秋葉原ヲタク白書1 アキバ電気街口の奇跡
主人公は、SF作家を夢見るサラリーマン。
相棒は、老舗メイドバーの美しきメイド長。
このコンビが、秋葉原で起こる事件を次々と解決するという、オヤジの妄想満載な「オヤジのオヤジによるオヤジのためのラノベ」シリーズ第1弾です。
よく見る海外テレビに、ミステリー作家と敏腕女刑事のコンビが活躍する番組があり、その影響を受けています。
とりあえず第1話ですが、このコンビを軸にシリーズ化してみたいと考えています。
お楽しみ頂ければ幸いです。
第1章 今宵もメイドバーで
僕の彼女は秋葉原でメイドをやっている。
とてもよく気のつく人なので、御屋敷ではメイド長を任されているんだけど、もちろん、僕の家のメイド長ではないょ笑。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
御帰宅(ホントの御帰宅ではないょ!)すると新人のメイドさんから声がかかる。
すると、彼女は「あ、このお客はいいの」という感じで新人さんに微笑んでみせ、僕には左手でつくったグーを振ってみせる。
彼女の店は、いわゆるメイドバーだ。
10人も入ればもう満員という小さな御屋敷。
カウンター越しに2人のメイドが接客する。
ところで、僕はアルコールが全く飲めない。
だから、ココは僕が通う世界で唯一のバーだ。
「おかえりなさい」
彼女は少し甘えた仕草でカクテルを出す。
ソレは彼女自身が考案したレシピによるオリジナルのカクテル(略してオリカク)。
彼女は自分のオリカクに色々と可愛い名前をつけては楽しんでいる。
アルコールが飲めない僕専用のオリカクには最後が「ぱんち」で終わる名前がつく。
だから、彼女がこのオリカクを僕に出す時は、いつもフザけてグーパンチを繰り出す。もちろん、僕は彼女のエアパンチを受けたら大袈裟にヨロけてみせねばならない。
そんな約束事に、御屋敷の常連達は一斉にウンザリした表情を浮かべるのだが、そんな彼等の反応をみるのが実は意外に楽しい←
「さっきショーさんがお見えになりましたけど」
少し上目遣いで話す彼女。
お?これは彼女が「自分を可愛いく見せなきゃ!」と思う時にキメる必殺の角度。
僕が密かに「勝負角」と呼んでいるポーズだ。
「ショーさんが?珍しいな」
「貴方を探してたみたい」
「ヲレを?オレオはクリームサンドクッキー」
「ばか」
ショーさんは、年下だけど秋葉原における僕のお師匠さんみたいな人だ。
メイドカフェめぐりを始めた頃、ヒョンなコトで出会って以来、ヲタクの流儀や時にはストリートの掟みたいなコトも教えてくれる。
そんな彼はアキバを訪れる全ての(アイ)ドルヲタ(ク)にとって兄貴みたいな存在でもある。
彼が、その人望をもって仕切るアイドルライブは、とても良質な盛り上がりを見せるので、彼はアイドル連中からはモチロン、事務所筋からも一目置かれる存在となっている。
「また何処かのアイドルライヴの応援要請かな?」
「うーん。もう少しシリアスだったかも」
「へぇ。結婚でもするのかな」
「恐らくそれはないかと」
「なんでわかるの?」
「だって…」
「だって?」
「私を口説きそうだったし」
ええっ?!ショーさんともあろうお方が僕のメイドに手を出すな!
…とか言い出しそうになって、フト彼女が「勝負角」をキメたまま、悪戯っぽく微笑んでいるコトに気づく。
私が口説かれてもいいの?
彼女の瞳がそう逝っている。
その瞬間、不覚にも僕の脳内はピンクに染まってしまい思考が甘く停止する。
結局、その夜はそのまま他愛のない話をして終わってしまい何事も起こらない。
第2章 ドルヲタの人探し
「テリィさん」
僕を呼ぶ声に振り向く。
バーコーナーの背の高いスツールにショーさんが座っている。
今夜はパーティバンドの仕事がある。
そのリハで昼から箱(パーティ会場は毎回変わるが今宵はライブハウスだ)入り。
新曲を増やしたので楽譜にかじりついててショーさんに気づくのが遅れる。
実は、僕はSF作家を目指している。
もちろん、それだけでは生きていけないのでサラリーマンをやったり週末はバンドを組んで小遣い稼ぎをしたりしている。
あ、それから、テリィというのは、僕の秋葉原でのストリートネームです。
「お邪魔ですよね?」
「とんでもない!ちょうど休憩を入れるトコロでした」
「ちょっち、いいですか?」
ショーさんを待たせたら、アキバでロクなコトは起こらない。
僕はバンドに休憩を告げ、急いでショーさんの隣のスツールに座る。
ショーさんは黒の上下にブルーのパーカー。
若そうに見えるけど恐らく30代半ば。
小太りに見えなくもないが笑、とにかく、この人がアキバの(アイ)ドルヲタ(ク)の頂点だ。
「わざわざ来ていただいて。何事でしょう?」
「ミユリさん、お元気ですか?」
いきなりコレだ。
フト昨夜「ショーさんに口説かれたの」とミユリさんが話していたのを思い出す。
あ、ミユリは僕の彼女のメイドネームです。
「とっても元気ですょ」
「そりゃよかった!やはり推し(てるメイドorアイドル)には元気でいてもらわなくちゃ」
「マミさんも元気みたいですね」
マミさんは、アキバからメジャーデビューした元アイドル。
先日、アキバ系としては初めてニューヨークのブルーノートでリサイタルを成功させた世界的人気のポップシンガーだ。
ショーさんは、彼女の秋葉原時代をTO(ファン代表のようなもの)として支えている。
「それが…実はマミちゃんには未だ逝えずにいるんだけど」
「ええっ?何をですか?」
「実はやっと最近、他に推したい子が出来まして」
キター♪───O(≧∇≦)O────♪
ま、まさか、この場で「ミユリさんを譲ってください!」とか言い出すのでは?!
僕の脳内では、既にショーさんが「お父さん、ミユリさんをください!」とか逝って両手をついてるシーンが、あの死ぬ前に見えるとか逝う走馬灯のようにグルグルと…
しかもマズいコトに、ショーさんと僕は確かに親子ほど歳が離れている!笑
「そ、それって立派な浮気ですよね?!マミさんには残酷過ぎる!ココはオトナの分別で!」
「そんなコトを逝われても、ヲレもマミちゃんがメジャーに逝ってから心にポッカリ」
「ソレは男の論理!女はソレを許さない!」
「実は彼女が消えたんです」
ええっ?消えた?
ミユリさんなら昨夜もバーにいたしな。
もしかしたらミユリさんではないのかも?
アイドル、特に秋葉原にゴマンといる地下アイドルが、ある日突然姿を消すのはよくある話だ。
ハッキリ逝って、今はアイドルと(一)般ピー(プル)の間の敷居はナイも同然だ。
般ピーがアイドルを名乗るのもフリーだが、アイドルが般ピーに紛れるのはもっとフリーだ。
「どちらの界隈の方でしょう?」
「実はパーツ通り(秋葉原の裏通りの1つ)の子なんです」
おおっ!ミユリさんのバーとは全く正反対の方向ではないか!
どうやら、ミユリさんの話ではなさそうだ。
僕は、急に元気になる。
「パーツ通り!そ、それはっ!」
「テリィさん、声がデカい」
「ショーさん!浮気はTOの甲斐性です」
「やっぱし?そう言ってもらえると」
「で、お店はどちら?」
ショーさんは、少し恥ずかし気に外神田の番地を口にする。
そこは、まぁ、逝ってはなんだが、最近流行りのコスプレ系の風俗が群雄割拠するエリア。
すっかり安堵した僕は、物知り顔でアドバイスを始める←
「親バレ(秋葉原で働いてるコトが親にバレて田舎に呼び戻されるコト)じゃないですかねぇ?」
「うーん、絶対に未だアキバにいると思うんですょー」
「ナゼそう思うんですか?」
「いや、特に理由はナイんだけど。その、まぁ、そうあって欲しい、というか、単なる願望なの、か、も…」
声はフェイドアウトし、語尾なんかもう聞き取り不能レベル。
しかも、目が完全に恋する乙女になっている。
ダメだ、こりゃ。
こんな顔は、とても彼を兄貴と慕う他のドルヲタには見せられない。
さらに、ショーさんから、思わず耳を疑いたくなるような言葉が飛び出す。
「彼女を探してルンです。ヲレに力を貸してください!」
ええっ?僕に力を貸してくれ?!
あり得ない!アキバ最強のドルヲタのショーさんが僕に頼み事だと?!
「しかし、何も僕なんかに頼まなくても」
「いや、こういう話はキチンと筋を通さないと」
「そんな!ショーさんのためならカラダ張るタマはいくらでもいるっしょ?」
「いや、こればっかしはテリィさんをおいて他にいない」
「ショーさん!そこまで…」
「じゃあ、ミユリさんに頼んでいただけるんですね」
えっ?ミユリさん?なんで?
「きっと彼女、未だメイド系のお店にいると思うんです。アキバでメイドやってるとなれば、恐らくミユリさんなら…」
なんだ、そっちか。
実はミユリさんは、アキバでメイドカフェが流行る遥か以前から(池袋で)メイドをやっていたという猛者だ。
アキバのメイドは、年齢を聞かれると「永遠の17才」と答えるのがお約束。
その勘定で逝くと恐らくミユリさんは、軽く「永遠」を2回りはしているような気もする。
モチロン、そんなコトを本人に確認するバカは(僕も含め)この世にはいない。
というワケで、最近ではミユリさんは秋葉原メイド界の大御所みたいな存在に祭り上げられてしまっている。
もっとも、そういう逝われ方を当の本人は誰より嫌ってイルのだけど。
「あ、つまり僕からミユリさんに頼めとおっしゃる?人探しを?」
「おおっ!お願い出来ルンですね?!コレが彼女です」
勝手にチャカチャカと話を進めるショーさん。
パーカーのポケットからツーチェキ(アイドルとヲタクが写っている記念写真の一種。アイドルがサインペンで落書きをして1枚¥300〜5000で販売する)を抜く。
うわー!パツキン(染めた金髪)かよー。
ショーさんが金髪ギャルと肩を寄せ合うツーショットの横に、今どき小学生でも使わないだろう丸文字が踊る。
「ショーたんへ サリィ」
なるほど。
ターゲットのネームはサリィ。
やれやれ。
「わかりました。ミユリさんに頼んでみます」
「ありがとう!それから…」
「それから?」
「もしも店がわかったら見てきて欲しい」
「ええっ?!店に入ルンですか?」
「もしも、その店に逝って…」
「まだあるんですか?」
「今がとても幸せなら、寄らずに欲しい」
五番街のサリィへ、かょ。
第3章 オリオンの導きのままに
サリィの新しいお屋敷は、アッサリと判明する。
デートを1回潰してミユリさんを拝み倒し、彼女のネットワークに人探しのリクエストを載せてもらう。
すると、その日の夜には、もう情報が続々と集まってくる。
さすがはミユリさんだ。
早速、僕は話を聞きにメイドバーへと急ぐ。
「昔、メイパルの入ってた箱みたい」
「ええっ?メイパル、潰れたの?」
「半年もたなかったようよ」
「会員証、持ってるのに」
「メイドカフェ&バー メイパル」は、パーツ通り裏の雑居ビル5Fにある。
「真っ昼間からメイドとカラオケOK!」程度の甘いコンセプトで始まった店。
それでも一応、開店当初に顔を出したけど、僕も結局それっきり。
その後、あっと逝う間に潰れて、その後に居抜きで入ったのが、サリィの新しいお屋敷というコトのようだ。
「星占いカフェ オリオンの館」
へぇー?知らない店だな。
メイドはいないんじゃないの?
「ソレが意外に流行ってるらしいの」
「へぇ。メイドが星占いとかするのかな?」
「ううん。メイドはお給仕だけみたい」
「じゃあ、星占いは誰が?」
「さぁ?」
メイド姿のミユリさんは、バーカウンターの向こうで楽しそうだ。
「ご帰宅する?」
「え?うーん。するカモ」
「ホント?!じゃあ、着替えてくる!」
「ええっ?ミユリさんも来るの?」
「私とじゃ…イヤ?」
その瞬間、ミユリさんの両目からデス光線が発射され僕の眼底を貫き後頭部へと突き抜ける。
ああっ!コレを拒めば、僕はこの先、アキバで生きて逝けない!
残念!ホントはひとりで逝きたかったのに!
これじゃあ、お弁当を買ってレストランへ逝くようなもんだぜ←
第4章 襲撃!「オリオンの館」
「オリオンの館」が入っている雑居ビルは、エレベーターが途中の4Fまでしかない。
お屋敷はペントハウスにあって、ソコへは外付けの非常階段でしか上がれないようだ。
「素敵かも」
私服のミユリさんがウットリつぶやいて大胆に腕を絡めてくる。
エレベーターのドアが4Fで開くと、狭いエレベーターホールは闇の中。
床に点々と置かれたキャンドルが、開け放たれた鉄扉の方へと客を誘う。
「キャンドルの道。貴方とふたりで歩きたい」
僕は、ひとりで歩きたい。
そこは、雑居ビルの狭い谷間に張り出した非常階段の踊り場だ。
季節外れのクリスマスみたいな電飾が巻き付けてある手すりは、よく見るとペンキが剥げかけている。
なーんとなく、全般的にチープな感じ。
そういえば、床置きのミニキャンドルも電池式で百均とかで見かけた気がする。
「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」
暗闇から、突然声をかけられる。
開け放たれた鉄扉の陰にペストマスクで顔を隠したロングスカートのメイドがいる。
やたら重心の低そうな子でオリンピック女子柔道で銅メダル的な?笑
まさか、この子がサリィじゃないだろうな。
「君、一晩中ココに立っているの?」
答えはない。
仕方なく無視するコトにして、ミユリさんと非常階段を登る。
登り切ったトコロにある鉄扉の前にペストマスクのメイドがもう1人。
「おかえり!お兄ちゃん、お姉ちゃん。初めての御帰館かなぁ?」
ふたり目のメイドは無意味に妹キャラでやたら多弁だ。
今度はコッチが無言でうなずく。
すると、彼女は妖しく微笑みメイド服の袖に口を近づけ(恐らく袖口に仕込んだマイクに向けて)、二言三言、何か話す。
ふと昔、貧乏旅行中に訪れたアムステルダムの地下ストリップでも同じシーンがあったなとか思い出しては勝手に赤面。
ところが、次の瞬間、目の前の鉄扉が突如として開き出す!
鉄と鯖が激しく擦れ合うメタリックな絶叫が雑居ビルの狭い谷間に響き渡る!
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「悩めるご主人様、お嬢様にオリオンの良き御導きのあらんコトを!」
ソコに現れたのは、またもやペストマスクのメイドだ。
今度の彼女は巫女のように両手を天にかざして立っている。
御屋敷なりの歓迎のスタイル?
しかし、彼女の視線は僕達の背後の汚れたビル壁面に注がれていて、特に僕達に向かって話しかけているワケでもなさそうだ。
しかし、この甘ったるい匂いはなんだろう?鉄扉が開いた瞬間、どっと外気に溢れ出てきた匂いは…
コパトーン?
アーモンドチョコを湯煎して溶かした時のような甘ったるい匂い!
うぅ?鼻の奥の粘膜にまとわりついて離れない!
「おおっ!確かに私達は病んでいる!」
異様な甘い香りに顔をしかめながらも、僕は御屋敷のシステムを即座に理解し、素早くバンザイしながら的確な反応を返した…
つもりがナゼか直後に飛んできたミユリさんの肘鉄を喰って沈黙。
巫女メイドの彼女は、ペストマスクの下で瞬間「え?何なの?」と視線を泳がせる。
しかし、彼女なりに素早く立ち直って僕達をテーブルへと案内する。
ペントハウスは鰻の寝床のような物件だ。
奥にキッチンと狭いバーカウンター。
出入り口(さっきの鉄扉だ)に向けテーブル席が3つという小さな店舗。
先客はテーブルに1組とバーに1人。
ところが、控えのメイドの数がハンパない。
恐らく10数人はいるだろうか。
当然キッチンには収まり切らない。
ホールの奥に冬眠中の鯉みたいにギッシリ押し込まれている。
しかも、その全員がペストマスクをしているので、恐ろしく異様な雰囲気だ。
しかし、この御屋敷は早々に人件費で潰れるのではないか。
それでも、接客順は決まっているらしくて、その内の1人が慣れた様子でテーブルに来る。
でも、その子も当然ペストマスクをしているので誰が誰やら全く不明だ。
「ご主人様、お嬢様にオリオンの良き御導きあれ。初めての御帰館ですか?」
「貴女にも良き御導きを。初めてだょ」
「ではシステムの御説明を差し上げます。断然こちらの星占い見習いセットがお得です!ワンドリンクに私達メイドの手づくりクジがついて、なんと¥1000ポッキリ」
「それってワンドリンク¥1000ってコト?ってかそもそも星占いなのにクジ引きってアリかな?」
「オリオンの御導きのままに。だって私達メイドの手づくりなのょ?」
「なんだかなー。あ、あとチェキも撮りたいんだけど」
「私と?」
「君と…あとサリィさんと」
「あら、その必要はなさそうよ」
それまで、楽しそうにやりとりを聞いていたミユリさんが口を挟む。
「え?なんでだょ?」
「だって…こちらがサリィさんだから」
ミユリさんが指差す彼女の胸(巨乳だった笑)に名札がついている。
そこに何処かで見た覚えのある丸文字で「サリィ」。
やれやれ、アキバ版の昔の名前で出ています、みたいな。
脳内で、アキバ砂漠で見つけ出される日までメイド姿で耐えて待ちます的なシュールで演歌な画像が流れる。
ところが、そんな甘い?妄想を殲滅撃破する勢いで、さっきの巫女メイドが僕達のテーブルへと猛ダッシュ!
息急き切って立ちはだかる!
「ちょっち待ったァ!あんた達、誰よ?サリィのなんなの?」
「おいおい!仮にも僕は御主人様だぜ?」
「お・だ・ま・り!このキモいメイドヲタク!」
キ、キモい(=ヲタクへの最大の侮辱)?
普通の人よりもちょっちメイドさんが好きなだけじゃないかっ!
ミユリさんがクスリと笑ったのも気に入らない。
「メイドのネームを聞くのはパーソナルクエッションにはならんだろ?」
「トンマ!ウチじゃソレもメニューの内なんだょ!金、払いな」
「ほ、ほほう。でもメニューのどこにもそんなコト書いてないぜ」
「アホ!ココに書いてあんのょ!」
はたして、巫女メイドが指差す先の壁に手書きの張り紙がある。
「メイドのお名前当てごっこ 1プレイ¥1000」
やれやれ。
風営法が改訂される度に、こういうトコロだけが手回し良くなる。
「じゃあチェンジだ!サリィじゃなくて、お前とプレイする。さぁ、あばずれメイド、先ずは御主人様の前で名を名乗れ!」
「オンタンチン!ここは風俗じゃないんだ、チェンジなんか効かないよ。アタシの分と合わせて¥2000払いな!」
「貴女の分は私がお支払いしますわ、リボンさん」
ええっ?リボン(しかし全く似合わないネームだな)さん?
喧嘩腰だった僕と巫女メイドが同時にミユリさんを凝視する。
「貴女、リボンさんでしょ?メイパルのメイド長だった」
「な、なぜソレを?」
「ご無沙汰ね。ミルスタ以来?」
「ミルスタ?も、もしかして貴女様は…」
「ミユリです。お元気?」
ミルスタ。
それは駅の中にあるミルクスタンドだ。
JR秋葉原駅の構内にはレトロなミルクスタンドが未だ生き残っている。
ソコでは昭和の昔から、おばちゃんが客の注文を聞き1本1本栓を抜いて瓶牛乳を出す。
ひと昔前なら、こうしたミルクスタンドは主要駅の構内には必ずあったものだ。
しかし、いつの間にやら自販機に取って代わられ、今では、ほとんど見かけない。
実は、僕は福島県民のソウルドリンク「酪王カフェオレ」の愛飲者だ。
JR秋葉原駅のミルスタは、東京で数少ない「酪王カフェオレ」が瓶で飲めるスポット。
なので、アキバのミルスタは首都圏在住の酪王ファンの中では、ほぼ聖地化している。
ソレを知ってかミユリさんは「駅キャン」(JR秋葉原駅が年に1回打つキャンペーンで、構内ではどーしよーもないイベントが色々と開催されルンだけど、その内の1つにミルスタの売り子がいつものおばちゃんから秋葉原のメイドに交代するというのがある)の度にミルスタ入りしてくれる。
これってやっぱり僕に少しでも多くメイド姿を見て欲しいっていう乙女心だと思うんだょなエヘヘ。
って今はソレどころじゃなかった!
「ミ、ミユリ様!」
当時から、ミユリさんは秋葉原では伝説のカリスマメイドだ。
そんなミユリさんとミルスタに立ち、感動に震えた無垢な新人メイド時代を思い出したのだろう。
瞬間、固まったリボンさんだったが、やがて観念したかのようにガックリと膝をつく。
その様子は、8:46pm頃に水戸黄門と出くわした悪代官みたいで痛快極まりナイ。
ところが、残念なコトにリアルな悪代官は別にいる。
「おい、リボン!どうした?」
バースツールの客がテーブルにやって来る。あれ?ヲタク、客じゃなかったの?
でっぷり太った「贅」肉隆々のボディにデニムのシャツとパンツが張り付く。
太る前は、もしかしたらイケメンだったかもしれない。
しかし、せっかくの造形も縦横不均等な比率で膨張した結果、かなり間抜けな人相になっている。
とは逝え、とりあえず目つきだけは抜け目がなさそうに光っている。
「あぁ!預言者ジルバ様!助けて!」
「おい、お前!ヲレのリボンに何をした?」
ジルバと呼ばれた小太り元イケメンが僕を指差す。
ええっ?!僕かょ?僕は関係ナイでしょ。
ミユリさんに気づいたリボンさんが勝手に腰砕けになってルンだぜ?
…とは思ったけど、口が勝手に謝ってる←
「ご、ごめんなさい!コレにはワケが…」
「ワケもクソもねぇ!」
「あ、おっしゃるとおりカモ!」
「お前ら、いったいココへ何しに来た?」
万事休す!
と、そのときミユリさんが音もなく立ち上がって逝う。
「貴方がオーナーさん?」
「おぅ!実は借りてるだけなんだがな」
意外に謙虚な面もあるようだ。
「少しアロマがきついカモ」
「え?なに?」
「芥子の匂いがします」
「なんだと?」
「貴方、この子達に何かしたでしょう?」
リボンさんが、心配そうに預言者ジルバをチラ見する。
しかし、ジルバはミユリさんを見据えたまま、視線を動かさない。
「お前、何者だ?」
「秋葉原のメイドでミユリと申します」
「ただのメイドじゃねぇな」
「ただのアロマでもありませんね」
ここで初めて、預言者ジルバは唇の端、ほんの数ミリで微笑む。
碇ゲンドウかょ?
「ふふふ。お前が初めてだぞ!ヲレの秋葉原征服計画を見破ったのは」
「え?制服計画?力を貸そうか?」
出番を直感した僕は話に割り込む。
「いや、制服じゃなくて征服!」
「じゃあ関係ないや」
ジルバの口から異様に長い溜息が漏れる。
「愚かな!滅ぶべき堕落したアキバの旧人類どもめ!我がオリオン計画の導きにより救われるコトもなきままに、ココ秋葉原の天と地より永遠に消えて失せるがよい!」
小太りジルバのゲンドウが、いや言動が、急に神憑ってくる。
テーブル席の先客が笑いを噛み殺して会計を済ませて出て逝く。
「え?そのオリオンなんちゃらって何?話がピーマン」
「腐り切った秋葉原を分子レベルまで徹底的に破壊しつくして、その跡に新たなる聖地を創造するのだ、余が」
「ヨガ?」
「違うでしょ。私がって意味だょ」
「今のままで十分に楽しいょ」
「堕落の極みだ」
「そんなコトないょ!楽しいょ!」
「いいや!絶対に堕落している」
「全然オッケーだょ!」
ジルバは暫し絶句したが「コイツはダメだ」という顔で僕に見切りをつけ、矛先をリボンさんへとチェンジする。
「リボン!聖なる神星座オリオンが迷えるアキバの民に授けしモノは何か?!」
「時給980円ですか?」
「違う!オリオン作戦だっ!」
「初めて聞いたけど…」
「馬鹿者!オリオン作戦は、我等がアキバを征服するために、最も障害となる秋葉原のTO連中を骨抜きにする作戦だ」
「キャバクラにでも連れて逝くのか?」
「そんな金はない。先ずTO連中の推し(ている)メイドを片っ端からアロマ漬けにして籠絡して逝くのだ!」
「先ず女から抑えて逝く作戦か!」
「所詮ヲレ達は女の言いなりだからな」
「くそ!全く同感だ!」
ふと気づくと、僕とジルバの2人の間でペラペラとお喋りが弾んでしまう。
マズいコトに、僕達はバッチリと波長がシンクロするようだ←
しかし、僕も人のコトは逝えないが、ジルバもホントに万事が軽そうな奴だ。
ラス(ト)ボスとしての重みが全くナイ。
ただ、その一方ではフト恋するショーさんの間の抜けた…いや、失礼、一途に思いつめた顔とかも思い出してしまう。
うーん、所詮ヲタクなんてこんなモノなのかな?
「意外に発想とかはイイんじゃない?」
「だろ?でもバレちゃあ仕方ない。リボン、殺れ!」
すると、さっきまでは打ちひしがれていたリボンさんが、いきなり立ち上がる!
目をカッと見開きミユリさんに鋭い視線を投げつけ、ほぼ絶叫に近い声で叫ぶ!
「ミユリ様、御覚悟!」
そして、いきなり必殺の右ストレートを…
えっ?僕に?ミユリさんに、じゃナイの?
自慢ではないが、僕は正真正銘のヲタクで全くのインドア系だ。
今日まで、運動神経的なモノとは全く無縁な人生を歩んでいる。
先ず幼少の頃、でんぐり返しが出来ないばかりにお受験に失敗。
進学した公立校では、体育は見学専門だ。
特に水泳は壊滅的で、夏のプールでは学年全員(6クラスもある)のタオルを一手に預かる、という安定の強さ。
大人になってからも、汗を流す系のコトからは、ひたすら逃げ回っている。
<KBR>
あ、汗をかくと逝えば唯一、ハタチの頃、当時つきあっていた彼女が素晴らしいテクニックの持ち主だったコトは白状しておく。
お陰様で昼も夜もセックスに溺れると逝う季節が確かに僕にもあったが、その彼女はバイト先の社員との不倫にハマって自殺未遂。
コレでスッカリ熱が(目が?笑)冷めてしまって、最近では、例えばミユリさんには指一本触れていない(ウソです笑)。
とにかく!
そんな諸々の事情も目前に迫るリボンさんの右ストレートの前には全くの無力!
ああっ!もうダメだ…
「ぐわはっ!」
しかし、次の瞬間、顔面パンチを喰って仰け反り倒れたのは、リボンさん。
彼女のパンチが僕に触れる直前に飛び出したミユリさんのクロスカウンターがリボンさんの左頬を捉える!
リボンさんはペストマスクを宙に飛ばしながら、もんどりうって倒れる!
「私の御主人様に手を出さないで」
床で泡を噴き四肢を痙攣させるリボンさんを見下ろして、ミユリさんが言い放つ。
「リボン!」
「ミユリさん!」
思いがけないメイド同士のラフファイトに、御主人様同士も思わず声援…
ではなかった心配して声をかけたが、ミユリさんが僕の方を向き短く叫ぶ。
「テリィ御主人様、サリィさんを連れて逃げて!」
ミユリさんが、僕を「御主人様」付きで呼んだ時には絶対服従だ。
現場を任せて去るのは心苦しいが、コレもメイドとの役割分担?と割り切る。
僕はさっきから棒立ちになっているサリィさんと思しきメイドの手を掴む!
鉄扉を蹴り開け、雑居ビルの谷間に突き出た狭い非常階段へと飛び出す!
視野の片隅に、リボンさんと他のメイド(全員ペストマスクだ)がミユリさんに襲いかかるのが見える。
しかし、恐らくミユリさんは大丈夫だろう。構わず僕は、サリィさんの手を引き非常階段を駆け下りる!
と、下の踊り場には、例の無口な女子柔道で銅メダル?メイドが立っている。
彼女が妙に図太い声を発して挨拶して来る。
「いってらっしゃいませ、御主人様」
「ありがとう!楽しかったょ!」
なんだ。
キチンと挨拶出来るじゃないか。
意外に教育のシッカリしたお屋敷だったんだな…
と感心した次の瞬間、彼女が回し蹴りを繰り出してくる!
おい!お前は柔道じゃないのか?
なにしろ、外付け非常階段の狭い踊り場では避けようがない…なんちゃって、仮に広い場所でも僕には避けられない。
なぜなら僕の運動神経は…(以下、無限ループ笑)。
とにかく!
風を切り迫る柔道メイドのヒールを眼前に、僕はまたまたギュッと目をつむる!
「ガシッ!」
ところが、覚悟していたヒールが顔面にメリ込む衝撃がない。
恐る恐る目を開くと、柔道メイドのヒールが僕の鼻先で止まっている。
なんとサリィさんと思われるメイドが肘を立てて彼女の回し蹴りを止めている。
ややっ?僕を護った?
「サリィさん、君は一体…」
彼女は、答えない。
しかも、重量級の回し蹴りを平然と受け止めて微動だにしない。
しかし、まぁ、どうして僕の周りのメイド達は、揃いも揃ってこうなんだ?
おしとやかで平和主義のお嬢様系メイドって絶滅危惧種なのかな?
その時、サリィさんが空いている方の手で自らペストマスクを脱ぎ捨て、宙に投げる。
まるで、スローモーション動画を見ているように金髪ウィッグは鉄柵を超えてユックリ落ちて逝き、次の瞬間、ビルの谷間から吹き上げる風に、彼女の漆黒の髪がそよぐ。
おおおぉ!シャンプーのCFみたいだ!笑
ジャンヌ・ダルクを日本人キャラにしたら恐らくという感じの美少女。
確かにショーさんのチェキに写ってたサリィさんに間違いはない。
しかし、黒髪にするだけで女子としての印象が300%変わってしまう!
あぁ、マズい!僕まで惚れてしまいそうだ!
「き、君はセーラーマーズ…」
無意識のつぶやきが聞こえたのか、彼女は僕を振り向き微笑んだ…ような気もする。
ところが、次の瞬間、彼女は口を袖口に近づけ(またかょ笑)、とんでもない一言をつぶやく。
「突入」
次の瞬間、世界中で光が爆発する。
第5章 サリィの正体
結局、サリィさんの正体は、潜入捜査中の麻薬Gメンといったトコロらしい。
いや、女性だからGウィメン?あれ?Gパースンか?なんかファースト(ガンダム)に出てくるメカの名前みたいだ。
そういえば、ここはジャブロー(ガンダムワールドで地球連邦軍の司令部がある南米某所)にでもありそうなタワービル。
僕とミユリさんは、なんと政府からの要請に応じ、さいたま新都心にある、関東信越厚生局麻薬取締部を訪れている。
ココで受けた説明では、昨年末、日本人の嗜好を研究し尽くした合成ハーブが開発される。
その合成ハーブはクラッカーと呼ばれ、既に日本国内へ大量に持ち込まれた形跡がある。
しかも、クラッカーを大量に持ち込んだ連中は、日本全国に売りさばくための前段階として秋葉原をテストマーケットに選ぶ。
先ず、彼等は自称アキバ通のジルバを売人としてスカウト。
「オリオンの館」の開店にも出資し、ジルバを店長として雇うと共に、そこを日本国内における活動拠点とする。
そして、先ず秋葉原を、逝く逝くは日本全国をクラッカー漬けにするための準備を着々と進めていたのだ。
「あれがフラッシュバンか!テロリスト制圧用の閃光音響手榴弾だょね」
「スゴかったでしょ?公称100万カンデラ以上だし」
「もう私ったら、全然身動き出来なくなっちゃって」
ミユリさんとサリィさんはすっかり打ち解けた話ぶり。
コレは一応、取り調べらしいんだけど、すっかりガールズトークになってしまっている。
潜入捜査中だったサリィさんの突入指示で、麻取の突入チームは内階段(おいおい!そんなモノがあるなら先に教えてくれょ笑)から閃光音響手榴弾を投擲。
その場にいたジルバ一味を無力化して制圧する。
なんでも、制圧時には目を瞑り両手を挙げて投降するミユリさんの足下には、メイド多数(そのうち1名はリボンさんだった)とジルバが転がり、突入チームほ拍子抜けだったらしい。
「ミユリさんったら強過ぎ!」
「やめてょ、サリィさん」
いや、どう考えてもミユリさんは強過ぎるだろう。
もっとも、サリィさんも用心棒の柔道メイドをアッサリと組み伏せ逮捕してルンだけど。
「結局、ジルバを雇った連中はオリオンにはいなくて全員雲隠れ。捜査はやり直し」
「せっかくの潜入捜査を台無しにしてしまって」
「いいのよ。実はバレちゃってたみたいなの、私の潜入」
「ええっ?!ソレは残念」
「リボンがジルバにチクってたわ」
「だから、私達がサリィさんの名前を出したらリボンさんが過剰に反応したワケね」
「あーあ。やっぱり私にはハードルが高かったのかな、秋葉原のメイド」
「そんなコトないわ。とても似合っていたのに」
頬杖して溜息をつくサリィさんの肩にミユリさんが優しく手を置く。
しかし、この光景には犯人が刑事を励ましてる的な強烈な違和感を覚える笑。
「しかし、アキバのTO達を抑えるために、先ず彼等の推し(ている)メイドをクラッカー漬けにするとは考えたモノね」
「豊富な資金力にモノを逝わせて、目ぼしいTOの推し(ている)メイドを片っ端から高額で引き抜く、というのがジルバのやり口だったわけょ」
「うーん。確かに推し(ている)メイドを抑えられたら、ヲタクなんて言いなりだもんな」
「そういえば、最近、古馴染みのメイド仲間の卒業(メイドカフェを辞めるコト)が相次いでいたの」
「しかし最古参のミユリさんに声がかからないとは…ぎゃっ!」
ミユリさんの肘鉄が飛んで僕は沈黙←
「クラッカーを卸してた連中の資金は無尽蔵というワケか」
「実は何処かの政府が絡んでるとの情報もあるの」
「昔からアキバはスパイ天国だからな」
「そういえば某国の大使様とかも、よく基盤屋で見かけるよね」
「今度は国営の麻薬シンジケートか!」
「そこまでして外貨が欲しいんだねぇ」
「誰にも逝わないで。未確認情報だから…」
空気を読んだミユリさんが話題を変える。
「しかし、ジルバはそんな連中に利用されてでもアキバを支配したかったのかしら」
「きっとヲタクの王様になりたかったんだね」
「でもね。彼は思ってるより早く自由の身になって秋葉原に戻ってくると思うの」
「ええっ?!だって、あんな阿片窟みたいな店を経営してたんだぜ?」
「いつの世も、アロマと薬の境界ってグレーなの。永遠に続くイタチごっこの世界だから。それに…」
「それに?」
「彼は内々の司法取引に応じたの」
サリィさんは、残念そうに少し長めの溜息をつく。
今度は僕が話題を変える。
「ところで、ショーさんには、実はサリィさんは麻取でした、なんて逝えないな」
「え?逝ってもらって構わない。彼にウソはつきたくないの」
「親バレにしとくょ。実際、素性が知れての卒業なんだし」
「熱い人だった。少しの間だけでも、彼の推しになれて幸せ」
「それがTOってモンだょ」
「秋葉原のヲタクって侮れないわ」
「ソレがわかれば、サリィさんはもう立派なメイドさんよ」
そんなコトを逝うミユリさんの真意を測りかねながら僕は切り出す。
「ところで、恐らくショーさんには、最後の大仕事が控えてると思うんだ」
「えっ?なになに?私に何かお手伝い出来るコトある?」
サリィさんは乗り気だ。
「とっても大事なお手伝いがあると思うょ」
「なんでも逝って!」
「多分、最後にメイド服を着てもらうコトになると思うんだけど」
「ええええええっ?!それだけは絶対ダメ!もう自信なくしちゃって」
「ショーさんのために一肌脱ぐ…いや、着て欲しいんだけど」
「もう、需要がないわ」
「ソレは…ショーさんが決めるコトだょ」
第6章 アキバ電気街口の奇跡
これからする話は、僕とミユリさんが麻取に呼ばれてから1ヶ月後の出来事だ。
いつの間にかアキバのストリートでは、ちょっとした伝説になってしまっているけどね。
「電気街口の奇跡」って聞いたコトあるかな?
もし耳にしたコトがあるなら、貴方は相当なアキバ通だ。
それは誰1人傷を負うコトなく、1滴の血が流れるコトもなく終わった、ある日曜の昼下がりの出来事。
しかし、ストリートでは、その日は秋葉原がヲタクの街としての尊厳を勝ち取った独立記念日というコトになっている。
あ、国民の休日にはなってないょ笑。
もちろん、あの日曜日がソコまで神格化されたのは、アキバの大兄貴であるショーさんに負うトコロが大きい。
しかし、そのお膳立てに奔走した僕とミユリさんも、少なからずお役に立った、と逝うコトは一言付け加えておく。
なにしろ、ミユリさんに至っては当日のお先棒まで担いでるんだから!
いずれにせよ、それは僕とミユリさんがさいたま新都心から戻って間もない、ある日曜日の昼下がりの出来事なんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日の秋葉原は、朝から何かが違っている。
震源は、JR秋葉原駅の電気街口だ。
日曜日の午後とあって、日本中、いや世界中から訪れた観光客が、それぞれの言語で「世界のアキバ」を訪れた興奮を口にしている。
やや?道路にキスしてる人までいるぞ笑。
ところで、電気街口はJR改札を抜けると左右に分かれる。
このうち左折側(AKBカフェじゃない方!)には、家電量販店の全盛時代を彷彿させるアキバっぽい雑多なビル風景が広がる。
最近のガイドブックには、この広場のコトを無責任にも「アキバのタイムズスクエア」とか紹介しているものもあるらしい笑。
ところで、この「アキバのタイムズスクエア」で、昔はメイドがズラリと並んで一斉にチラシ配りをしていたのを御存知だろうか?
その様子は「メイドライン」とか呼ばれて、やっと萌え始めた頃の秋葉原を象徴する、ちょっとした観光スポットになる。
ところが、残念なコトに暫くしてから万世警察が指導強化(道路は広く有効に!)に乗り出し「メイドライン」は姿を消してしまう。
ソレが、ある日、伝説の「メイドライン」が人知れずコッソリと復活を遂げる。
それは、懐かしくも華やかな光景だ。
御屋敷毎に趣向を凝らした色とりどりのメイド服に身を包んだ女の子が、横一列に並んで微笑みながらチラシを配り始める。
そして「電気街口の奇跡」の幕は開く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
突如出現した「メイドライン」にインバウンド(外国人観光客)を中心に、居合わせた人達はもう大喜びだ。
特に男子は全員が即席カメ(ラ)小(僧)と化して「メイドライン」の前面にデジカメやらスマホやらの大放列を敷く。
中には、盗撮まがいの記念撮影や自撮り棒の乱用など目を覆いたくなるケースもある。
しかし、その日のメイド達は余裕綽々という感じで鉄板で笑顔を返している。
かつての「メイドライン」には研修も兼ねた新人メイドも多く、中には盗撮されて泣きながら御屋敷に逃げ戻った子もいたらしい。
ところが、この日の「メイドライン」に並んだメイドは、全員がナンバークラス。
海千山千の…いや失礼、経験豊富で万事が神対応な殿堂入りクラスのベテラン揃い…
というワケで、この突如出現した「メイドライン」をセンターで仕切っているのは、もちろんミユリさんだ。
一方、管轄の万世警察には朝から、
「メイドが無許可でビラ配りしているぞ!」
「警察は何をしてルンだ!」
「交通の邪魔だ!取り締まってくれ!」
という通報(その多くはメイドカフェにライバル意識剥き出しの風俗店から寄せられていた)が殺到する。
すると万世警察は、直ちに警察官のペアを現場へ急派するのだが、その時に限り、何故か「メイドライン」は魔法のように姿を消す。
警察官が現場で目にするのは、電気街口の雑踏と、その中でポツンポツンと見え隠れするメイドコスプレの女の子だけ。
しかし、仮に注意深い警察官なら、彼は路地や交差点毎にヲタクが立ち、凝ったハンドサインを交わしているコトに気がついたろう。
彼等は、万世警察から警察官ペアが出発する度にハンドサインを飛ばす。
あるいは、飛んできたハンドサインを次のヲタクへと中継する。
そして、彼等が急報を告げる先は「メイドライン」のセンター(ミユリさんだょ)だ。
センター(ミユリさんだょ)は、目配せ1つで、メイド達の笑顔を瞬時に消し、ラインを崩して雑踏の中へと溶け込ませる。
一説では、秋葉原でメイドのコスプレをしている女の子の数は、大手町でネクタイをしているサラリーマンの数より多い(ウソ)。
一旦、雑多な人混みに紛れてしまえば、さしもの万世警察ももうお手上げだ。
メイドの格好をしているというだけで、女の子を1人1人取り締まることなど出来ない。
なにしろ、ココは秋葉原だからね笑。
ところで、この華やかだけど、実にしたたかな「メイドライン」を背に立つ人がいる。
ジッと腕組みをして、電気街口から溢れ出る人の群れの中に立ち、何事かを待っている。
ショーさんだ。
世界中から押し寄せる人の波が、ショーさんを避けるようにして真っ二つに割れる。
そして、彼の後ろで再び合流すると、今度は「メイドライン」にぶつかってソコで歓声をあげながら崩れて逝く。
それは、JRの発着に合わせ、寄せては引き、引いては寄せる、人のBIG WAVE。
そうしたWAVEが「アキバのタイムズスクエア」を何回か洗い流した後、彼等は来る。
「やはりお前か、ショー」
先に口火を切るのは、ジルバ。
オリオン動乱の首謀者ジルバが秋葉原に舞い戻るXデー、それが今日なのだ。
ジルバの両翼は、ストリート上がりの武闘系と思しきヲタク10数名が固めている。
「でも、まさか自らお出迎えとはな。痛み入るぜ」
Xデーの日付は、リボンさんを通じ秋葉原のヲタク達には伝えられている。
ジルバの配下がショーさんをグルリと取り囲む。
「久しぶりのアキバなんだ。案内してくれよ」
そう逝いながら、脇を通り過ぎようとするジルバの鼻先に、ショーさんが静かに腕を伸ばして制する。
ショーさんを取り囲んだ武闘系ヲタクが一斉に色めきたつ。
中の1人がショーさんの胸倉を掴もうとするが、逆に地面に叩きつけられる。
そいつを軽く組み伏せて、ショーさんが静かに逝う。
「この先は工事中だ。他を当たってくれ」
「おいおい。せめてメイドに挨拶をさせろよ」
「だから工事中」
「挨拶だけ」
すると、様子を窺っていた背後の「メイドライン」から、数名のメイドが歩み出る。
武闘系ヲタクの包囲網を微笑で突破して、ショーさんを囲むように並ぶ。
その先頭にはサリィさんがいる…んだけど!
あれ?あれれ?
サリィさんが着てるメイド服は、僕がミユリさんに誕生日プレゼントした奴だ!
何もこんな時に貸し出さなくてもいいんじゃないの(露出も多いしね笑)?
とにかく!包囲網を破ったメイドは7人。
全員が「オリオンの館」にいた子だ。
ジルバの顔に、微かに狼狽が浮かぶ。
サリィさんが、ショーさんを振り返る。
ショーさんがうなずくと、サリィさんは幸せそうに微笑む。
「いってらっしゃいませ、御主人様」
自分達をグルリと囲む武闘系ヲタクに向かって、サリィさん達7人のメイド達が、声を揃えてお辞儀をする。
それは、とても優雅なお辞儀。
しかし、それはアキバの人間なら誰もが知っている、メイドからの別れの御挨拶だ。
つまり、メイドからの三下り半なのだ。
それを合図に「メイドライン」にいたメイド全員が、続々とショーさんの周囲に集まり、サリィさん達と合流する。
「お、お、おい!モテモテで妬けるな、ショー!しかし、お前1人でどうやってこの子達を守るつもりだ?」
予想外の展開に、もはや狼狽を隠そうともしないジルバ。
それでも、精一杯、意地悪そうな表情を浮かべて逝う。
ショーさん達を囲む武闘系のヲタク達も、慌てて下卑た薄笑いを浮かべる。
しかし、その包囲網は、すっかり薄くなってしまっている。
その時だ。
今まで駅前の雑踏に溶け込んでいたアキバのTO達が、一斉にクルリと振り返ったのは。
ソレは、まるで電気街口にいる全ての人が振り返ったかのような迫力だ。
その数は、完全にジルバ達を圧倒する。
一瞬で、包囲する者は、される者になっている。
ショーさんが静かに言う。
「このまま去るのなら、何事も起こらない。だが、電気街口から一歩でも外へと踏み出したら…」
ショーさんの言葉に合わせ、喧嘩っ早い一部のTO達が一斉に腕をさする。
「秋葉原のヲタクはみんな勇者だぞ。特に推し(ているメイド)の前ではな」
サリィさんが、ショーさんを振り返って微笑む。
しかし、ショーさんは顔色1つ変えない。
外からは、腕っ節の強そうなアキバのTO連中にスゴまれる。
内からは、世界中にファンがいる有名メイド達から毅然とした視線をぶつけられる。
内憂外患とは、このコトだ。
可哀想に。
ユックリと電気街口の時間が止まる。
全てが凍りつき、物音1つしない瞬間。
その場にいた者には、永遠に続くかのように思えた瞬間。
しかし、恐らく実際は、ほんの数秒のコトだったろう。
最初に、ジルバが半歩後ずさりをする。
ショーさんは、腕組みをしたままだ。
さらに、ジルバが1歩後ずさる。
間合いを詰めようとするTO連中を、ショーさんが制する。
ジルバとその一味は、さらに2歩3歩と後ずさり、互いに顔を見合わせ1塊になる。
その様は、まるでライオンに襲われたシマウマの群れのようだ。
歓声をあげかけたメイドを、ミユリさんが抑える。
さらに、睨み合いが続く。
やがて、シマウマの群れは、妙に礼儀正しく1列になると回れ右。
そして、彼等は来た時と同じ電気街口の自動改札を抜け、JR秋葉原駅構内の雑踏の中へと消えて逝く。
歓声もなく、凱歌もない。
しかし、何人かのメイドは泣いている。
ショーさんが、主だったTOと無言で握手を交わし、解散を告げる。
メイドの方は、ミユリさんの目配せに応え、胸の前で小さくヒラヒラと手を振りながら、それぞれの御屋敷へと帰って逝く。
華やかな微笑みにあふれたメイドラインも、鉄壁の如く聳えたTO達の包囲陣も、魔法のように消え去る。
たちまち「アキバのタイムズスクエア」は、普段と変わらない、日曜日の喧騒と雑踏の中に埋もれて逝く。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
とまぁ、コレが今もストリートで語り継がれる「電気街口の奇跡」の顛末だ。
(一)般ピー(プル)に知られるコトなく、電気街口の喧騒に消えて逝った数100秒のドラマ。
でも、そのドラマを演じた僕達は、その日、その場所にいたコトを生涯誇りに思う。
それはまさしく、ヲタクの、ヲタクによる、ヲタクのための聖戦だったのだ。
この「電気街口の奇跡」以来、ジルバやクラッカーの全国流通を狙っていた連中は姿を消し、アキバには束の間の平和が訪れる。
しかし、コレが束の間の平和に過ぎないコトを僕達は知っている。
なぜなら、秋葉原って僕達はもちろん、そうした連中をも平気で巻き込む街だから。
そして、この街は無限の膨張を続ける、ビッグバンな街だから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
え?僕?
「奇跡」の当日、僕が何をしてたのかって?
うーん、ソレ、どうしても知りたいのかな?
ホントどうしても知りたい?
ソレを話すとなるとホント、アチコチに差し障りが出るんだょな、実は。
僕は、まぁどうでもイイんだけど、他の人にも色々と迷惑がかかるかもしれないし。
え?まぁ、ソレじゃ話すけど、コレからする話は、ホントあくまで誰かからタマタマ(ポケGOじゃないょ!)聞いた話というコトでね。約束だょ?
さっきも話したけど、あの日は朝から電気街口でメイドが何か企んでてウルトラ邪魔、というタレコミが相次いでいたんだ。
その度に、万世警察は、いつにない律儀さで警察官のペアを急派している。
で、その最後のペアなんだけど、実は最悪のタイミングで万世警察を出てルンだ。
つまり、そのまま逝けば、ショーさんがジルバ達を改札へと追い込んでる真っ最中に現場到着という最悪さ。
ところが、そのペアは、まさに次の角を曲がれば現場!という時になり突如、何処からともなく現れた自称バチカン人観光客に行く手を阻まれる←
で、その自称バチカン人観光客なんだけど、ムダに流暢なラテン語でヨドバシアキバへの道をヤタラしつこく尋ねたらしい。
さらに、まぁ、その、少しシツコクやり過ぎた彼は、逆ギレした警察官に、危うく公務執行妨害で逮捕されかける。
すると、そこへ、そのぉ、これまた怪しさがもう全開MAXな「メイド服を着た麻薬取締官」というのが忽然と出現したらしい←
そして、彼女は完全に呆気にとられた警察官に捜査協力への感謝を述べ、自称バチカン人観光客の身柄をしょっ引いて逝ったという。
でもまぁ、コレって、絶対に誰かの作り話だと思うんだょな。
だって、メイド服を着た麻取なんて、この世にいるハズがないだろ?
この秋葉原以外でさ。
おしまい
初回である今回は、主人公であるSF作家とメイド長のコンビの他に、伝説のTO、アキバの王様になりたいストリートギャング、美貌?の麻薬取締官などが登場しました。
いずれもシリーズの展開に合わせ、引き続き主人公のコンビとはつかず離れず、それぞれの役割を演じてもらう予定です。
彼等の参戦により、このシリーズの世界観が充実し、青春群像劇としての広がりが出てくれればと思っています。
秋葉原を訪れる全ての人類が幸せになりますように。