表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄になれると思いましたか?  作者: 蔵餅
失われし憤り編
68/68

45話 物語と主人公

気づいたら年が明け、一月の半ばも過ぎようとしています。

何はともあれ、あけましておめでとうございます。

今年も細々としたペースになることが予想されますが、お付き合いいただけると幸いです。

アーテス・ミルヴァ


アーテス・ミルヴァとは鬼の部族の頭に付けられる称号であり、古くから受け継がれてきた名前である。過去の文献などで、どのような時代にもアーテス・ミルヴァが存在しているのはこのためだ。その姿は老人、美女、老婆、青年など様々言い伝えられているが、実際のところは不明。しかし、一般にアーテス・ミルヴァといえば「夜叉姫」をさすことが多い。「夜叉姫」とは自らの部族(・・・・・)を滅ぼした狂人に付けられた称号である。過去のアーテス・ミルヴァは基本的に温厚な人柄が多いのだが(そもそも鬼人族(オーガ)自体温厚な種族であったと考えられている)、「夜叉姫」は少数派で血の気の多い性格だった。なぜ自分の所属する部族を滅ぼしたのか、意図は不明だがその頃にルスス・バリウスと共に行動していたため、彼女が何か関係していると思われる。アーテス・ミルヴァの家族構成は不明であるが、「夜叉姫」には二人の子供がいると噂されている。部族が滅ぼされたのは400年ほど前のことであり、あれ以降アーテス・ミルヴァと呼ばれている人物が誕生したことはない。―――――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 気づけば、空には月が昇っていた

 部屋に取りつけられた窓から、赤と紫の目が俺を覗いているのが見える

 もう夜も遅いのだろう―――インクが垂れないようにペンを置き、静かに本を閉じて本の山に戻した

 これらはすべてこの家の書庫にあったものだ

 連れていかれたときはとても驚いた

 およそ200冊ほど入った本棚が縦に横に奥にと数えきれないほど設置されていた

 なかには魔法の教本や小説、こちら特有の食材を使ったレシピ本があったが、それも一緒に調べていては彼女について調べる時間が無くなってしまう

 彼女―――アーテス・ミルヴァ

 同じ名前を持つ人間として、彼女に興味がわくのは必然だろう

 しかしどこの世界でも情報というのは怪しいものだ

 ここまで来て根拠のない噂を目にするとは思わなかった

 とある一冊の本を手に取る

 タイトルは『アーテス・ミルヴァは存在しない⁉戦争の真実‼』

 ……危ない、余りの酷さにまた本を投げてしまうところだった

{まあ、人間は噂が大好物だからな。どの世界でも}

 だからってこんな証拠もない教本が巷に出回るか?

{SNSとか見てみろよ。根拠のないような噂話が世界中に流れ出てるぜ。山ほどな}

 ぐうの音も出なかった


 さて、インクで汚れた手をズボンの裾で拭い、本の山を軽々と持ち上げる

 相変わらずこの筋力には驚かされる

 このふにふにとした腕のどこにこんな力が隠されているのだろうか

 不思議に思いつつも廊下に出ると誰かの寝息が奥から響いている




「お勉強は終わりですか?」

 背中に数本のこそばゆい感覚が走る

 突然の奇襲に、思わず本をいくつか取りこぼす

 ……幸いにも、その物音で起きた人はいないようだ

 その証拠に、寝息が先ほどよりもボリュームアップしている―――こちらの騒音の方がまだやかましい

 本を拾いつつ背後に目を向ける

「まさか、貴女がこんな悪戯をかけてくるとは思いもしなかったよ」

「少しお時間いただけますか?一度、あなたとゆっくり話してみたかったんですよ」

 一体どこに姿を隠していたのだろうか?

 きっと本人に聞いてもタネは教えてくれないだろう



 昼は比較的過ごしやすい気候だったが、夜になると太陽が出ないせいか空が冷え込んでいる

 そんな月の下、二人の女性が木にもたれかかっていた

「まずは単刀直入に聞きましょうか。『明日にはこの国を去る』というのは本当ですか?」

 初めに口を開いたのはヤスクさんだった

 いったい誰からそんな噂を聞いたのか

 まあ出どころは一つしかないわけだが

 ……しかしなんだ―――エロいな

 おそらく今身にまとっているのは寝具なのだろう

 彼女が普段している格好は例えるなら甲冑の様で、ほぼ全身をそれでカバーしている

 それに対してのギャップが大きいのか、はたまた鎧によって押し込められた体のポテンシャルが解放されたのか

 どちらにせよ、今の彼女のエロさ―――いや、妖艶さといったらおそらく母親(リリムさん)を超えるだろう

 もちろん彼女はリリムさんより特に胸部、臀部、身長あたりが成長しきっていない

 だがその分引き締まった肉体美と程よく成長した胸と尻

 その肌にぴったりと張り付く黒一色のウェットスーツのように上下が一体化した寝具がそのボディラインをはっきりと表し、肉体の良さを引き立てている

 加えて紫色の光が彼女に反射し、一層妖艶な雰囲気が増してい――――

「あの、ミルヴァさん?大丈夫ですか?」

(マスター)?〗

「ああもちろん。しかし、リークが早いな。魔王さんに聞いたのか?」

 彼女に見惚れていた俺を、彼女は不思議そうに眺めている

 こういうことを咄嗟に考えるあたり、やっぱり俺も男か

〖ちょっと、聞いてるんですか(マスター)?〗

 なんだ、いたのか『善意ジキル』さん

〖当たり前ですよ。いつもあなたのそばにいるのが私です。ニコイチです〗

{ニコイチというよりか、サンコイチだけどな}


「……ええ、トラス様から直々に」

 あの人、結局話したのか……

「なら答えは出てるだろう。貴女が信じるべきは誰の言葉だと思う?俺の言葉か?頭の言葉か?」

「それは―――それはとても残念です。私も向こうの世界の話というのには興味を持っていたので」

「やっぱり人気なんだな。あっちのことは」

「それもありますが、父がそうなんです。父は、こことは別のところから来たと。お母さんからそう聞かされててきました」

「それでそのお父さんは⁉」

 無意識に声に力が入る

「残念ですが、ずっと昔に他界しました。父は人間でしたから、時間には勝てません」

「それは……悪いことを聞いたな」

 そうか、彼女たちは若く見えるが、それはあくまで年を取らないからだ

 その実、中身は十分に成熟している―――ベルは何とも言い難いが

「悪いが、向こうのことを話してると多分タイムリミットを迎えると思う。魔王さんに話せるだけ話してきたから、それを教えてもらってくれ」

「タイム…リミット…?」

 もしかして、なんでこの国から出ていくかは聞かされていないのか?

 いやそっちのほうが都合はいいのだが

「それより、この事をリリムさんは知っているのか?」

「知っているのは私だけです。誰にも伝えるなと」

「それはよかった。これで根っこを残さずにここを離れることができる」

「……少なくとも、私にとってあなたは離したくない存在です」

「別に死に別れるわけじゃないだろ?運が良ければまた会えるだろうさ。根拠はないが」

「わかりませんよ。この先どんな未来が待っているかは誰もわかりません。特に私は、そういったことが多いですから」

「安心しなよ。もしそうなったときは、すべてを投げ捨ててでも飛んでいくからさ」

「言いましたね。忘れませんよ」

 一人の悪魔が軽く首を傾げた

 彼女のほほえみを、たとえ俺が記憶喪失になったとしても忘れることはないだろう

 

 

「やあ、久しぶり」

「昨日ぶりの間違いじゃないのか?」

「おや、君か。姿が似ていたものだからアーテス・ミルヴァと間違えてしまったよ。それで、何の用かな?私の記憶が正しければ君は『もう会うことはない』なんて台詞を吐いていたはずだが」

「そんなことあったな。だけど、あんなのは不確かな口約束だ」

「おっしゃる通りで。それで?時間ギリギリだというのにこんなところに来たんだ。何か大切な用事があるんだろう?」

「ああ、それはもう大切な用事だ。服を着ることすら惜しいくらいにしなければならないほどのな。――――金をくれ」

「分かった、少し話し合おうじゃないか」

「それに、依頼を見事達成したんだから、報酬金を支給してもいいんじゃないか?」

 そう言って魔王さんは懐から紙幣らしきものを五枚ほど取り出した

 そのうちの三枚は動いているうちによれたのか全体にしわが伸びている

「これくらいでいいかな。ほら」

「……これ、大体どれくらいの価値があるんだ?」

「ある程度質素に暮らせば、それ一枚だけで4、50日は暮らせる。この世界にはそこそこ稼ぎ口があるから、初期でそれだけ持っておけば博打で擦らない限りはまともな生活ができるだろう」

 金をくれとはいったが、まさかそんなにくれるとは

 紙幣を受け取った手が小刻みに震える

「……いいのか?こんなにもらっちゃって?」

 それと一緒に声も震えている

「いいんじゃないかい?半分以上は私のものでもないしね。贈り主からは『有意義に使ってくれ』とのことだし」

「ならもう半分は?」

「情報料だ。それを渡す代わりに、君に教えてもらいたいことがある」

「教えてもらいたいことも何もないだろ。こんな大金もらっておいて嘘吐けると思うか?」

「結構。私が教えてもらいたいことというのはずばり、君の名前だよ」

「……アーテス・ミルヴァだが」

「違う、そうじゃない。君の生前の名前(・・・・・・・)を教えてくれ」

「生前か。そういえば教えてなかったな」



「真司。堀山真司だ」

 ……この名前に懐かしさを感じてしまうのは、いったいなぜだろうか

 胸の中に何とも言い難いイガイガが生まれる

 それを吐き出そうとするには、俺の口は小さい過ぎる

「ホリヤマ シンジか。そうか―――――ありがとうシンジ君」

 やけにすっきりとした表情をして、彼女は口を開いた

「さあシンジ君。私の気分がいいうちに早くここから出ていきなさい」

「これだけか?本当にこれだけでいいのか?」

「ああ、私にしてみればその紙幣に匹敵する価値を持つ情報さ」

「安全な旅を願っているよ。達者で」

「ああ、ありがとう」

 紙幣をありあわせのポケットに突っ込んで扉を閉じる

 出た正面には窓が設置されていて、のぞくと太陽は南中しようとしていた


「がんばれよ、主人公」

 扉の向こう側で、かすかに声が聞こえた気がした

前回のタイトルが『43-2』となっていましたが、正しくは『44-2』です。うっかりタイトルを修正しないまま投稿してしまいました。勘違いした方居られましたら、申し訳ございません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ