>独善的だろうが、俺が良ければそれでいい
なるべくどの作品の感想かは判らなくしていますが
これは私の作品の感想だから、作品も紹介しろという要望や
作品に対する中傷になるから消せという場合は御連絡頂ければ対応させて貰います
作品紹介
http://ncode.syosetu.com/n9755ds/ VS.~異世界からの転生者は理不尽に抗う~
http://ncode.syosetu.com/n2009bk/ 真・仙極無双 農協戦国破壊伝
http://ncode.syosetu.com/n4700cf/ A級探偵の極めて不本意な超推理 外伝 D級探偵Nのホラー
http://ncode.syosetu.com/n5185cw/ ニート・オア・チート ~選んだのはニートでした~
http://ncode.syosetu.com/n6844bf/ ハードボイルドウイザード
主人公が死にたくないからという
ネガティブな理由で今後の生き方を決めてしまうシーンなので
このシーンは少し整理が必要というか
矛盾した表現がある気がしますね
「大衆には消費することを正しいと思わせろ」という商業主義の方法論
のせいなのか
快楽こそが人の幸福であり、最大多数の最大幸福こそが社会目標であるので
「最大多数の最大快楽」を目指すのが善で理想
と考える快楽主義者がよく混同するのですが
快楽を得る=正義ではありませんし
戦う者の正義とは必要悪と同じ意味ですので
つまり、このシーンから考えて
“ 俺がよければそれでいい ”は
“ 俺が快ければそれでいい ”という意味であって
“ 俺が良ければそれでいい ”という意味ではないということですね
また単に悪と翻訳されることも多いので
これも混同されやすいのですが
西洋的二元論の正義の反対語である邪悪と
日本古来の言葉である‘悪’は、必ずしも同一ではありません
宗教がらみなので、西洋的二元論の邪悪は邪で‘悪’で非道で許されない存在です
たいして、悪は任侠道の‘悪党だが非道はせず’という考えもあるように
邪でも非道でもないものです
では日本古来の‘悪’とは何か?
皆をより良い道に誘う善になりきれない存在
自己中心的に自らの快楽を追い求める「業」という意味で悪という言葉は使われます
偽悪的という言葉は本来そういった‘悪’に憧れて
そういう人間のようにふるまおうとすることです
要は、自己中心的であろうとすることは
この場合なら独善的ではなく
‘悪’か偽悪と表現するべきということですね
では、独善とはどういう意味か?
これも自己中心性と独善性とを兼ね備えた人間が多いせいか
混同されることが多いのですが
我儘を押し通す自己中心性と
正しさを推しつける独善性とは
違うものです
独善性と自己中心性の違いは
社会にたいして独り善がりに、正義を行おうとするか
自分だけが快ければ、正義や相手など関係ないか
の違いです
要は、皆をより良い道に誘う善という考えを独自に解釈して
それを人に押しつけようとするのが独善的ということです
つまり
独善は、我儘と違い、欲望や感情のままに動く子供には使われない言葉だ
ということですね
ここまでが
辞書的というか定義的な意味での推敲です
ですのでこのシーンで使うなら
――俺はっ! 俺がよければそれでいい!!
どんな悪を働いても居直れる、自分を肯定する究極の呪文だ。
悪党と恐れられようが人でなしと
と考える「ダークヒーローぶった主人公」か
あるいは
――俺はっ! どんなことをしてでも生きたいんだ!!
正当防衛という殺人でも許され、自らを擁護できる言葉だ。
下衆と言われようが自己中野郎と
と考える「弱者の傲慢タイプ主人公」かのどっちかが
主人公にとっての正しい自己認識です
で、ここからは作品構成的な推敲になります
それらの定義的な意味が判っていて
主人公の未熟さと弱さが
自分自身に未熟さと弱さすらも認めさせない
という表現なら、確かにこれでいいかもしれませんが
そうでないならマチガイいう話ですね
つまり
主人公の精神的な脆さと
未熟さゆえに自己中心的な人間であれば傷つかずに済むという想いの表現
1 脆さから、傷つきたくないという思いにとらわれ
↓
2 傷つきたくないから、強くありたいと願い
↓
3 けれど未熟さから、‘悪’である事を強さと間違い
↓
‘悪’に憧れてそういう人間のようになれればと思うがそうなりきれない
という
揺れ動く心理の流れを表現するだけなら悪と独善は別なのでマチガイ
1 脆さから、傷つきたくないという思いにとらわれ
↓
2 傷つきたくないから、強くありたいと願い
↓
3 けれど未熟さから、‘悪’である事を強さと間違い
↓
4 ‘悪’を求めるけれどそれを邪悪と混同し
↓
5 邪悪ではありたくないと思うから、‘悪’を独善なのだと自分自身を偽り
↓
自分を偽ったままなので強くなれず、脆くあり続ける
という
更に複雑な心理の流れを表現するのなら
必ずしもマチガイではないということです
これは
1で傷つきたくないという思いを断ち切るか
↓
2で強くありたいと願わずに絶望するか
↓
3で経験から間違いに気づくか
↓
4で冷酷さと邪悪とは別だと割り切るか
↓
5で善などどうでもいいのだと開き直るか
↓
するまで無限ループから抜け出せません
そのうちどこで抜け出すか、抜け出せないままかで、キャラの性格が変わります
最近の物語では抜け出せないままの主人公が多いですが
そういった人間心理をテーマにした話でないなら
たいてい絶望からのバッドエンド以外のどれかに変わります
要は、マチガイでないなら
悪を独善なのだと自分自身を偽っているのだろうという描写と
悪と邪悪が別ものであるという描写とがなければ
紛らわしいのでそんな心理設定は必要のないものだという話です
まあ、単純に主人公が言葉を間違っているというパターンもありますが
それはこの場合、あまり意味があるとも思えません
作者が誤用と判っていて
バカとテストというラノベなどのように
主人公達のキャラ立てやストーリーに
言葉の誤用を使う
というテクニックもありますが
その場合、作品内で、誤用を明らかにします
要するに
社会に対する影響として、新聞などでなく小説でも誤用を広める効果を抑制うんぬんの
いわゆる御約束というやつです




