」と言いながら、小畑君は微動だにしない。アイスボックスに入った飲み物には、一切手を付けない。ひぃぃぃぃぃ! ヤヴァイ、こういう精神攻撃が一番来る。
その時、ポンたぬきさんが気を使ったのか、俺に話をフってくれる。
「し、シロクマさん、これからいく民宿って、どげな所だすか?」
「えーっと……民宿って言っても、見た目は普通の旅館っぽいよ。温泉もあるし……。ウチのディレクターが一度行ったことあるらしいけど、料理がメチャメチャ美味いって喜んでたから……」
ポンたぬきさんに説明しつつ、再びバックミラーで小畑君を確認。
俺の話に反応する事もなく、ただひたすらに腕を組んで眉間にシワを寄せている。
うぅ、怒鳴り散らされるよりキツい……俺の毛皮も今は冷え切っている。
「ぁ、海……」
すると、ポンたぬきさんが窓から見える風景に目を輝かせる。
水平線がハッキリと見える。岐阜県では見れない景色だ。山しかないからな。
「きれいだす……窓あけていいだすか?」
「う、うん。気をつけてね。吹き飛ばないように……」
そのまま窓を半分程あけ、ポンたぬきさんは全身に海の空気が混じった風を受ける。
おお、確かに気持ちい。ポンたぬきさんも、風を受けながら如何にも気持ちよさそうに目を細めている。そのまま寝てもいいのよ。
「風邪曳くぞ」
小畑君の言葉で、ポンたぬきさんはビクっとしながら窓を閉める。
っぐ……小畑君、かなりピリピリしてるな……
勿論俺は謝った。これでもかというくらいに謝った。だが小畑君は中々許してくれない。
(どうすべきか……せっかく旅行に来たんだし楽しませないと……し、しかし……ぐぉぉぉぉ……俺の胃が持つかどうか……さっきからキリキリして穴が開きそう……)
精神攻撃でシロクマをここまで追い詰めた人間は、おそらく小畑君が人類初だろう。あなどりがたし……。
さて……まあそんなこんなで、行きの車は大体こんな雰囲気だった。
俺は自分の胃に穴が開かない事を祈りつつ、運転に専念する。もはや、冒頭にある「ドライブテクニック」云々は忘れてもらいたい。
※
さて、そんなこんなで民宿の最寄の駐車場に到着。ここからしばらく歩いて向かう。
「お、小畑君、俺荷物持つよ、シロクマだし力強いし……」
「結構です」
「ぁっ、飲み物飲んだ? 水分補給は大切……」
「飲みました」
「いやぁーっ、いい天気だねぇ、旅行日和だねぇ」
「そうですね」
悉く一言で返される会話のキャッチボール。
例えるなら、俺は硬球を投げてるのに、小畑君から帰ってくるのは水風船……。当然ながら水風船はグローブで受ければ割れてしまう。俺は新たに硬球(会話のタネ)を投げなければならない。
うぅ、やばい……胃が痛む……キリッキリする……。
俺は右手に自分の旅行鞄、左手に酒類が入ったアイスボックスを持って歩く。
ちなみに民宿は持ち込みOKだ。追加料金を取られる事もない。
「うんしょ……うんしょ……」
すると、後ろから着いて歩いてくる……ポンたぬきさんがエラくデカイ風呂敷を背負っていた。
まさか……それ全部サクランボ?
「だすだす……美味しいから沢山持ってきただす……ダメだっただすか?」
「いや、別に構わないと思うけど……持とうか? 重そう……」
と、その時、小畑君が無言でポンたぬきさんの荷物を奪い取り、スタスタと歩いて行く。そのまま吊り橋を渡り切り……先へ。
ま、マジか……さりげない男って……ああいうのを……
うぅ、小畑君、めっちゃいい人やん……仲良くなりたい……一緒に酒を飲み交わしたい!
「お、おおおお小畑くぅん!」
その時、俺は走った! 吊り橋を揺らしながら、ポンたぬきさんを抱っこしながら走った!
そして小畑君の正面に回り込み、荷物を地面に捨てて土下座!
「ごめんなさいぃぃぃ! もう何度も謝ってるけど、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
「……? あぁ、はい」
ちょ! まって、まって!
「なんですか、もう謝って頂かずとも結構です」
「そ、そんなワケにはいかぬ! 小畑君が許してくれるまで俺は……」
「何言ってるんですか。もういいですよ」
……いや、そんな事言わないでぇ!
「シロクマさん、シロクマさん」
俺が必至に土下座していると、ポンたぬきさんはツンツンと俺をつついてくる。
な、なんじゃ? 今俺は忙しい……
「小畑君、もう怒ってないだす。ただ、シロクマさんとどう接していいのか分からないだけなんだす」
「ほえ?」
「だから、小畑君はちょっとコミュ障? なんだす。恥ずかしがり屋なんだす」
え、なにその恥じらい男子系の設定。
……ホントのホントに怒ってない?
「怒ってないですよ……もう散々謝って頂いたんですから」
「ほ、ホントに? ホントに?」
「しつこいと怒りますよ……」
ぅっ……は、はい……
「大体……そこまで怒ってたら今日着てませんよ……ポンたぬきが気にしてないなら……俺に怒る理由は無いですから」
そ、そうなの?
で、でも……小畑君……
「それ以上言ったら怒りますよ」
は、はい……
なんだ、小畑君怒ってなかったのか。
ただ俺とどう接していいか分からなかっただけか……まあそりゃそうだよな……人間ならまだしも……俺、シロクマだしな……。
※
そんなこんなで民宿に到着!
和風の……武家屋敷って感じの宿だ。
しかし玄関は広く、入った瞬間……安心する木の香りが。おおぅ、この匂い好きだぜ。
「ごめんくださいーい」
中の方へと玄関から声をかけると、中居さんが出てきて対応してくれる。
「いらっしゃいませー。ぁ、ご予約のシロクマ様、三名様でよろしいですか?」
ふむぅ、俺の名前を見ただけで判別するとは!
出来る人は違うな!
「シロクマさん、その姿見て分からない人いないだす」
おおぅ、ポンたぬきさんが突っ込み役か!
まあ獣同士……仲良くしようじゃないか。
そのまま靴を脱ぎ、中居さんに案内され部屋へと。
おお、結構広いな。ここ本当に民宿か? 旅館って言った方がいいんじゃ……。
「お茶いれますねー。ぁ、そちらの窓開けてみてください」
「……? あぁ、はい」
言われるまま、バルコニーへとつながる窓を開け放つ。
すると……
「……うぉぉぉぉぉぉぉ! 海が! 近い!」
「おおおぉぉぉぉ! だすだすー!」
目の前に広がるのは青い海! そして水平線!
なんてことだ! しかも露天風呂からも見えるんじゃないか?! 海!
ポンたぬきさんと一緒に興奮しまくる!
あぁ、俺ホッキョク生まれだけど……育ちは岐阜県だからな。
ホッキョクグマ元気かな……。
「お気に召しましたか?」
「「はい!」」
元気よくポンたぬきさんと返事をする。
小畑君は既に中居さんが淹れたお茶を啜っていた。
落ち着いてるな……小畑君。
「それでは私はこれで……まだご飯まで時間ありますけど、露天風呂や大浴場はいつでもご利用可能ですのでー。女湯と男湯の入れ替えは十二時間毎に行っておりますので……」
「わかりましたーっ」
露天風呂か、気持ちよさそうだなっ!
じゃあ小畑君! 男同士裸の付き合いと行こうじゃないか!
って、あれ? 寝てる?
「小畑君も気使って疲れちゃったんだすな。わだし、布団にねがせます。シロクマさんも運転で疲れてるだろうし、先にお風呂いってでください」
「ぁ、うん。じゃあお言葉に甘えて……」
まあ、出来るだけ二人きりにするべきだよな……。
しかし小畑君も……ポンたぬきさん狙いとは……。
「ぁ、そこのシロクマさん。ちょっといいかい?」
部屋を出て露店風呂に向かう途中、突然呼び止められた。
そこに居たのは……ん? 蓑虫?
なんというか、なまはげ? のような恰好をして、顔にはハニワのような仮面をした奴がそこに居た。
「……何、アンタ……どっかの村のシャーマン?」
「いいセン行ってるヨ。そこで質問なんだけど、露天風呂って何処?」
なんだ、露天風呂に行きたいのか。
じゃあついてこい! 俺も行くから!
「おおぅ、よろしくぅ」
……あれ? 蓑虫……蓑虫……なんか最近、どっかで蓑虫ってワード聞いたな。
いや、まあ……蓑虫なんて何処でも聞くか。
この旅館は三階建て。
いや、民宿だったな。しかし建物自体もデカいし設備も中々揃っている。
俺の中での民宿というのは民家っぽい宿という見解だが……。
まあ、それはさておき……風呂は三階にあるみたいだ。露天風呂も展望台のようになっていて、かなり気持ちよさそうだ。
「時にシロクマさん、君はオスか? メスか?」
「ああん? メスに見えるか?」
「正直……服を着ている動物系のオスメスなんて人間には区別付かないヨ」
むっ……それはそうか。
俺は今アロハシャツにハーフパンツ。まだ夏もないのに涼し気な恰好だが、正直服など無くてもいいくらいだ。だが人間社会で生きていく以上、何か身につけなければならない。
「さっきのタヌキ、服着てた?」
「スカーフつけてただろ。ポンたぬきさんはあれでいいの」
そのまま三階まで階段で上り……いざ風呂ゾーンへ!
むむ、男湯はコッチか……。
「フフゥ、ようやくお風呂に入れるヨ」
「……おい、蓑虫。お前男なのか? 声からして女っぽいと思ってたんだが」
「蓑虫ではないよ。私は歴とした……超能力者サ」
……なんかやっぱり聞いたことあるな……いや、待て……たしかこの前のラジオで……そんなペンネームの奴が……
「よっこらせ……」
……ん?
その時、俺の目に飛び込んできたのは、半裸の大学生くらいの女の子……って、キャー!
「な、なんだね。大きな声をだすなヨ」
「な、な……お前は女湯! ここ男湯!」
「硬い事をいうなヨ。シロクマと一緒に入浴という貴重な体験をしたいんダ」
「そういうのはプレイベートで! 今日は俺半分仕事なの! さっさと女湯行け! シッシ!」
渋々半裸状態で出ていく女子大生。
むむぅ、ビビった……なんなんだ、一体……。
何はともあれ……とりあえず露天風呂に行こうか。
海を一望しながら風呂とか贅沢すぎる。氷風呂だったらいう事無いが、それなら正直ホッキョクに行った方が速い……。
そして……ガララ……と露天風呂への扉を開けた瞬間、俺は目を疑った。
「……極楽極楽じゃ……死ぬほどウマイイチゴがあれば尚良かったのー」
そこには……金髪の欧米人っぽい……“女性”が既に風呂に浸かる姿が。
ってー! ぎゃあああああ! 俺間違えた?!
俺、女湯に入ってた?!
「お、シロクマ? 主、もしや……DJシロクマか?」
「あ? そうだけど……」
露天風呂に浸かりながら話しかけてくる欧米人。
なんだろう……初めて会った筈なのに、どこかで会ったような気がする。
「そちの助言どうり、福井県の民宿に来てみたのじゃが……偶然じゃの。まさかそちも来とるとはな」
「あ? ま、まさか……」
いや、まさかまさか……
「み、ミルクプリンさん?」
「そうじゃ。なんじゃ、その鳩が豆鉄砲を食らったような顔は。そちはシロクマじゃろ?」
な、なにぃぃぃぃぃっぃい!!!
俺はこれまで、ミルクプリンさんはてっきり……ロリっ子とばかり思っていたが……
今、目の前にいる欧米人は……まさしく大人の女性そのもの……。
え、え?! ホントにミルクプリンさん?!
「だからそう言っとるじゃろ……何をしとる、風呂に入りにきたんじゃろ? さっさと入らんか。ここは大衆の宿じゃ。遠慮はいらんぞ。ちこう寄れ」