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>自殺は殺人と同じ悪で、悪人は地獄に行くと面と向って言われると、そうかなと納得しそうになる

「~をすると地獄に落ちる」ですか


宗教で無知蒙昧な教徒を救うという名目で、よく使われる「脅迫」ですね。


「地獄」は

客観的かつ科学的に考えれば

証明のしようのない決定不能な概念です。


だから

理性的な人間は、それを「例え話」としてしか使いません。


現代では

輪廻転生と六道や外道とは、倫理的な「例え話」

それが、オカルトやカルト宗教に傾倒していない人間の健全な発想です。


そうでなくても

他者に対して「~をすると地獄に落ちる」などというのは

慈悲のない人間のいう台詞ですので


私は、個人的にその類の台詞を口にする人間は

無慈悲で「信用するに値しない人間」と考えています。


何故なら宗教を悪用しようとする人間の多くがその台詞を口にしたので


「良識ある宗教者は脅迫を布教に使ってはならない」

という暗黙の了解が善意の宗教者を中心にあるからです。


それを知らないか守る気がない者だけが口にする「地獄」。


私なら、それは「死に対する冒涜」で「詐欺師の妄言」と考えます。



何故「死に対する冒涜」なのかというと


「死」は否定すべき事でも忌むべき事でもなく

受け入れるべき事で


「裁き」というものとは本来無関係の「自然の摂理」の一つだと考えるです。


「自殺」は否定すべき忌むべき事ですが

裁かれるべき事ではありませんし、裁かねばならない事でもありません。


「殺人」は否定すべき忌むべき事で

「何か」に裁かれるべき事ではなく、「人間」が裁かねばならない事です。


人を人が裁くのは「必要悪」であり、忌むべき事ですが否定すべき事ではありません。


先ず、それらを混同して感情により考えを濁らせないようにするのが大切なのでしょう。





「裁き」を「神」や「仏」という「何か」に委ねるのは人の弱さですが

古代に人が考えた「世界を滅ぼす力を持つ神」に等しい武器を得た我々に

判断を曖昧な何かに委ねるその類の甘えは許されなくなってしまいました。



感情論や神秘に救いを求める心は否定できませんが

感情論や「神の教え」で理性を否定して行いを決定する事は破滅への道です。


それは、様々な詐欺師や悪意の宗教者が存在する日常でも同様です。


正しい事を口にする人間が、正しい行いをするとは限りません

正しい行いだと感動した事が、誰かを害する行いである事もあります。



死刑が正しい事ではないにしろ「全ての死刑を廃止する事が正しい」とは限らないように

安易で心の休まる優しさに満ちた方法が、正しいものかどうかは別の問題です。


だから「命の価値」と「罪の裁き」を混同してはいけません。



そこを混同すると

「必要悪としての緊急避難や正当防衛」を「正しい殺人」と考えたり

「戦争をする権力者の罪」と「必要悪としての死刑」を同じものと考えてしまいます。


そういった「人が考えなければならない事」を「思考停止」させるように促すものを

「絶対の正義」であったり「神の教え」であったり「仏の教え」という無条件な正しさとして騙る嘘や誤魔化しを

安易に口にする人間は、信用してはいけないのでしょう。




苦しくても難しくても、ゆっくりでいいので考えましょう。


正しい事が何故正しいとされていて、何時何処で誰が必要とした「正しさ」なのか知ろうとしましょう。


そういってくれる宗教者なら

その言行が一致しているのなら信用してもいいのでしょう。


つまりは口先だけでなく

疑問自体を持ち続け考え続けようとする意志や在り方を

共に護り続けられる相手ならですね。




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